1996年6月25日号
(No.120)
Nutsの表紙です
『カツ電のココロ2』
さて、先週の続きなのであります。
前回は、私たちが作ろうとしている生活相談電話、「カツ電」が
『誰を対象に?』しているかについてお話ししました。今回は、
『どういう情報を提供するか?』についてご説明しようと思います。
2)『どういう情報を提供するか?』
前回お話ししましたように、この「カツ電」の対象となるのは、
「ニューヨークの新人さん」なのであります。となると、私たちが提供
すべき情報というのは、当然、「ニューヨークの新人さん」が必要とする
情報なのであります。
では、彼らは、どんな情報を必要としているのか?
*「基本的生活情報ですな。」
まずは、これですね。例えば、「銀行口座の開き方」、「アパートの
探し方」、「電話のひき方」などなど。要するに、とりあえずニューヨーク
生活を始めるための情報というヤツです。
こういう情報というのは、情報を提供する側にとっても、比較的簡単に
入手することができます。だって、みんな一度は経験することですからね。
これらの「基本的生活情報」を集める方法ですが、現在のところ、
モニターを使った収集方法というのを検討中です。
その作戦というのは、こうです。まず、ニューヨークに来たばっかりの
日本人の方、数名を見つけます。そして、その方たちにお願いするのです。
「すいません。これからの数カ月間、なにか困ったことがあったら、
私たちに相談して頂けませんでしょうか? こちらからも、たまにご連絡
します。今、どんなことに困ってて、どんな情報が欲しいか、そんなことを
教えて頂ければ幸いです。私たちもできるだけ皆さんの要望にお応えできるよう
努力するつもりです。よろしくお願いします。」
運よく、協力して頂けるモニターの方たちが見つかったら、今度は、
その方たちの追跡調査となります。おそらく、いろんな基本的生活に関する
問題が出てくると思います。それらを丹念に調べ、解決方法をモニターの
方たちに提供し、そして、それらの情報を蓄積する。そういう作戦で行こうと
思っとるのであります。
*『学校のことを調べよか。』
ニューヨークに初めて住みに来る人たちの代表的パターンのひとつに、「学校に入りたいのよね」というものがあります。要するに学生さんになりたい人々です。
こういう方たちが必要としている情報、例えば、「どの英語学校がいい」
とか、「大学に入るためには・・・」なんて情報も提供できればいいなあ、
と考えております。
では、そういう情報をどうやって集めるか?
ひとつは、それぞれの学校に電話しまくって、学校側から手に入る情報で
「表」のリストを作るという方法があります。
もうひとつは、生徒及び元生徒から情報を集めて、いい話悪い話を織りまぜ
ながら、「裏」のリストを作るという方法です。
で、最終的にこれらの2つのリストを合体させて、「ニューヨーク学校便利帳」
状態にしてしまうのです。
すばらしい。
てなとこね。
*『その他の事。』
上記の「基本的生活情報」及び「学校のこと」以外に、「ニューヨークの
新人さん」たちは、どういう情報を欲しがっているのでしょうか?
私がこの街に来た頃のことを思い出しますと・・・「いや〜、とうとう
ニューヨークに来ましたな。とりあえず英語の勉強も兼ねてアメリカ社会に
紛れ込まなければならんね。さて、どうするべか。そうね、どこかで
ボランティアでもやろうかな。でも、どこに連絡したらいいんでしょ?」
その他には・・・「う〜ん、金がないのう。そろそろ働かねばならん。
でも、どんな仕事があるか、いまいちよく分からんね。ウエイターなんて
仕事もあるけど、あれはどんなもんなんでしょ? 儲かるのかな。」とか、
「どこかに面白い日本人のグループないかな。個人でもいいや。気の合う
日本人と知り合いになりたいもんやのう。」
そんなことを、わたくし、この街に上陸した頃、思ってたのであります。
上記のような便利帳などにあまり載ってない情報というのも提供できれば
と思っております。ただ、こういう関係の情報というのは、完全に自力で
入手しなければなりません。ということは、この「カツ電」自身が情報の網を
大きく広げて、いつも「どこかに便利な情報はないもんかね」状態である
べきです。他のいろいろな団体と連絡を取りつつ、一般の方たちとも親交を
深めつつ、生きた情報を「ニューヨークの新人さん」たちに提供できるように
日々努力する。そういう姿勢で行きたいもんですな。ハッハッハ。(笑っとる場合か。)
以上です。
最後にひとつ、お願いがあります。
先にも書きましたが、「カツ電」用情報収集のためのモニターの方を募集
しています。できれば、「私、ニューヨークに来たばっかりなの。」という方が
いいのですが、来て2、3カ月ぐらいまでの方だったら大丈夫です。ご協力の
ほど、よろしくお願い致します。
そういうわけで、「カツ電」開始のための準備は、ボチボチ進んでいくのでした。
では。 編集人
『ある痛みについて』
できるだけ正直に書こうと思います。
私は、日本語をしゃべるアメリカ人(ヨーロッパ人でもなく中国人でもなく
アメリカ人)があまり好きではありません。どちらかと言うと嫌いです。
なぜ私は彼らのことが嫌いなのか?
