1996年7月2日号

(No.121)


                     Nutsの表紙です



『NYテレビドラマ作戦です』

 さて、「NYテレビドラマ作戦」です。
 先日、「ニューヨーク発のトレンディ・ドラマを作ろうやないか。」 という話をしました。皆さん、覚えてらっしゃいますでしょうか?
 この作戦、なかなかウケがいいのであります。「やろやろ。」及び 「手伝いますよ。」という声が、いろんな方から私の元に届いております。 これは本気にならんといかんね。
 ということで、マジで動き出すことにしました。実を言いますと、 インターネット上の「NY Nuts Mailing-list」では、すでに「みんなで ドラマ作ろうぜ!だから手伝ってよ」宣言しておりまして、で、今回、 この「週刊Nuts」上でも、「作ろうぜ&手伝ってよ」宣言するのでありました。
 一口にテレビドラマと言いましても、いろいろなタイプがあります。 恋愛モノ、不幸モノ、親子モノ、お笑いモノ、アクション及び人殺しモノ などなど。その中から、ニューヨークという舞台にフィットしつつ、 なおかつ、日本の人々の興味を引くタイプのものを選び出さねばなりません。
 実は、わたくし、すでにそのテーマとなるもの、ついでに、その タイトルまで決めておるのであります。発表しましょう。
 「ニューヨーク・ウエイター物語」
 これって、前、書きましたよね。失敬、失敬。なにはともあれ、 「ニューヨーク・ウエイター物語」、これなのです。
 このテーマにした理由は、1)自分がよく知ってる世界である、 2)日本の人が知らない世界である、3)アメリカと日本が微妙に かみ合う世界である、4)ニューヨークに住むすべての種類の日本人が 登場できる世界である、の4つです。
 1)と2)につきましては、説明の必要はありませんね。3)ですが、 ニューヨークの日本食レストランというのは、アメリカ人と日本人、 あるいは、アメリカ文化と日本文化がもっとも頻繁にふれ合う空間なので あります。
 例えば、「日本人ウエイターに”マグロ”とか”イクラ”などと 日本語で注文するアメリカ人客」、「ミル貝とヒラメの区別のつかない アメリカ人にその違いを言って聞かせる日本人ウエイター」、「寿司の 前にミソ汁を前菜として食べるアメリカ人」、「チップを置くのを忘れた 日本人観光客を走って追いかける日本人ウエイター」。
 そこには、アメリカの色も、日本の色もあります。それが面白いと 私は思うのです。
 そして、4)。これは、言い方を変えると、「いろんな人たちに スポットライトが当たっていいんではないの」ということなのであります。
 ニューヨークをテレビドラマとして切り取る方法として、「あるひとつの 大きなテーマに絞り込む」という方法があります。
 例えば、「同性愛」について。これは、いろんな方からひとつの案と してすすめられたのですが、私が思いますに、このテーマは、初めての ニューヨーク日本人社会発のテレビドラマとしては、あまりに刺激が 強すぎるのではないでしょうか? もし「同性愛」というテーマで ドラマを作ったとして、それを観た日本の人々は、「へ〜、 ニューヨークの日本人ってゲイなのね。」という印象を持ってしまいます。
 これは、テーマを「ドラッグ」にしても、「チンタラ」にしても、 「イエローキャブ」にしても同じことです。そういうテーマに絞り 込んでしまうと、日本側に変な誤解を生んでしまう可能性があると思うのです。
 最近、日本では、ひとつのテーマに絞り込んだドラマ、例えば、 「同性愛」、「手話」などをテーマにしたドラマが放映されてます。 それらが結構視聴率を集めてるというのも事実です。でも、それを そのままニューヨークに当てはめるのは、ちと危険ですね。なぜなら、 まずドラマの絶対数が違いすぎます。
 日本で作られるドラマに「同性愛」や「手話」というテーマが採用 されるようになったのは、もう他にネタがなくなったからです。でも、 ニューヨークに関しては、まだ手つかずの状態です。そしたら、 慌ててドぎついテーマに走ることなく、普通のニューヨークの風景を ドラマにしてみればいいのではないでしょうか?
 「でも、少しは刺激的なテーマにしないと、ドラマ化なんかされない よ。」というご意見も十分理解しています。しかし、ステレオタイプ 植え付け型ドラマだけは、私はイヤなのであります。
 だから、日本食レストランという舞台を設定し、その中にいろんな 日本人を登場させて、ニューヨークの日本人像というのを全体にバランス 良く表現したいのであります。その中には、当然、「同性愛者」も 登場しますし、「チンタラ若い衆」や他の日本人たちも登場します。 そういう「全体像カモし出しドラマ」にできればと思っとるのです。
 で、わたくし、早速、本屋さんに行きまして、雑誌「公募ガイド」を 購入したのであります。狙いは、「どっかのシナリオ・コンテストに 応募して、見事に最優秀賞かなんか取ったりなんかして、そして、 一直線にドラマ化されて、フッフッフ、次はどんなドラマにしようかな?」 です。
 しかしです。それが、アナタ、適当なシナリオ・コンテストが 見つからないのよ。ついでに、巻末の来月号のお知らせを見たら、「 情報特集・シナリオ公募カタログ96」なんて書いてあるから腹が 立つじゃないの。13ドル90セント、ドブ捨て状態やね、まったく。
 とりあえず、来月号が出るのを待ってですね、良さそうなコンテストを 選んで、それに応募するというカタチで行きたいもんですな。
 なにはともあれ、シナリオ作りの準備を始めますか。まずは、 「シナリオの作り方」の本を読みます。すべては、それからです。
 きっと面白いものができますよ。日本の人々が知らない、ある日本人 たちの姿。そして、舞台は、ニューヨーク。私たちの身の回りで起った、 楽しいこと、苦しいこと、面白いことをみんなこのドラマに詰め込めれば と思います。
 そういうアイデアやネタの面で、そのうちご協力をお願いすると 思います。その時は、よろしくお願いします。
 そういうわけで、「NYテレビドラマ作戦」開始です。
 では。                  編集人

