2001年9月23日付号外




目次

*『ドキュメント・テロ4』
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『ドキュメント・テロ4』

 私がブロードウェーとハウストン・ストリートの交差点にある チェックポイントに着いたのは、事件の翌日、12日(水)の午前 11時過ぎだった。
 ブロードウェーは木製のゲートで封鎖してあり、そのチェックポ イントを通らないと、ブロードウェーを南には下れなかった。
 NY市警の警官が出て、それぞれのIDをチェックしている。そこか ら入れるのは、その辺りに住んでる人だけのようだった。一般の人 たちは入れそうになかった。
 2ヵ月前に偶然取ったプレスパス。そのプレスパスがワークする かどうかは、そのときの私にはまったくわからなかった。
 ゲートのところまで行き、そこにいた白人の警官に何も言わずに そのプレスパスを見せる。彼は、まずそれをチェックし、次に私の 顔を見つめ、再びプレスパスに目を落とした。
 「OK」。
 ワークした。私は「サンキュー」とだけ言って、ゲートを通過し た。
 ブロードウェーを南下する。歩道ではなく、道のど真ん中を歩 く。車は1台も走っていない。ときどきNY市警のポリスカーが通る ぐらいだ。
 昨日、つまり事件当日も、この時間にブロードウェーにいた。そ のときも車は1台も走っていなかったが、道は事件現場から歩いて 北上してきた人たちであふれていた。
 その中には、私の知人たちもいたはずだ。
 ワールドトレードセンター内のモルガン・スタンレーで働いてい たリンダは事件当日の朝、ニューヨーク地方選挙の予備選に投票す るために、出勤前に投票所に行った。そのせいでいつもより少し遅 れて出勤した彼女を乗せたバスがワールドトレードセンターに近づ いたとき、1機目がビルに激突した。
 ロングアイランドに住むシルビアは事件の朝、いつもなら大人し く送り出してくれる子供たちが、その日は泣きやまずに駄々をこね たため、電車をひとつ遅らさざるを得なかった。その数十分のズレ が、ワールドトレードセンターの60階にいたはずの彼女を命を助 けることとなった。
 カナル・ストリートが見え始める。藍色の制服を着た人間の数が ハウストンとは違う。おそらくこちらのほうがチェックが厳しいの だろう。
 私はブロードウェーのど真ん中を早足で南下した。
                         ひろ

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「週刊Nuts」編集部


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