1996年8月20日号
(No.128)
Nutsの表紙です
目次
*『VOICE』
・投書「チップについて」
・「大掃除の掘り出し物」
・「編集後記」
*『今週の歌』
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『VOICE』
@Dear Editor,
こんにちは! Downtownに住み、仕事を持つ為、たまにしかMidtownに
行く機会がなく、NO.をとびとびに「Nuts」を愛読してます。読み終わったら、
日本人の友人に送っていますが、評判がいいです。
NO.123のレストランでのチップに関する意見ですが、私も留学生時代に
ウエイトレスとして経験しているので、少ないチップを置いてくお客に不満を
覚えますが、私も竹永氏同様、お客様に文句を云わず貝になる方法を取ってました。
それは単なる日本人らしい(?)物事に波風立てずにおこうという感覚からだけ
ではなく、これは、ひとえにお客1人1人の判断にかかる問題だからだと思うから
です。
たとえ私がベストのサービスをお客に提供しても、キッチンからあまり新鮮で
ないビーフタタキなどが出てきた場合、厳しいお客(特にアメリカ人の○○○系に
多い)は、トータルJudgementを下し、チップの%を決めます。もちろん単に
ケチなお客もいますし、忙しい時など、サービスがおざなりになってしまい
ながらも、15%きちんと礼儀として払っていってくれるお客もいますが、
このJudgement型は、結構アメリカ人の中に多く存在し、私も今現在、
お客としてその型をとってます。
とても心地のよいサービスを受けたと思ったら、20、30%ぐらい払ったり
しますし、逆にひどいサービスなのに、あたりまえのようにチップを請求してきて、
ひどい時など、おつりもよこそうとしないCab Driverがいたりして、そんな時、
5%にしようと思ってたチップもゼロです。(ひったくってでも、おつりを
とり返そうという気にさせられます。)
でも、それがチップの在り方ではないでしょうか? そうでなかったら、
日本やバミューダのようにサービス込みのシステムに切り替え、その分、店の
マネージャーが、問題が生じる度にお客に呼び出されるというシステムを取る
べきなのでは?
もちろん、チップのみで生活している人々に対し、同情心はありますが、
ウエイター/ウエイトレスも1つのProfessionであり、気の効く、そして、
頭の切れる人に務めてもらいたいと、お客の側から云わせてもらいます。
(ここの日系人誌上からでは、うまくこのメッセージが伝わらないかと思い
ますが・・・?!) Keiko
@編集人です。
ここで、2編の詩とひとつのエッセイをご紹介します。
この詩は、私のオジキが書いたものです。先日、部屋の大掃除をしてる時に、
偶然、見つけました。
血がつながってるせいか、なんとなく私の波長に合います。
てなわけで、オジキの了解も得ずに、掲載します。
もうひとつのエッセイですが、これは約4年前に私がスパニッシュ・ハーレムの
スーパーで働いてた頃に書いたものです。これも、大掃除の途中で見つけました。
そんなわけで、今回は、「大掃除の掘り出し物」特集です。
お読み下さい。 編集人
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*『みれん』
きれん
はなれん
ふりきれん
みれん
かえれん
やりきれん
*『限りなく 愛す』
母や 妻や 娘たちの
まあるっこいしりを 愛す
町々の 村々の 女たちの
まあるっこいしりを 愛す
マヘリア・ジャクソンの
でっかいしりを 信じる
ブレジネフなど信じない が
ブレジネフのおっかさんの
でっかいしりは 信じる
しりをえがかぬ
絵かきの絵など 信じない
しりをうたわぬ
詩じんの詩など 信じない
と も か ず は 即
殺してしまおう しかし
ももえのしりは 愛す
大福寺の 牛乳屋の
