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今回の講演で私が最も伝えたかったことは、パターンはおそらく私自身の文化よりも東洋の文化のほうが遥かに向いているという私の信念です。私は、東洋の文献を例に用いてそのことを皆さんに説得してきたつもりです。もっと率直に言いましょう。私が聞き知っていることから察して、日本文化というのは、パターンに基づいたアプローチの故郷として、西洋文化よりもふさわしいのではないでしょうか。
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私がこのように考える理由としては、まず、日本文化では「経験を重んじ、権威に一目を置く」ということが挙げられます。コンピュータサイエンスの分野では、新規性に価値が置かれるのが一般的です。経験が考慮されずに発明がもてはやされ、古参の従業員が軽んじられる傾向にあります。これに対して、皆さんは、権威に一目を置き、その体験や、経験の数々を重んじるのではないでしょうか。そしてパターンは、機能している経験を把握するということに関するものなのです。
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それ以外に、皆さんが伝統に価値を置かれるということも、私がそのように考える理由です。パターンというのは、書き記さなければ失われてしまうかもしれないような優れた伝統や熟練技を把握し表現する方法の一種なのです。
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最後はチームワークです。チームワークの効果は、一見するよりも意味深長です。偉大なシステムというものは、長い時間をかけて一つ一つ積み重ねていくことによってのみ構築できるのです。それには、多くの人たちによって局所的に適合させていくほうが向いています。偉大なシステムのマスタープランを完全に立てるのは困難です。偉大なシステムには何百もの心のこもった人たちの知恵と働きが必要なのです。労働をする個人にとっての誇りも大切です。チームワークは個人の誇りを傷つけるものではありません。しかし、チームワークというのは、事業の完成を祝うことを意味しているのであって、個人のジョブやタスクの完成を祝うことではありません。私は、日本の文化でのこうしたチームワークについてたくさん聞いています。アメリカ文化でよりも遥かに多く。
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