2001年9月12日付号外
目次
*『ドキュメント・テロ』
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『ドキュメント・テロ』
11日の朝、私は『情報系 これがニュースだ』(日垣隆著)という文庫
本の第2章「被災者報道」を地下鉄の中で読みながら仕事場に向かった。同
章は阪神大震災直後の地元ラジオ局についての話だった。
それは完全に偶然だった。
午前8時17分、仕事場に到着。オレンジジュースを飲みながら、ビルの
1階にあるデリで買ったドーナツを自分のデスクで食べる。
仕事を始めて約30分後、午前9時前に電話が鳴った。
「ニュース見た?!」
かみさんだった。
「いまラジオでワールドトレードセンターに飛行機が突っ込んだって言っ
てるわよ!」
こういうときに一番早いニュースメディアは、やはりラジオだ。
慌てて電話を切った瞬間、また電話が鳴った。今度は日本からだった。
それからしばらく電話は鳴りやまず、ニューヨーク、アメリカ国内、日本
などいろんなところから「大丈夫?」「どうなってんの?」という電話が
入った。
ただ、私自身は、その時点ではなんの情報にも触れてなかったため、
「オレは大丈夫だけど、状況はわからん」としか答えようがなかった。
こうなったら現場に行くしかない。私の仕事のひとつは、アメリカ発日本
語サイトの編集だ(Nutsではない)。そこに今回の写真を掲載したかった。
バッグにデジカメとメモ帳とペンを入れる。問題はどうやってダウンタウ
ンまで行くかだ。
エレベーターに乗り込んで行き方を考える。ワールドトレードセンターの
真下まで行くEラインは完全に無理。Eだけでなく、西側を通るラインは全部
無理だろう。
だとしたら緑のライン(4、5、6)で下だるのがベストだ。それでシ
ティホールかウォール・ストリートまで行けばいい。
レキシントン・アベニューの51丁目にある6番の駅に向かう。途中でオ
フィスに携帯で電話するが通じない。携帯が使えなくなっていた。何かあっ
たときに困るが、そのときは公衆電話でかければいい。
地下鉄はすぐきた。車内の人たちはまだニュースを知らないのだろう。
そこにはいつもと変わらない平和な空気が流れていた。
42丁目にあるグランドセントラル駅に着く。ここでエキスプレスの5番
に乗り換える。そのほうが早いと判断したからだ。
ただ、私の判断は間違っていた。ドアが閉まって走り出したと思ったら、
急にスピードを落とした。そのスピードでトロトロ走る。これならローカル
のほうが早かった。
次の駅、ユニオンスクエアで降りる。そこで再び6番に乗り換えるためで
ある。ただ、6番はシティホールまでしか行かない。エキスプレスならワー
ルドトレードセンターのすぐ近くまで行けるのだが、シティホールから歩く
ことも可能だ。
6番が来るのを待つ間、ホームの公衆電話でオフィスに連絡する。11時
に入っていたアポをキャンセルするよう、クライアントに連絡してもらうた
めだ。
電話を終え、2、3分で6番が来た。乗り込んでシートに座る。バッグを
開け、デジカメをチェック。いらない写真を削除して、完全に空状態にす
る。これで80枚は撮れる。
ユニオンスクエアからシティホールまで、こんなに長く感じたことはな
い。今回の事件のことを話している人は車内にはいなかった。
午前10時前、シティホールに着く。地下鉄からチンタラ降りる人たちを
間をぬって出口まで走る。改札口を通り、そのまま階段を駆け上がった。
目の前に炎上するワールドトレードセンターが現われる。ホントに燃えて
いる。すげえ。まるで映画の1シーンだ。
シティホールのまわりは人、人、人。口々に「オーマイガァ」と言いなが
ら、燃えるワールドトレードセンターを見ている。
私はバッグからデジカメを取り出し、写真を撮り始めた。ワールドトレー
ドセンター。それを見上げる人々。ポリス。
そのまま現場に向かって走り出す。車の交通は完全に封鎖されている。
ブルックリンブリッジは人であふれていた。
みんな立ち止まって様子を見守っている。その間をぬうようにして私は駆
けた。
そのとき、女性の悲鳴が聞こえた。ひとりではなく、複数の悲鳴だ。見上
げると、ワールドトレードセンターが崩れ落ちようとしていた。
それはまさに映画だった。
「キャーーーーー」「オーーーーー」。場の空気が変わるのがわかった。
そこにいた人々の身体に緊張感が走る。
ものすごい音を立てて落下するワールドトレードセンター。ドドドドドと
いう地響きが聞こえる。
私はデジカメのシャッターを切り続けた。
その数秒後、正面のビルの影から白い煙が現われた。ワールドトレードセ
ンターが崩壊したときに出た塵煙だ。それがこちらに向かって来る。
「Run!」