例えば、今までにこんなことがありました。
『朝、イースト・ビレッジを歩いていると、向こうから一人のアメリカ人風の
男性が歩いてきた。お互いがすれ違う時、彼は突然日本語で言った。
「おはようございます!」。でも、彼は私の方を向いて言わなかった。ただ、
自分の進行方向に向かって「おはようございます!」と言っただけだった。
そして、彼は振り返りもせず、そのまま歩いていった。』
もうひとつ。
『その日、私は5番街をチンタラ歩いていた。ちょっとよそ見をしながら
歩いてたら、となりのアメリカ人風男性と腕がぶつかった。「I am sorry.」。
私はそう言った。そしたら、その男性は、私と同じ進行方向に歩きながら、
私の方ではなく、その進行方向をじっとニラみつけながら、日本語でこう言った。
「道を歩くときは、ちゃんと前を見て歩く。前を見て歩く。横向いたら人に
ぶつかる。ちゃんと前を見て歩く」。その語調は、かなり強いものだった。
私は、突然、気分が悪くなり、ついでに吐き気までもよおし、その場に立ち
止まった。そんな私を残して、彼は、5番街の人ごみの中に消えていった。』
これらの例は、ごく一部です。その他にもいろんなケースがありました。
そういうものを合計した結果、私は、「アメリカ人で日本語しゃべる人、
あんまり好きじゃねえな」と言う人間になってしまいました。
そこで、自分なりに「日本語をしゃべるアメリカ人が嫌い」な理由を
じっくり考えてみました。そしたら、なんとなくその理由が分かりました。
私が彼らを嫌う理由、それは、「彼らがしゃべる日本語は、私が今までに
経験した日本語と違う」からです。
アメリカ人というのは、皆さんもご存じのように、「自己主張型」人間です。
すべてのアメリカ人がそうだと言ってるわけではありません。でも、少なくとも
日本人に比べたら、彼らは明らかに「自己主張型」人間です。自分の意見を
はっきり言い、自分の自慢話なんかも簡単にやってしまいます。
そういうアメリカ人たちと英語で話してる時は、私はなんともないのです。
彼らの主張を、あるいは彼らの自慢話を英語で聞く時は、私にはなんの問題も
ありません。しかし、その主張や自慢話を日本語に乗せられてしまうと、
つまり日本語で主張とか自慢話なんかをやられてしまうと、私は、とっても
気分が悪くなってしまうのです。ココロが痛くなってしまうのです。
私は、自己主張する日本語や自慢話する日本語というのにあまり慣れて
いません。なぜなら、私が日本にいた頃、私はそういう日本語にお目に
掛からなかったからです。
日本人は、自己主張や自分の自慢話をするのが苦手といいますか、あまり
やりませんよね。ということは、日本人社会には、そういうタイプの日本語は、
そんなに出回ってない、ということになります。私たちは、そういう日本語を、
そう頻繁には耳にしないのです。
で、日本語をしゃべるアメリカ人に会います。彼らの中には、その
アメリカ人的性格をモロに日本語に乗っけて話してくる人もいます。
そういう日本語を経験したことのない私にとって、それは、とっても苦しく
痛いものなのであります。
先に書きました「おはようございます」事件と「ちゃんと前を見て歩く」事件も
同じことです。私は、こういうタイプの日本語の使い方を経験したことが
なかったのです。それらふたつの事件の主人公を日本人にしてみれば分かります。
会ったこともない人間に、すれ違う時に、いきなり「おはようございます!」って
言う正気の日本人が、日本にはどのくらいいるのでしょうか?