『VOICE』

@初めて投書します。
 突然ですが、みなさんはアメリカという国にいて、キリスト教と いうものをどのようにとらえていますか?
 私はかつて、キリスト教の教会に属していた者ですが、いろんな思いが あって、このあいだ、飛び出して来ました。一つの信仰に忠実になろうと 思って先に進めなくなったのが大きな理由ですが、未だに神様の存在は 信じてるし、自分の生活に神の力はworkしていると思うので、キリスト教を 否定したりはしません。
 しかし、キリスト教はともあれ、人間の潜在意識の中に神は存在している と思います。例えば、窮地に立たされたときに、「神様、お願い・・・」 と無意識に祈った経験はだれでもあると思います。トイレで下痢に なった時など、特に・・・。
 教会にいた時は、愛や真理について、聖書から本当にたくさんの ことを学びました。未だにそんなの難しすぎてわかりませんが、自分の 人生について、これほど考えた時期はなかったし、それをじっくり考える チャンスをもらったことに本当に私は感謝してます。
 目的があってNYに来た人も、ただなんとなくいる人も、目的を探しに 来た人も、キリスト教が根本にあるこの国で、クリスチャニティについて、 神について、自分の人生について、どのように考えていますか?  笑いごとではなく、アメリカにいる限り、避けては通れない問題だと 思います。ご意見を聞かせて下さい。                    たま
@編集人です。
 以前、お話ししましたように、わたくし、近く結婚いたします。 年貢の納め時、というヤツですね。
 相手は、地元の人、つまり、ニューヨーカーなのですが、やはり こういう場合、どうしても「マスオさん現象」なるものが起こるので ありました。
 例えば、結婚式。彼女の話によると、この国には、「結婚式費用は、 花嫁側が出す」という、私たち花婿にとっては「ヒャッホー!」状態の 嬉しき慣習が存在するらしいのですが、これが、なかなかクセモノなので あります。
 まず、金を出してないから、結婚式に関しての花婿側の発言権と いうのが、極めて弱くなります。招待する友だちの数もかなり制限 されます。ちなみに、私の場合、招待される人々の優先順位は、 1. 「向こうのお母さんの知り合い」、2. 「彼女の知り合い」、 3. 「私の知り合い」、となります。
 まあ、この発言権については、いろいろなパターンがあり、ある私の 友達の場合ですと、もっとも強い発言権を持ったのは、花婿側のお母さん でした(でも、この時は、かなり激しくモメたようでした)。
 私の場合、うちの家族、つまり日本軍団が、まったく結婚式という ものにに興味がなく、結婚式にも参加しないため、相手側の一方的な 試合展開となっております。ちなみに、私の家族は、 「結婚式反対派」家族でして、「あんなもん、こっぱずかしい!」を 基本的理念としております。
 話を戻します。
 というわけで、向こうサイドに金も出してもらてますし、結婚式に ついて、グダグダ言う人間も私サイドにはおりませんので、私たちの 結婚式は、完全に花嫁側のペースで進んでいるのでした。
 私、思うんですけど、この慣習、「結婚式費用は花嫁側が出す」 というのは、ある意味で、「結婚式は花嫁側の好きにやらせてやろうぜ」 という裏の狙いがあるのではないですかね。
 所詮、結婚式は、花嫁のもの。男は単なる飾りです。だから、 花嫁側に金を出させて、その発言権を強め、花嫁側に有利な試合展開と なるように、このような慣習ができたのではないかと私は思うのであります。
 再び金の問題ですが、こちらの慣習によると、ハネムーンというのは、 花婿持ちだそうです。つまり、ワシが、金出さんといかん、ということね。
 私としましては、ハネムーン代も花嫁側に出してもらって、それに ついても彼女の好きにやってもらって一向に構わないのですが、まあ、 そうウマくは行かんわな。
