Software Patterns:
 East Meets West

What is a “software pattern”?

The Software Pattern Community

What is a pattern?

Alexander’s Inspirations

Feng Shui

The “Quality Without a Name”

TTC1

Generativity

TTC 3

Property is Theft

TTC 8, 53

TTC 11

Positive Space (A Pattern Language, p. 518)

スライド15

TTC 11

Half-Object plus Protocol

Building with Generativity

The Western Way

A pattern style of development

An illustration:  FRESH WORK BEFORE STALE

Things I hear about Japan

Patterns are just The Gate

The state of the practice

スライド25

References

 
 


 

 それでは、私のようなコンピュータ科学者は、Alexander のような常軌を逸した偉大な「アーキテクト」のアイディアに続いて何をしようというのでしょうか。
 あるいはもっと端的にいうなら、私のような科学者は、東洋の思想について語ることで何をしようというのでしょうか。
 これまで紹介してきた車輪の概念を例にとって考えていきましょう。車輪の概念は多くの系(システム)に繰り返し出てくる構造です。皆さんのようなソフトウェアの人たちであれば、この車輪の概念から、ブローカやバスといった系(システム)を思い浮かべるのではないでしょうか。
 しかし、ここではこのスライドに挙げたパターン、社会的ネットワークの構成について考えていくことにします。組織に関するパターンを集めたものがあるのですが、このパターンはそれに属するもので、Hub Spoke and Rim(ハブ・スポーク・リム)と呼ばれています。熟知された時系列プロセスを有した、非常に成熟したソフトウェア開発組織において観てとれるパターンです。ハブに相当するのは SPM(Service Product Manager、サービス製品マネージャ)で、このプロセスの中心です。そしてそれを取り巻く周囲により、実際の作業が為されています。すなわち、工場(factory)、プロジェクト管理(project management)、入札と提案(bid and proposal)、営業(sales)、顧客(customer)です。しかし、ハブが中心です。
 ここに示した例のように、系(システム)の原理として実際に作用しているものには時として、西洋流のこれまでに定着してきた典型的な分析や理解のアプローチでは到底及ぶことの出来ないものが存在します。おそらく最も有名な例は、航空学に基く限り、マルハナバチが飛べるはずはない、とその路の権威者により立証されたと云うエピソードでしょう。 (訳者注:もちろんマルハナバチは飛べます。インターネット上の Web サイトを検索すれば、マルハナバチが飛んでいる姿の写真をいくつも見ることができます。飛べるはずがないというのは間違った結論です。)
    (講演者による注釈)
    マルハナバチの話は、アメリカ合衆国などでは、一種の神話になっています。かつて、航空学技術者は自分たちが普段利用している数式を駆使してマルハナバチが飛べないと証明しました。航空機を製作するために適用すべきルールをマルハナバチに当てはめて考えてみると、マルハナバチは飛べるはずがないという結論になります。わかろうとするなら、物事を見る方法を新しくしなくてはいけないという意味です。それを示そうとしてこの例を挙げたのですが、例としては良くなかったかもしれません。

    From: "Jim Coplien"
    Date: Sat, 23 Sep 2000 21:53:14 -0500
    (前略)
    Hmmm, perhaps the bumblebee example is a bad one. It's an urban myth of sorts in the U.S. that aeronautics engineers once proved, using their formalisms, that a bumblebee can't fly if you apply the rules by which airplanes are built. It means you need to look beyond conventional (Western?) formalisms to new ways of looking at things if one is to understand. Maybe the best thing to do is just to omit this sentence, as it is a bit confusing because the example is a bit obtuse.
    (後略)