だれかが叫んだ。
まわりにいた人々が走り出す。悲鳴が上がる。
私は写真を撮るためにその場に残った。塵煙は人々を飲み込みながら、
こちらに向かって来る。カシャ、カシャと何枚か撮る。
そして私も走り出した。でも、すぐに塵煙に追い付かれ、目の前が真っ白
になった。その瞬間にシャッターを切り、目をつぶってデジカメのレンズに
カバーをする。
塵が耳や首にぶつかってくる。ナマ温かい空気に全身を包まれる。息を止
め、私は走った。
まわりがクリアーになり始める。私の近くにいた人は、みな真っ白だっ
た。振り返ると、煙の中から人々がこちらに歩いてくる。彼らの肩や頭には
白い粉が積もっていた。
あちこちで泣き声が聞こえるが、ケガをした人はいないようだ。ただ、
シティホールのまわりは完全にパニくっていた。
とりあえずシティホールの裏に避難する。ちょっと離れたところでは、
NYPDの警察官が歩行者たちに「ゴーホーム!」と叫んでいる。人々はチャイ
ナタウンのほうへ移動し始めた。遠くで「ノートレイン」という声が聞こえ
た。地下鉄も止まったようだった。
空が晴れ、燃え上がるもうひとつのワールドトレードセンターが見える。
ブロードウエイ側に歩きながら、そこに近づく方法を考える。ハドソンリ
バーのところまで出れば、川沿いに南下できるのではないか。それに賭けて
みることにした。
チェンバー・ストリートを西に走る。ブロードウエイを渡ったところで、
向こうから警察官数人がこちらに向かって歩いてくる。人々をこのエリアか
ら退去させてるようだった。
ハドソンリバーにぬける方法は無理そうだった。再びシティホールまで戻
ることにした。
避難するためにチャイナタウンに向かう人たちの中には、道のド真ん中で
倒れ込む人もいた。
写真をサイトにアップするためにそろそろオフィスに戻らなければならな
い。北に向かって歩き始めたとき、日本のテレビ局のクルーとすれちがっ
た。彼らはいま到着したようだった。
地下鉄は止まっている。タクシーもダメだ。もしかしたらバスは走ってい
るかもしれないが、シティホールの辺りから出ているバスはこの混乱では無
理だろう。こうなったらミッドタウンのオフィスまで走るしかないか。
そのとき私は、イーストビレッジのサンライズマートの近くから出ている
バスの存在を思い出した。「あのバスはきっと走っているはずだ」。イース
トビレッジまで行けば、北上するバスをつかまえられる。私は走り出した。
公衆電話の前には長い列ができていた。携帯が使えないからだろう。ま
た、道端に停めてある車のまわりには、ラジオから流れるニュースを聞くた
めに大勢の人が集まっていた。
ラファエット・ストリートを北上する。車は走っていない。途中で様子を
見るためにブロードウエイにも出たが、そこも歩行者天国状態だった。
汗とホコリでドロドロになりながら、アスタープレイスに着いた。バス停
はすぐそこだ。
出発の順番待ちで並んでいるバスが見える。予想通りだった。ただ、バス
停まで行くと、そこには乗車待ちの長い列ができていた。
なんとか列にもぐりこみ、目の前で閉まりそうになったドアをこじ開け、
私はそのバスに最後のひとりとして運転手の横のドアから乗り込んだ。金は
払わなかった。
バスは超満員状態。ニューヨークでここまで満員のバスは見たことがな
い。
そのバスはエキスプレスで、ローカルのバス停をスキップしていく。最初
のストップである14丁目に近づいたとき、運転手は大声でこう言った。
「だれか14丁目で降りるか?」
「ノー」と答える乗客たち。
そのまま14丁目を通り過ぎようとしたとき、だれかが停車ボタンを押し
た。
車内にため息がもれた。
バスを停めて、運転手が再び大声で言う。「後のドアだけ開けるから、
そこから降りてくれ」。
何人かが降りたあと、数人がそのドアから乗車してきた。金を払う人間な
どいない。
次の23丁目のストップでも、人々は同じように後のドアから乗り降りし
ていた。
32丁目まで来たとき、完全に渋滞につかまった。なかなか前に進まな
い。このまま42丁目まで行って、そこから51丁目のオフィスまで走るつ
もりだったが、予定を変え、34丁目で降りることにする。
バスが34丁目に着く。バスの一番前にいた私は、他の乗客たちの間を
「イクスキューズ・ミー」と言いながら、後部ドアまで移動する。途中で黒
人のおばさんの足を踏んだ。「ソーリー」。おばさんは何も言わなかった。
バスを降り、アップタウンに向かって走り出す。歩道はたくさんの人であ
ふれていた。
つづく。
ひろ
*私が撮った写真は、http://mytown.asahi.com/usaに載っています。
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