2001年10月14日付号外
目次
*『ドキュメント・テロ8』
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『ドキュメント・テロ8』
しばらくの間、私は呆然とその場に立ち尽くしていた。
「呆然と立ち尽くす」というのは、小説や映画の中だけで起こることだと思っていた。
言葉ではわかるが、その表現には現実感はなかった。しかし、事件翌日、ワールドトレー
ドセンターの目の前に立った私は、まさに「呆然と立ち尽くす」のみだった。
道の向こう側に、真っ黒になったビルが立っている。その左手には、今回の事件の象徴
的なシンボルとなった、ツインタワーの外枠の部分が地面から鋭くそそり立っていた。
足が少し震えているのがわかった。
現場は、まだある意味フレッシュだった。煙はガンガン出てたし、辺り一体の空気に熱
があった。
近くには、真っ黒になった車がゴロゴロ転がっている。普通の車のあるし、消防車もあ
る。
空を見上げる。煙のせいで、まるで曇っているようだ。
ちょっと息が苦しくなる。マスクや澱んだ空気のせいではない。その「場」が持つ重さ
に自分が耐え切れなくなっているのだ。ビルの焼け跡や残がいが直視できない。
真っ黒になった自動車の写真を撮り、その中をのぞき込む。隅から隅まできれいに焼け
ていた。ただ普通の焼け方とは違う。可燃性のものが、すべてきっちりきれいに焼けてい
るのである。それは火で焼けたものとは思えなかった。まるで超高温の空気を流し込んだ
かのようだった。
ウエストブロードウェーを下って、1ブロック向こう側にそびえるツインタワーの残が
いに向かう。が、歩道が途中で切れて大きな水溜りと化している。その水溜りを迂回しよ
うにも、作業している人が多すぎて通れそうになかった。道路もトラックや軍の車が行っ
たり来たりして、歩くのはちょっと厳しかった。
南に下るのを諦め、西に向かうことにする。ワールドトレードセンターの北東の交差点
まで戻り、センターの北側のストリートを西に歩く。
地面はなぜか黒かった。きれいに焼けた車が道の真ん中に転がっている。煙のせいでそ
のブロック全体が霞んでいた。
そのとき、私はデジカメの異常に気がついた。電池がなくなったのだ。
「ゲッ!」
予備の電池はなかった。本番はこれからなのに電池がなくなるとは・・・
方法はひとつ、ここに来るときに1軒だけ開いていた、あのデリに戻って電池を買うし
かなかった。
デジカメをチェックする。あと1枚は撮れそうだ。
デジカメを縦にして、そのブロックの写真を撮る。手前に車、画面の両側にビルを置
く。バックは濁った空気のせいでネズミ色だった。
写真を撮ったあと、ふと頭上のビルを見上げる。結構高いビルだったが、なんか曲がっ
ている。道に面している部分がせり出していた。
「どうやってあんなふうになったのだろう」
そんなことを漠然と考えながら、私はウエストブロードウェーを北に歩きっ始めた。あ
のデリに戻って電池を買うのだ。
私はそれからデリに行き、10ドル分の電池を買ってデジカメにブチ込み、今度はシ
ティーホール側からでなく、ウエストブロードウェー側から現場に戻ろうとした。しか
し、軍に追い返された。
シティーホール側からも再びチャレンジしたが、無理だった。一番最初に私が入れたの
は偶然だったのだ。朝、シティーホール側は、連絡が徹底してなかったため、プレスパス
で入れたのである。
私はオフィスに戻ることにした。人通りの少ないブロードウェーを北上し、ハウストン
まで出て6番に乗った。
オフィスに戻ると、私はいま撮ってきた写真をダウンロードし、早速ウェブに載せる作
業を始めた。説明の文章も書くので結構時間がかかった。
その作業の途中で、現場のビルがまた1棟崩れたという話を聞いた。「7 ワールドト
レードセンター」らしい。どのビルか確認するために、ワールトトレードセンターのビル
配置図を開く。
7はツインタワーから道を隔てた北側のブロックに立っていた。
「あのビルだ・・・」
私は言葉には出さなかったが、心の中でそうつぶやいた。
数時間前、私はそのビルがあるストリートに立っていた。デジカメの電池が切れなかっ
たら、おそらくそのビルの真下を通ってたはずだ。
私が「なんか曲がってるな」と思ったビル。それがいまさっき崩れたという。
窓の外を見ると、白っぽい煙が漂っていた。あとでわかったことなのだが、それは「7
ワールドトレードセンター」が崩壊した際に出た塵煙だった。その煙がオフィスのある
ミッドタウンまで来たのである。
ただそのとき、それがなんの煙かは、私にはわからなかった。
「もしもデジカメの電池が切れずにあのままいたら・・・」なんてことを考えてるヒマ
はなかった。
私は今日見た風景をできるだけ冷静に思い出しながら、コンピューターのキーを叩き続
けた。
おわり
ひろ
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