1996年8月6日号
(No.126)
Nutsの表紙です
目次
*『VOICE』
・投書「”ある痛みについて”を読んで」
・投書「諺について」
・編集人「Nutsの広告力について&その他」
・「ひとりごと」
*『今週の歌』
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『VOICE』
@「ある痛みについて」
私は貴方の意見に同感です。又、貴方と同じように、なぜそんな気持ちに
なるのか、正確に分析出来ずにいます。多分それは、遺伝子にインプット
された情報が、ウォーニング(編注:「警報」)を出しているからかも知れま
せん。これを2人で分析してみましょう。というものの、私の方がもっと重症です。
私は、英語、米語をまるで国語を喋べっているように喋る日本人も嫌いですし、
又、たいしてバックグランドも人生経験もない若いアナウンサーが、大人びて、
それでいて黄色い声をはりあげて、人生の大事件をレポートしているのを聞く
のも大嫌いです。
このあたりにポイントが、あるような気がするのですが、判然としません。
ただ、喋る言葉を世渡りの方便として考えるならばaccept出来ても、泥足で
心の中にただ喋れるからといって、入ってこられるのは嫌なんじゃないか、etc。
本能的にです。理性じゃなくて。
25年、この国に住んで経験として知っていることを例として書いてみましょう。
私の友人にアメリカ人も舌を巻く程のアメリカ語を喋る人がいます。しかし
彼女は当のアメリカ人との間に、私的にも公的にも、いつもトラブルに巻き
込まれ、おだやかな日がないのではないかと思う有り様です。そして、職場にも
そういう人が、かなりいますが、彼等達は、表面はともかく日本語とアメリカ語の
間で孤立しているようにみえるのは私のひがみでしょうか? これだけ喋れるのに
何故?
しかし、貴方に云うておきたい事がひとつあります。心の中で思っていても、
口に出してはいけないサブジェクトがあるものです。それを人々は良い意味での
教養といいます。教養がキザならホスピタリテー(編注:「好意的な受け入れ」)
とかディプロマティック(編注:「外交上の」)と言い替えても良いでしょう。
ですから、「日本語を喋るアメリカ人が嫌い」と口にすべきではなかったの
でしょうね?
しかし、この問題をおざなりにして、異文化の理解はないと思いますョ。
私は、なま半かな国際人に会うと必ずアドバイスをする一句があります。
「本当に1つの異文化を理解したいとか理解したと思う人が居るとするならば・・・
例えば、人食い人種の文化を理解しようとする人は、その人種と共に人肉を
食して初めて、その文化を理解した・・・しようとしている、と言えるので
あって、その他は、野次馬に過ぎず、理解したとは、ほど遠い。」というものです。
それ程大事な事なのに、その国の語を喋れるからと言って、2000年の
文化を理解した風な事をしてはいけないと思います。それは、どこの国の言葉・
文化についても同じことが言えるのではないでしょうか。
通訳の仕事をしている人は、なぜクライアントとトラブルがないか。それは
言葉を道具としてAからBへ伝達するのみで、(正確に)AとBとの文化の異なる
事の仲立ちではないからです。
貴方の痛みについて、Nutsの若い読者は逆立ちしても理解できないでしょう。
同情します。
彼女 or 彼等達のレベルは、肌の色を異にする異性に対する感度だけが問題で、
言葉なんてそこまで行っていないのではないかと想像してます。若い女性の
黒人好みも、せんじつめれば黒人に対してのみ優越感を持てる、白人に対して
言葉のハンデがあるだけ、(やさしい、美しい、と)誤解出来るというところに
あるのではないでしょうか。
彼女達は、愛情という言葉を使います。しかし、黒人と日本人との混血を
欲しいと思う程の日本女性は、何人いますか? 白人の男性も日本人の混血児を
一生かけて育てるという程、愛情深い人は、何人いるか、という処でしょうね。
Nutsは、Loveの大安売り。それじゃ紙がもったいない。しかし、「暑い夜には
恐いハナシと蚊取り線香」のひろさんのハナシが創作なら立派。この線でのびて
ください。
マンハッタンのオバサンより
P.S. 『ニューヨーク・タイムズ』7月30日付け「ビジネス・デイ」
エイズにかかり、死が確実な人の生命保険を買い取るビジネスが、盛んに
なっている。それは、本人には、65%のキャッシュ払いで(生きてるうちに)、
あとの35%は、Investorとその会社の手数料で商売が成り立っている。その人が