おばさんの でっかいしり
が 好きだ 好きだ
それらが
まるければ まるいほど
でかければ でかいほど
ユラユラ ユラユラ
ゆれれば ゆれるほど
限りなく 愛す
矩章
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『ビクターの"Thank you"』
彼はいつも、私が困ってる時に颯爽と現れる。
液体洗剤をひっくり返した時。山のようにつんであるトイレット・ペーパーを
雪崩のようにくずした時。客に商品のありかを問いつめられている時。
彼は知らぬ間に私の背後に忍び寄り、”どうした?”と聞いてくれる。そして、
床にブチまけた液体洗剤をせっせと拭き取ったり、崩れたトイレット・ペーパーの
山をまたイチから積み直し始める。
犯人は、私なのにである。
すべてがもと通りになると、また知らぬ間にどこかへと消えて行く。
まるで月光仮面なのだ。
ビクターは、メキシコに両親と3人の妹弟がいる。両親の年齢は、おそらく
50才ぐらいだろう。はっきりは分からない。彼が家族のもとを去ったのは、
3年前、彼が18のときだ。
なぜアメリカに来たかという問いに、彼は、「なんとなく」と答えた。「お金の
ため」という答えを期待していた私には、少し肩すかしな答えだったが、彼の
言葉からは、実際、金に対する欲望のようなものは感じられなかった。本当に
「なんとなく」このニューヨークにやって来たらしい。
大体、週6日か7日、朝の10時から夜の9時まで、彼はこのスーパーで働いて
いる。
私が彼に「この仕事はどうだ?」と聞いたら、彼は、「ああ、けっこう好き
だよ。」と答えた。第3者である私の目から見ても、けっこう楽しんでいる
ように見える。忙しすぎるわけでもなく、ヒマすぎるわけでもない。日給45
ドルのこの仕事が、彼は、それなりに気に入ってるらしい。
店で、いつも彼は、皮ジャンとパンツ、そして、歩く度にコツコツと音の鳴る
革靴を履いている。一般の客とほとんど見分けがつかない。私には、その服装が、
スーパーの仕事に適しているとは思えないのだが、彼は頑固に、この自分なりの
制服を毎日着用している。
他に着るものがないのではないか、という自然な疑問が、当然、私の脳裏を
よぎるのであるが、それが事実かどうか、彼に直接確認するだけの無神経さを、
私は持ち合わせていない。
彼は、ときどき私を驚かせてくれる。あれは、私が、液体洗剤を床に大々的に
ブチまけた時のことだ。
その床に広がった青い洗剤は、到底モップなどで太刀打ちできる量ではなかった。
我々は、その時、乾いた巨大なぞうきんを必要としていた。
突然、彼が私に、「おい、肉屋から白い作業着をもらってこい!」と言った。
「うむ、これは、我々も本格的に着替えて、あの洗剤どもと格闘するのであるな。」
などと思いながら、精肉部門から作業着を数枚拝借してきた。
私が持って来た、その作業着を見ると、彼は「よこせ。」と言い、「1枚か?」
と聞くと、「全部よこせ。」と言った。
「重ね着して掃除するつもりなのだろうか?」と、不思議に思いながらも、
それらの作業着を彼に手渡した。
するとどうだろう、彼は、それを手にするやいなや、床にペチョリという感じ
で広がった洗剤の上に、それを風呂敷のように広げて、なおかつ、それを足で踏みにじり始めたのだ。
そうである。今ここに、我々は、巨大なぞうきんを得たのである。(それは
新鮮な驚きであり、発見であった。なるほど、作業着には、このような使い方も
あったのである。)
作業着で床をゴシゴシやっている彼には、ぞうきんと作業着を差別する表情
など微塵も見られず、それどころか、その顔は「私はごく普通のことをやって
いるのである。」という自信に満ちあふれていた。目が覚める思いであった。
すっかり拭き取ってしまい、さて一件落着、とホッとした私に、彼はその青く
変色した巨大なぞうきんを静かに手渡し、「肉屋に返してこい。」と平然と言った。
「洗わなくてもいいのか?」と私が聞くと、彼は「いいから返してこい。」