私は、日本語をしゃべるアメリカ人があまり好きではありません。なぜなら、
彼らの日本語を聞く時、ある痛みが私のココロに走るからです。私のココロが
「やめてくれ〜」って叫ぶのです。
でも一方で、この痛みは、日本人である私にとって、避けられないもので
あるということも、私は知ってます。
今、世界中でかなりの数の非日本人が、日本語を勉強し、そして、話して
います。今後、もっと多くの人々が日本語をしゃべるようになるでしょう。
その時、いろいろなタイプの日本語も同時に生まれると私は思います。
アメリカ人がしゃべるアメリカ系日本語、中国人がしゃべる中国系日本語、
インド人がしゃべるインド系日本語、ロシア人がしゃべるロシア系日本語
などなど。それらの中には、私たち日本人が経験したことのない表現や
イントネーション、使い方などが現れてくるはずです。
前記した「アメリカ人の日本語」の例のように、普通、日本人なら口に
しないことを簡単に口にする日本語の使い手も出てきます。また、先の
ふたつの事件のように、思いも寄らぬところで、思いも寄らぬ日本語に
遭遇する可能性もあります。
そんな時、私のココロは、「痛い!」と言うでしょう。でも、それは仕方の
ないことなんですよね。
日本語は、今、インターナショナルな言語になろうとしています。そのことを
私は大変嬉しく思っています。でも、それと同時に、私のココロは、そのための
「産みの苦しみ」を感じているのです。
少し矛盾してるかもしれませんが、私は、「痛い!」と感じるココロと、
「もっともっとしゃべれ日本語!」と思う気持ちを同時に持っています。
自分では、そのうち「痛い!」の方がなくなってくれるのではないかと期待して
いるのですが、はてさてどうなりますか。
とりとめもない話になってしまいました。
皆さんは、私が言う「痛み」のようなものを感じたことはありませんか?
アメリカ人がしゃべる日本語を聞いて、「ムッ」としたことはありませんか?
そんなところです。
では。 編集人
『VOICE』
@こんにちは。夫婦別姓の話に関して私も一言いわせて下さい。
私はアメリカ人の主人と昨年日本で結婚したのですが、日本では外国人との
結婚の場合、必ずしも姓を変えなくてよいことになっています。変える人は
婚姻届から6カ月以内に「外国人との婚姻による姓変更届け」というものを
出さなくてはなりません。それ以降で変えたい人は家庭裁判所に行かなければ
ならないそうです。
で、私はどうしたかというと、”ま、6カ月の間にどうするか考えよ”と
思って自分の名前を残しておいたのですが、急にNYに来ることになって、
”今から名前を変えるとなると、パスポートからクレジットカードから全て
届けを出さないといけないし、もう時間がないからこのままNYに行こう。
アメリカなら夫婦別姓でも問題ないだろうし・・・”ということで今も
そのままです。実際、Green Cardの申請とか、その他のことでも全く問題ないし。
でも、もし将来仮に日本にまた住むとなると、子供のこととかいろいろ
問題が出てくると思います。そもそも婚姻届を出しても外国人だと戸籍に
載らないので(欄外の別記されるだけ)今も日本では私が世帯主ということに
なっているし、これはこれでまた外国人に対しての差別なので、問題だと
思うのですが・・・。
とにかく日本でも夫婦別姓を合法化して、個人が自由に選択できるように
するべきですよね。私もアメリカ人との結婚によって、改めて自分の姓を残す
ことの大切さを感じてますし(もちろん変えたい人は、それでいいので問題
ありませんが)、私は4人姉妹の末っ子で、姉たちは皆名前が変わっているので、
私が自分の親からうけついだ姓を残せることを非常に嬉しく思っています。
子供ができたらミドルネームにして残せるし。
大原ケイさんの言ってた様に、結婚したら「××さんの奥さん」「××さんの
ママ」になって、個人を失ってしまう日本人が多いし、女性だけがこの
デメリットを背負っているというのが問題ですよね(法だけじゃなくて、
慣習の問題も含まれるけど)。これは変えなきゃいかん!と思うのですが・・・。
N・H
P.S. アメリカでもエグゼクティブの人々の間とかでは、もしかしたら
夫婦別姓だと困ることがあるのかもしれません。とりあえず、私の場合は
何も問題ありませんが。いろんなケースがあるのでしょうね、多分。
『今週の歌』
「真夜中の 歩道の隅で 売っていた
都はるみの 歌謡全集 ひろ」
*深夜、イースト・ビレッジの道端にて
下のアドレスを押すとメイルが送れまっせ
投書、意見、感想もどうぞ