1996年10月8日号(No.135)
Nutsの表紙です
目次
*『VOICE』
・投書「ニューヨークにて」
・投書「チップについて」
・投書「先日の投書について」
・編集後記
・「先日の投書について」
*『今週の歌』
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『VOICE』
@「週刊Nuts」編集人様
7月下旬にニューヨークに来てから、貴紙を読むようになりました。ひと
とおりニューヨーク発行の日本語の活字媒体に接したのですが、貴紙がもっと
も記憶に残るユニークな媒体だと思い投稿することにしました。
いま、英語の勉強をやりなおしてます。しかし、なかなかうまくいきません。
頭の中で、英語を吸収したいと思う自分と、もっと日本語の能力を磨きたいと
願うもうひとりの自分とが対立しています。
日本では日本語でモノを書くのを仕事にしていました。そのためでしょうか、
言葉に対する偏執的なこだわりがあるようです。正確な日本語を話そうという今
までしみついてきた習慣が、英語に影響を与えてしまい、英語の習得がうまくい
かないのかもしれません。そしてニューヨークという異国の地で日本語への強烈な
こだわりがわきあがり、自分でもちょっと驚いてます。
以上のことは、異国に住みはじめて間もない日本人の通過儀礼かもしれません。
日本にいるときよりも、入手できる情報、理解できる情報が少ないので、深く
モノを考えざるをえなくなったため、悪いことばかりではありませんが。
貴紙のなかで、頻繁に「日本人」「アメリカ人」という言葉がでてきます。
しかし、その意味するところは、とても深くて広いので、議論がかみあわな
かったり、誤解をする人がいたりして、読みがいのある週刊紙になっていると
思います。書いている人の日本人像、アメリカ人像が浮き彫りになって面白い。
私も日本人とは何か、と日本でも考えましたし、この街でも考えています。
ほんの2カ月のニューヨーク生活でなんとなく、気がついたことがあります。
それは人間の画一性と個性はコインの裏表なのだ、ということ。
例をあげれば、満員電車で体の接触をいとわない日本人と、嫌うアメリカ人。
握手や抱擁によるスキンシップを重視するアメリカ人と、ためらう日本人。
個性重視の国といいながら、マクドナルドのような画一的で貧困な食事を
いとわないアメリカ人、たえられない日本人。
不思議なことに、日本では人間の個性をさがしまわっていたのに、この街では
人間の共通性、画一性に目が向いています。それぞれの人間が、その所属する
社会の環境に適応するために心を変えているだけなのだ、とニューヨークで痛感
しています。
ブルックリンに住んでいるため、毎週かかざず貴紙を読むことはできませんが
とても注目してます。
石井政之(ブルックリン在住)
@『チップ』ーアメリカに来た頃はずいぶん悩んだものでした。アパートの
ドアマンや美容院のヘアースタイリストまで何でチップを払わにゃならんのか
、スキューバ・ダイビングのインストラクターに幾らくらい払えばいいのか、
頭はいつもクエッションマークでした。10年たった今でも、まごつくことや、
後で「しまった!」と思うことがよくあります。
チップ制をとる職業の給料は大変低く抑えられており、給料上昇分を価格に
上乗せしない資本主義の競争原理に基づいていることを理解してからは、チップ
を払うことが苦痛ではなくなりました。日本の様に全てにサービス料が上乗せさ
れていると、価格は必然的に高くなり、サービスの質は低下します。日本のタクシー
で乗車拒否をされて嫌な思いをしたり、共産国を旅行してひどいサービスに憤慨
したりした人も多いでしょう。サービス料というのは客に値段を決める自由が
あると思えばいいのです。私は自分で大体の線を決めておいて、その時の状況で
5%から20%くらい上下させています。
例えば、タクシーでも回り道をしたらチップは無しですが、最短距離で突っ走って
くれたら20%くらいあげることにしてます。老人や子供を連れて旅行するなら
ホテルのベルボーイは大変便利ですし、窓際の最高の席で食事ができるのなら
案内係に数ドルあげるなんて安いものです。いつも気前良くチップをあげて
おけば、バーテンダーはいつも何杯か無料にしてくれるし、駐車場係だって
迅速に車を持ってきてくれます。アメリカはギブ・アンド・テイクの国なん
ですよね。チップをはずんでおくことで、良い客だと印象づけ、次回も良い
サービスを期待できるのです。
日本人の客は板前などに酒を奢って印象づけようとしますが、観光地の板前は
チップの方が有難いと言っていました。そこで、気にいったシェフに20〜40ドル
をポンと呉れるアメリカ人の気前の良さを見て驚いたものです。チップの習慣の
無い国に育った日本人には、この制度を理解するのは難しいです。「習うより慣れろ」
なんでしょうね。
O
@「ナッツ」紙百三十三号の半タコ氏の投書に関して思うところをてみじかに述べ
させていただきたいと思います。
半タコ氏の主張は、愛国的な国歌としては「君が代」よりも「加藤隼戦闘隊」の方
がふさわしいのではないか、という内容でした。
「君が代」が国歌としてふさわしくない、という点ではまったく異存はありません。
天皇を頂点とするかつての大日本帝国軍の植民地支配と侵略戦争の象徴であり、
また「日の丸」とともに戦後我が国がそれを存置したことで今なおその存在を
忌々しく思っている近隣アジア諸国民の精神的苦痛を考えれば、「君が代」などは
「日の丸」ともども廃止してしまうのが近代国家の責任として当然でしょう。
さて、半タコ氏が提案した「加藤〜」という曲名を私は初めて耳にするのですが、
これはもしや軍歌ではないのですか。軍歌の知識がないので確証はありませんが、
