1996年9月17日号(No.132)
Nutsの表紙です
目次
*『VOICE』
・投書「チップについて」
・投書「先日の投書について」
・編集人「チップについて」
・「ひとりごと」
*『今週の歌』
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『VOICE』
@「ひどいサービスにはチップで仕返しーある高級日本食レストランSの場合」
チップに関しては私は間違いなくjudgementタイプに属すると思います。
いいサービスには20%以上のチップを出すこともありますし、ひどいサービス
には10%もあげないこともあります。それが高級と言われるレストランなら
「採点」は普通よりもきつくなります(だって高い金払ってんねんから当然やね)。
でも普通だったらTAXの2倍の16.5%はあげてますし、それ以下になる事は
ありません。
でも先週の土曜日、ある高級日本食レストランSに行ったときは$36.80に
対して1ドル札とトークンとクォーターで出てきました(2ドル75セント
相当ーたった7.4%のチップ)。なんか追っかけて来ていた気がしたけど、
もし止められてたとしても「あんなサービスに15%のチップを期待するほうが
間違うてるんちゃいますか。」と言ってたと思います。なぜでしょう?
まずオーダーを取りにくるのが遅い。水やお茶をこちらが飲み終えてても
なかなか次のを足しに来ない。食事を持ってくるのも私が「あと5分で来な
かったら出ます。」とオーダー20分後に脅してようやく出てくる有様(実は
隣に座ってたアメリカ人も「ここは遅い!」と文句を言っていた)。挙げ句の
果ては「すいません。今日は非常に混んでるんで。」という弁解。あのねえ、
ここって高級レストランでしょう?
実は同伴していた友人はこちらもまた高級日本食レストランHの元従業員
(Hはあの手厳しいNYタイムズで4つ星。Sの競争相手という事になっている
らしいが、この状況からみるとSなんかはライバルとは言い難い)。私も
Hには何度か顔を出しているので知っているが、Hの場合どんなにレストランが
満席だったとしても客が10分以上待たなくてもいいシステムが出来上がって
いるのである。
また食事自体にしても私はSでもHでも刺身デラックスを注文したが、
Hでは30ドル弱の値段に前菜、味噌汁、ライス全部付いてくるのに対し、
Sでは全部別(おかげで味噌汁、ライスだけで6ドル以上のエキストラ。
ライスは寿司ごはんという非常識ぶり)。刺身自体もHの方がクォリティー、
量とも断然上。
でも「高級」という事で売ってるレストランならこの程度当たり前でしょう。
初めに触れたように客だって普通よりも高い金使ってくるんだから。
「非常に混んでるんで」という言い訳は近所のダイナーなら許されるけど、
こういう「高級レストラン」では許されない言い訳なんです。その点をSは
わかってない。じゃあフードの質で勝負するかといってもそうでもないし。
36ドルで良いサービスなら7,8ドル位チップ置いていきます。たとえ
クレジットカードで払っても、チップはキャッシュで置いていったりして
(Hではいつもそうしている)。実は今回Sでもチップはキャッシュにしたん
だけど、これはこんなに悪いサービスなら、もしかして後でクレジット
カードのチップのパートを書き替えられるんじゃないかという疑惑が頭を
かすめたため(本当にそんなことをしている日本食レストランがあるそうです。
カードを使う方、ご注意を)。だからレシートには、PAID BY CASH と書いて、
あの7%のトークン付きチップに至ったわけです。
Hさん、ご心配なく。Sは敵じゃありません。
Sさん、内装でごまかしてあんなサービスではHに負けますよ。
Nick Sakai
P.S. そういえばHに比べてSではアメリカ人の客が圧倒的に少なかった。
なんかわかる気がする。ザガットではSの方が点数が上だが、たぶん
ザガットが来た時だけサービスが良かったのではないか。
@「週刊Nuts」編集人様
私は時々読んでいるだけですが、あれこれアイデアを出し、問題提起の種を
まき、と一風変わったニュースレターで希少価値があると思っています。
又、週刊とは、とてつもないエネルギーで、その方をもっと尊敬します。
話題はふんふんとわかるものもあり、まったくその通りと賛成するものも
あり、へー、そんなもんだろうかとわからないものもあり、又、つまらない
のですっとばしのものありと、こんな具合の読者です。
「ある痛みについて」は、私は交際範囲がせまい為か、編集人と同じように
感じた事はありませんが、あなたが云っておられるように、心に痛みを感じる
時は、とことんどうしてか探り、自分が納得しようとする事はすばらしいです。
ともすれば、その感情のまま、ほっときがちですから。