早く死ねば死ぬ程、Investorのもうけが大きくなる仕組み。読まれたし。
夏の夜の話し。
@ちょっと聞いて下さい。
日本人ていうのは、結構無意識の内に、諺(ことわざ)を基本にして生活
しているところ有りますよね。そこで私、富に思うんですけど、数ある諺の中で、
やっぱりいらない諺とか、教訓としては良くない物とか有ると思うんです。
例えば、「天は二物を与えず」と言うのは、まるっきり嘘ですし(Olympicを
見てて特にそう思います)、「五十歩百歩」という諺はとてもいい加減だと思うん
です(五十歩と百歩では大違いです。まあ、これは語呂が良いから生まれたので
しょうけど)。
「出る杭は打たれる」とか、「器用貧乏」などという諺は、向上心をsuppress
する物以外の何者でもありません。でも日本の社会がこの二つの諺を基本に
動いているから仕方が無いんでしょうけど。
ちなみに、「目くそが、鼻くそを笑う」という諺は、私の大好きな諺の一つです。
半タコ
@編集人です。
ちなみに、先週書いた「暑い夜には恐いハナシと蚊取り線香」のハナシは、
本当に友達から聞いたハナシです、ハイ。
さて、「週刊Nutsのニューヨークの日本人社会における広告力」についての
続きです。
前回は、こういう文で終わりました。
『このように、Nutsの広告力というのは、「量勝負」型ではありません。
どちらかと言うと、「スピード勝負」型であり、「質勝負」型です。』
まずは、「スピード勝負」型の説明から行きましょうか。
その名の通り、この「週刊Nuts」は、週刊なのであります。発行日は、
毎週火曜日。ちなみに、広告の締切は、私が、火曜日に印刷屋にNutsの原版を
持ってって、係りのおねえさんに、「ハイ、これ。」と手渡す瞬間まで大丈夫です。
ここで、私が言いたいことはですね、「今すぐ広告を出したい人、または、
会社があったとして、ニューヨークの他の月刊や隔週発行の出版物にアプローチ
したけどすでに締切が過ぎてて、だけど、死ぬほど広告が出したくて、それも
すぐすぐ出したくて、困ってしまってワン・ワン・ワ・ワンの状態である場合、
ちょっとそこを見てご覧。ほら、Nutsがあるだろ。ウフッ。」ということなの
であります。
要するに、「週刊のミニコミやから、なんとでもなんで〜」ということですな。
次。
もうひとつの「質勝負」型の説明です。
私がここで言ってる「質」というのはですね、「週刊Nutsに広告を出している」
ということが持つ意味のことなのであります。
はっきり言って、このミニコミに広告を出すことは、非常に勇気のいることだ
と思います。内容が、ときどき危ない方向に飛んで行ったりしますからね。
一応、来た投書は、すべて載せるようにしてますし、私自身も、批判したいと
思ったものは、いろんなシガラミに関係なく、バッサリ批判するようにしてます。
だから、ある意味の「シガラミ」で成立している、このニューヨークの日本人
社会において、そういう出版物に広告を出すというのは、自殺行為にもなり得る
わけです。(こういうことを書く方が、もっと自殺行為じゃ。)
でも、です。逆に考えると、それは、強力な武器にもなり得ます。なぜなら、
みんながやらないことをやれば、当然、異常に目立つからです。「目立つ」
ということは、それが「広告」として、かなりの効果を持つということでも
あるわけです。
私は、冗談でこんなことを書いているのではありません。私は、本気で
「週刊Nutsのメディアとしての広告力は、なかなかのもんですぞ。」と言っとる
のであります。まあ、ここニューヨークにおける各日系企業の融通のきかない
宣伝活動にちょっと疑問を持ってると言えば、持ってるのですが、この件に
ついては、別の機会にでもお話ししましょう。
話を戻します。
というわけで、このNutsの広告媒体としての「質」において、Nutsに広告を
出すということは、このニューヨークでは、かなり面白い方法なのであります。
以上です。
基本的に、広告料は、月100ドル(500部のみ)となります。
ご興味のある方は、編集部までご連絡ください。
次の話題。
先日、国際結婚軍団「Apple Couples」のパートナー道連れピクニックが、
行われました。
これが、なかなか面白かったのよ、アナタ。
結局、7、8組のカップルが集まったんですかねえ。いや〜、いろんな組み
合わせがあるもんだなあ、と感心しました。
ちなみに、来たカップルは、すべて「日本人女性とそうでない男性」だった
のですが、わたくし、このピクニックを行う前に、ひとつの予想を立ててたので