と言い残し、どこかへ消え去った。
「こいつは、ただの無責任男ではないか・・・。」と思ったりしたが、
すべてはあとの祭り。ただ呆然と立ち尽くす私であった。
ビクターには、ギルセルダという怪獣のような名前の彼女がいる。彼女も
メキシカンで、ミッドタウンの工場で働いている。英語は、「どうしたの?」
以外は、まったく話せない。
「二人とも休みの日は、映画に行ったり、たまにはディスコに行ったりする。」
彼は、少し照れながら、そう言った。
「彼女と結婚するの?」
私は、冗談まじりに、そう聞いた。すると彼は、憎たらしいくらい素直に、
「うん、そうしたい。」とノタまった。
21にしては、大した度胸である。
お金のことをまた聞いてみた。
「今、貯金してるの?」
「いや、してない。けっこう使っちゃうんだよな。」
「メキシコにお金をドッサリ持って帰るんじゃないの?」
「いや〜、どうかな。」
「ところで、いつ帰るんだい?」
「分からない。今年か来年かな。」
軽い気持ちでニューヨークにやってきたと言うだけのことはある。本当に
軽い気持ちだった。
ニューヨークのメキシカンたちは、故郷に錦を飾るために、アメリカのドルを
メキシコにできるだけたくさん持ち帰るために、血まなこになって、夜も寝ず、
遊ぶことも忘れて、もくもくと働いてる人々だという定義を、今まで私は持ち
続けていたのであるが、このビクターは、明らかにそのタイプではない。
ハングリー精神というものが、彼からは、サクリと切り落とされているかの
ようだった。
彼には余裕があり、そして、彼の懐は深い。私は、彼はなかなかのバランス
感覚の持ち主であると思った。
私と話す彼の表情はいつも明るかった。英語が片言しか話せない彼と、
スペイン語がまったく話せない私の会話は、それなりに面白く、刺激的であった。
お互いの目に、「こいつ、本当にオレの言ったことを理解してるのだろうか?」
という疑問の色と、「やっと分かったか。」という安堵の色とが、しばしば交錯した。
ある日、彼は、柱のように積まれたシリアルに寄り掛かりながら、私と話していた。
私が何か言った時、彼は大きく笑った。
と、その時、その柱が傾いた。
それは、最初は静かに、そして、加速度をつけながら、床に向かって倒れ込ん
でいった。
バタバタバタという感じで、シリアルの箱が飛び散った。
それらを寄せ集めながら、彼は照れ笑いを浮かべ、「あ〜あ、やっちゃった。」
と言った。
二人で積み直し終わって、彼と私は再び向かい合った。そして、彼は言った。
「Thank you.」
それは、いつもヘマばかりしている私が、初めて彼から聞いた「Thank you.」
だった。
なんだか照れくさいような、うれしいような、ヘンな気分だった。
ひろ
@編集人です。
ただ今、8月14日の午後11時43分です。
ですから、このNutsは、発行日よりかなり前に作ったものになります。
今週の土曜日(8月17日)が、問題の結婚式でして、その翌々日に、
かみさんと私は、バハマに出発する予定です。俗に言う「新婚旅行」というヤツです。
でも、予定は予定。人生、何が起こるか分かりません。
もし、私が、結婚式から逃げ出したら、イルカどころではありません。
ふっふっふ。
なにはともあれ、結果は、次号でご紹介します。
妹やいとこが、結婚式のためにニューヨークにやってきました。その彼女たちと
熊本弁でしゃべってる毎日です。
熊本を離れて十数年。でも、熊本弁は、まだまだ私の中で生きているようでした。
少しだけ、ホッとしたな。
では、また来週。 編集人
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『今週の歌』
「久々に 熊本弁で しゃべてる
そぎゃん自分が そにゃあよかタイ ひろ」
(そんな自分が、すごくいいなあ。)
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