 他にも「マスオさん現象」は、いろんなカタチで現れています。 やっぱ、現地の人間と結婚すると、そうなりますね。ま、そのうち ゆっくりお話しします。
 話が飛びます。
 先に書きましたように、新たに「NYテレビドラマ作戦」が、 このNuts紙上でスタートしました。ちょっとここで、今、現在、 このNutsがどういうことに取り組んでるかを整理しておきましょう。
1)「ガンバレ地方連合(ガン地連)」
2)「在外投票権運動」
3)「生活相談電話(カツ電)」
4)「ニューヨーク発信作戦(ニュー発作戦)」
5)「NYテレビドラマ作戦」(これは、ニュー発のひとつね。)
 上記の作戦以外にも、「コミュニティーラジオ作戦」などがありますが、 それらはとりあえず置いとこか。
 それにしても、いっぱいありますのう。どうすんの、一体? ま、 ボチボチ行こか。
 今週はこんなもんです。では、また来週。   編集人
@先日、知り合いから日経新聞の切り抜きが送られてきた。
 それは、タイに渡り、そこでムエタイ(タイ式キックボクシング)の ジムを開き、また選手としても活躍している、ある日本人の若者についての 記事だった。
 オレは、昔、タイでムエタイをやってたことがある。やってたと 言っても、試合に出たり、地元の選手と力いっぱい練習していたわけ ではない。ただ、ひとりで、ジムのサンドバックを蹴っていただけだった。
 そんなオレの過去を知ってて、その知人は、この記事をオレに送って きたのだろう。この記事について、手紙には、「日経の切り抜き、 同封します。」としか書いてなかった。
 「渡航し、ジム経営」。見出しには、そう書いてあった。そして、 その横には、蹴りの練習をしている、その日本人の若者の姿があった。
 「・・・、彼だ。」
 その写真を見た時、オレは、そうつぶやいた。
 それは、確かに見たことのある顔だった・・・。
 彼とオレは、今から、5年前、東京の同じキックボクシングジムに 所属していた。それは、下北沢の線路横にある小さなジムだった。
 あの頃、オレは、東京のあるスーパーで働いていた。
 漁師生活や放浪の旅から足を洗い、社会復帰するための東京生活だった。
 しかし、人間嫌いが原因で社会から離れてた自分にとって、いきなり 始まった都会での生活は、毎日が人間との戦いだった。オレはまるで、 コンクリート・ジャングルに解き放たれた獣のようだった。その人間に 対する怒りをいやすために、オレは、キックボクシングジムに通い始めた。
 そこに、ひとりの若者がいた。それが、彼だった。
 強かった。彼には、底知れぬ強さがあった。
 彼も獣だった。でも、彼は「苦しみの獣」ではなく、「戦いの獣」 だった。戦うことに自分を見つける獣だった。
 そのうち、彼は、ある階級のチャンピオンとなった。そして、 オレは、東京を離れ、ニューヨークへと向かった。
 あれから、5年。2匹の獣がそれぞれの場所で根を張りつつある。
 写真の中の彼の目には、まだ獣が住んでいた。戦いを探し求る獣が、 そこにいた。
 じゃあ、オレは? オレの目の中には、まだ「苦しみの獣」が 住んでいるのだろうか?
 時々、あのジムの緊張した空気と汗くさい匂いが、やたらと 懐かしくなる。彼は、今頃、タイの空の下で、サンドバックを蹴り 続けているのだろう。
 少しだけ、くやしい・・・。      ひろ

『今週の歌』

      「最近は  見送りだけが  多くなり
            ふと気がつけば 5回目の夏    ひろ」
             *ルームメイトを空港に見送りに行って

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Hiroyuki Takenaga ---hiro@interport.net