あります。それは、「日本人女性と結婚するそうでない男性というのは、みんな
似たタイプなのではないだろうか」というものでした。
で、結果は、と言いますと、そうでもなかったですね。最初にみんなに会った
時は、「やっぱり似てるのう。」と思ったのですが、ダンナさんひとり一人と
話してみて、そんなに似てないことに気づきました。ただ、今回のダンナさん
たちは、みんな独特の「柔らかさ」を持ってましたね。その点は、みんな似て
ました。
てなカンジです。
話は変わって、この前、彼女のオヤジさんと車に乗ってた時、彼が、こんな
ことを言ってました。
「大統領選というのは、別の意味で、オレたちにとってすごく大切なこと
なんだ。大統領選になると、このアメリカの社会に潜むウミやカスたちが、
ゾロゾロ出てくる。人種差別や白人至上主義を声高に叫ぶ連中なんかが、
そうだ。でも、これが大切なんだ。あんな連中が、いるってことが分かるし、
そこには、議論も起こる。ウミやカスは、出すべきなのさ。」
「ある痛みについて」の議論に関して考える時、私は、いつもこの言葉を
思い出します。
「ウミやカスは出すべきなのさ。」・・・・・・
先日、2年間働いた日本食レストランを辞めました。あんまり辞めたく
なかったのですが、結婚とか、ナンダカンダあって、とりあえず、辞めさせて
頂くことにしました。
すごく良いレストランでした。料理もそのサービスも、ニューヨークの
日本食レストランの中で、ベスト3には、入るでしょう。(これは、
自慢ではなく、本気でそう思います。)
私は、良い魚たちと、良い人たちに囲まれながら、仕事ができたことを
すごく幸せに思います。
う〜ん・・・かなり感慨深いものがあります。
つれえなあ。
なにはともあれ、今週は、こんなもんです。
では、また来週。 編集人
@午後10時57分、オレは、最後の仕事を終えて、更衣室に入った。
今から2年と少し前、オレはこのレストランで働き始めた。
ウエイターのユニフォームを脱ぎながら、オレは、あの頃のことを
少しだけ思い出していた・・・
その頃から、良いレストランだった。
出している料理も、働いている人間たちも、他のレストランにひけを
取らなかった。
だから、初めての仕事が終わった後、オレは、なんだか嬉しくて、
この更衣室の中で、ひとりニヤニヤしてた。更衣室の鏡の中に映ってたオレの
ベストも蝶ネクタイも、あの頃は、ピカピカで、それはなんだか、オレと
一緒に笑ってくれてるみたいだった。オレは、着替え終わると、そのベストや
蝶ネクタイたちをハンガーに掛け、嬉しそうに更衣室を出て行った・・・。
そして、今、すべてが終わろうとしている。
今、この店は、あの頃よりも良くなっている。少なくとも、自分では、
そう思っている。・・・そう信じている。
目の前に置いたベストも蝶ネクタイも、あの頃からの物だ。
そして、鏡に映ったオレの顔も、ちょっと年食ったけど、あの頃と同じ顔だった。
ただひとつ違うのは・・・・今のオレの顔は、少しだけ悲しそうだった。
オレは、考えていた。
あの日から、今日までのことを。
そして、オレは、知らない間に、いつものように洋服かけに自分の
ユニフォームを戻している自分に気がついた。
オレは、黙ったまま、そっとそれらを洋服かけから外し、この店の名前の
入ったビニール袋の中に詰め込んだ。
「築地寿司清」。
袋には、そう書いてあった。
ドアのノブを回し、外に出ようとした。その時、オレは、もう一度、振り返った。
それは、小さな更衣室だった。でも、その部屋の中で、オレは、いろんなことを
考えながら、いろんな気持ちを抱えながら、その日を始め、その日を終えてきた。
そこには、板前さんたちの白衣と、アミーゴたちの作業着と、ウエイターたちの
黒いユニフォームが、並んでいた。足下には、スパニッシュの新聞が、落ちていた。
ドアを開け、外に出た。
目の前にあるタイムカードの時計は、午後11時6分を差していた。
オレは、後ろ手でドアを閉め、でも、少しだけ開けたままにして、
ゆっくりと歩き出した。
最後に振り向いた時、その小さな更衣室の明かりが、ドアのすき間から
少しだけもれてるのが見えた。
そして、オレは、もう振り返らなかった・・・。 ひろ
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『今週の歌』
「義理の父 "Dad" と呼ぶには 照れくさく
小さな声で "Oyaji" と言う我 ひろ」
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