さて、8月6日号で「マンハッタンのオバサン」は、”貴方の痛みについて、
Nutsの若い読者は逆立ちしても理解出来ないでしょう。同情します”と
書いておられますが、若い読者が理解したか、しなかったか、わからないのに
断言することは他の人(若い読者を含めて)の理解力への侮辱です。
この言葉に腹が立ったので投稿しましたが、云いたい事があって、
書きたいから書く紙、なんてグッドアイデアです。
タイムズ・スクエアのオバサン
@編集人です。
さて、「チップ」の話です。
今回のテーマは、「チップは本当に”義務的に含まれるサービス料”か?」。
私は基本的に、アメリカのレストランにおけるチップは、「義務的に含まれる
サービス料」的要素が強いものだと考えております。もう少し詳しく言いますと、
チップには、「義務的に含まれるサービス料」と「サービスに対する評価、
心付け、感謝の気持ち」という二つの要素があって、その両者が微妙に絡み
合いながら、「チップ」というものを作り上げておるのですが、この国では、
前者、つまり、「義務的に含まれるサービス料」という要素の方が強いという
考えなのであります。
ここで、その理由を少しご説明しましょう。
以前もお話ししましたが、わたくし、ここニューヨークで、3年半、楽しく
元気にウエイターをやっておりました。その3年半の間にいろんなお客さんに
会いました。チップを山のように置いていくお客さん、「ゲッ? なにこれ?」
と思わず唸ってしまうチップを置いていくお客さん、「アメリカ来る前に、
少しはチップのこと勉強してくるのよ。」と言いたくなるような、チップと
いうシステムをまったくご存じないお客さん、などなど。
でも、です。チップというシステムを知っていながら、チップをまったく
置いていかないお客さんというのには、その3年の間、結局、お会いしま
せんでした。確かに、日本人の観光客の中には、チップというものをご存じ
なくて、何も置かずに堂々と店を出ていく方もいましたが、それ以外の
ほとんどのケースでは、チップは置かれてたのであります。
ウエイター、ウエイトレスの皆さんの中には、チップを置くのがイヤで、
何も置かずにコソコソと逃げるようにしてレストランを出て行ったお客さんと
いうのに遭遇したことのある方もいると思います。これは、「チップを払わない
人々」のひとつの例であり、このケースを引用して、「だから、チップという
のは、すべての人が認めてるシステムではない=義務的なものではない」と言う
人もいます。
でも、そのケースは、チップが「義務的に含まれるサービス料」という説を
否定するものではなく、逆に、それを肯定するものであると私は考えるので
あります。
なぜなら、彼らは、チップが限りなく「義務的」なものと考えるからこそ、
「逃げるようにしてレストランを出て行」くのであって、もし、チップが
「義務的」なものでないならば、彼らは堂々と鼻歌でも謡いながらレストランを
出て行くはずです。
また、この他にも、「偉そうにチップを置いていかないお客さん」という
ケースもあるかもしれません。チップというシステムをまったく認めてない
人々です。でも、それは、ごくごく稀なケースであり、それを持ってして、
「そういう人もいるんだから、チップは”義務的”なものではない」とする
には、かなり無理があります。
ここまでの話、お分かり頂きましたでしょうか。
やはり、一般論としては、この国の人々の大部分は、レストランに行くと、
必ずチップを置いています。だからこそ、私は、チップを「義務的に含まれる
サービス料」的要素の強いものと定義するのであります。
ところが、です。
ここにひとつ、チップを「義務的」な要素の強いものと定義することを難しく
している強力なケースがあります。それは、ちまたでよく聞く、「サービスが
悪かったから、チップを1セントも置かなかった」というような例です。
先に説明しましたように、チップには、「義務的に含まれるサービス料」的
要素と、「サービスに対する評価、心付け、感謝の気持ち」的要素というのが
あり、前者の方がより強い意味を持つ、と私は考えています。
しかし、この「サービスが悪かったから、チップを1セントも置かなかった」
というような場合、その両者の立場が逆転するのです。つまり、「義務的」な
要素より、「サービスに対する評価」的要素、言い替えると、「お客さんの
判断」的要素の方が強くなってしまうのです。
もし、チップが本当に「義務的」なものであるならば、いかにサービスが
悪くても、お客さんは置いていくはです。いや、置いていかねばなりません。
でも、上記の例のように、「お客さんの判断」によってチップがあったり
なかったりするということは、チップが、正真正銘の「義務的に含まれる
サービス料」ではないということを証明しているのであります。
難しいのう。
でも、です。私の3年半の経験から言っても、「サービスが悪かったから、
チップを1セントも置かなかった」というようなお客さんには会ったことが
なく、どちらかというと、これも極端な例ではないかと思うのであります。
ただ、ニューヨークの日本食レストランには、そういう極端な例、要するに、
「サービスが悪かったから、チップを1セントも置かなかった」という事態の
原因となるような、すさまじくサービスの悪いウエイター、ウエイトレスが
生息しているのも事実です。また、これについては、別の機会にお話しします。
というわけで、今回、わたくしが言いたかったのは、「チップは、なんだ
かんだ言っても、結局、”義務的に含まれるサービス料”的要素の強いもの
である」ということだったのですが、皆さん、お分かりになりましたでしょうか。
以上です。
さて、ニューヨークは急に寒くなりました。
でも、私の気持ちは、まだ晩夏ですので、いくら寒くてもしばらくの間は、
Tシャツで過ごそうと考えております。
だって、アナタ、あれだけナメた夏を過ごさせといて、急に寒くなるなんて
許せる? 意地でもTシャツじゃ。
では、また来週。 編集人
@オレは、国際結婚について、少し勘違いしてたのかもしれない。
先日、オレが参加してる「国際結婚の会”アップル・カップルズ”」の
座談会があった。テーマは、「夫婦間の文化の違いによって起こる諸問題について」。
この座談会で、オレは、いろんな話が聞けると思ってたし、自分でもいろんな
話をするだろうと思ってた。他のみんなも、オレと似たような気持ちだったと思う。
でも、実際、オレたちは、このテーマについて、活発に議論することはできな
かった。
それは、なぜか。
オレに関して言えば、オレとカミさんの間に横たわる諸問題、例えば、彼女の
モノの言い方、その図々しさ、オレのだらしなさ、その人生をナメた態度、などを
考えれば考えるほど、それはお互いの「国籍」や「文化」の違いから起こった
ものではなく、「性格」の違いが原因で起こったものだったからだ。
他のメンバーが発言してる時も、同じような思いがオレの頭にはあった。だれか
が発言する度に、「それは、”文化”じゃなくて、”性格”の違いのせいだよ。」
と思ってる自分がいた。そう考えれば考えるほど、オレは発言できなくなっていった。
そうやって、座談会は終わった。
それからしばらくたって、このグループとは、まったく関係のない友達の
ひとりが、オレにこんなことを言った。
「国際結婚してる当人たちも、それを見守るまわりの人たちも、国際結婚は
国籍や文化の違いによって問題が起こる、と決めつけ過ぎてないか。」
それを聞いた時、あの座談会で、オレがなぜ積極的に発言できなかったかが
分かったような気がした。
国際結婚というのは、違う国の違う文化を持つ二人が結婚することである。
確かにそこには、国籍の違いや文化の違いが存在している。
でも、国際結婚も、基本的には「個人」と「個人」のぶつかり合いだ。その
意味では、普通の結婚と変わらない。「個人」が最初で、「国籍」や「文化」は、
その後に来るものだ。そのことをオレは見失っていた。
国際結婚したカップルの間に、「国籍」や「文化」に関する問題がないと言って
るわけじゃない。確かにある。でも、それは、ホントたまに顔を出すぐらい。
少なくとも、うちの場合はそうだ。
自分の今の生活をよく見てみてば分かる。ケンカの種は、いつも普通のこと。
トイレでウンコ流し忘れただの、「最近、オメエ、太ったな。」の一言だの、
そんな「国籍」とか「文化」とか関係ない普通のことで、普通にケンカしてる。
「国際」という言葉が頭についてはいるけど、実際は、その言葉ほど重くない
「国際結婚」。でも、多くの人は、オレと同じように、かなり重い、言い替えると、
かなり難しいイメージを国際結婚に対して持ってるような気がする。その当事者で
あるオレでさえ、そういう意識を持ってたんだから、当然と言えば当然かもしれない。
でも、そのイメージは国際結婚にとってマイナスにはなっても、プラスになる
ことはない。だったら、変えてしまうか。
今回オレは、現実の中で日々大した問題もなく国際結婚をこなしている自分と、
「国際結婚には、大した問題がある」と無意識のうちに考えている自分を見つけた。
他のみんなは、あの座談会の後、どんなことを考えたのだろう。
今度、聞いてみようと思う。 ひろ
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『今週の歌』
「”愛してる? ねえ、愛してる? 愛してる?”
熱でもあんのか サッサと寝ろよ ひろ」
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