しかし軍歌か軍歌でないかは、この際問題ではない。ただでさえ歴史的に重い問題を
抱えた「君が代」に、よりによって「戦闘隊」などがつく曲名をその代替案として
挙げるとはいったいどういうことか。ここはニューヨークですよ。当然アジア人も
多くいて、その中には日本語を理解する人も少なからずいるでしょう。その人たちが
もしこの半タコ氏の記事を読めばいったいどう思うでしょう。怒りと恐怖のあまり
お年寄りであれば卒倒する人もいるかも知れません。
金大中氏はかつて、「韓国民は世界中に数ある国の中で、日本をもっとも嫌い警戒
している」と言いました。昨今の日韓関係を鑑(かんが)みる時、はたしてこの
国民感情は多少なりとも緩和されていると言えるのでしょうか。このような国際
関係を背景に、「patriotic(編訳:愛国的な)で fortissimo(編訳:最も強く)
的なものを求めるならば”加藤隼戦闘機”あたりを国歌にしたらいい」、と主張
する半タコ氏の「無邪気さ」をいったいどう理解すればよいのでしょう。いったい
半タコ氏はこれを「皮肉」の意味で言っているのですか。それともこれは半タコ氏の
右翼的思想の現出と見るべきなのでしょうか。遺憾に思います。
追記:思い出しました。この歌は何か流行歌ではなかったか、と思い、山川の日本史
小年表で確認したところ、やはりこれは、あの有名な「同期の桜」同様、一九四三年
頃に流行した歌でした。
あの東条英機内閣の大日本帝国において、あの侵略戦争中に流行した「加藤隼
戦闘機」を patriotic だから「君が代」よりも国歌にふさわしいのでは、と公言
してはばからぬ半タコ氏の、哀れな姿。
原田昌幸
@編集人です。
さて、「在外投票訴訟」の途中経過についてお話ししたいと思います。
先週、第一回目のプレス・リリースをNYの日系マスコミ及び日本のマスコミ各社に
流しました。
結果は、大成功でしたね。
選挙前のニュースのない時期に重なったといいますか、そこを狙ったといいますか、
ちょうどいい具合にニュースがありませんで、私が分かってるだけでも、十数社の
新聞に掲載されたようでした。また、東京のJ-WAVEというラジオ局でも、この
ニュースが流れていたようです。
それにしても、「ニュー発」作戦(「ニューヨーク発信」作戦)が効いてましたね。
ほら、前に「在外投票権の件は、まず第一にマスコミがこの問題について、
そして、海外に住む日本人について、何にも知らんのが問題なのじゃ。よって、
これからインターネット版”週刊Nuts”を毎週、日本のマスコミ各社に送るの
である。でへへ。」という作戦について話したじゃないですか。
あれ以来、わたくし、一度も欠かすことなく、日本のマスコミ約50社に
インターネット版「週刊Nuts」を毎週送り続けてきたのであります。
でも、これまで大した反応もなく、「Nutsは、本当に読まれているのであろうか?」
という疑問があったのですが、フタを開けてみてビックリ。かなりの数の新聞社、
テレビ局、そして、ラジオ局の方々が、お読みになってたようで、先週のNutsに
関しては、それらのメディアの方からたくさんの「記事にしたいから詳細教えて
ちょうだい」メールを頂きました。
物事は、やってみんと分からんのう。
というわけで、「在外投票訴訟」は、このような派手なスタートを切ったので
あります。
で、問題はこれからなのであります。
日本では、今日(10/8)、選挙の公示が行われ、本格的な選挙戦が始まります。
こうなってしまいますと、海外の日本人の訴訟運動のニュースなどは、日本の
マスコミにとって「屁」のような存在になってしまいますので、下手に動きますと、
エネルギーの無駄使いとなります。こういう時は、じっと嵐が過ぎるのを待つので
あります。
そして、嵐が過ぎて、少し落ち着いたところで、「訴訟じゃあ〜」と再び攻め込む
のであります。
それまでは、「訴訟」に関しては、原告集めの方に全力を集中したいと思います。
また、選挙に合わせて何か別のことをやるかもしれませんが、具体的なことは
まだ決まってません。
そんなとこでしょうか。
では、また来週。
編集人
@まったく、冗談はヨシコさんである。
Nutsの9月17日号(NO.132)に「ひどいサービスにはチップで仕返しー
ある高級日本食レストランSの場合」という題の投書が掲載された。著者は、Nick Sakai氏。
実を言うと、両者(レストランSとSakai氏)とも私の知り合いである。
特に、私はこの「高級レストランS」と非常に仲がいい。このレストランの
サービスは、NYの日本食レストランの中では、3本の指に入るぐらい上等で、
食い物もかなりうまいと、私は個人的には思っている。
しかし、である。Sakai氏が、この「高級レストランS」のことを批判することに
対して、私は異議を差し挟むつもりはない。批判すべきところは、どんどん批判
すべきである。
Sakai氏の意見もお客さんとしてのひとつの意見である。こういう見方をして
いるお客さんが実際に存在しているのだ。そのことは、レストランSの皆さんも
十分噛みしめるべきだと思う。
だが、Sakai氏の文の中で、私自身が第三者として、「まったく、冗談はヨ
シコさんである。」と思った部分がある。それは、「トークン」に関してである。
Sakai氏は、こう書いている。
「チップに関しては私は間違いなくjudgementタイプに属すると思います。
いいサービスには20%以上のチップを出すこともありますし、ひどいサービスには
10%もあげないこともあります。それが高級と言われるレストランなら”採点”は
普通よりもきつくなります(だって高い金払ってんねんから当然やね)。でも
普通だったらTAX2倍の16.5%はあげてますし、それ以下になる事はありません。
「でも先週の土曜日、ある高級日本食レストランSに行ったときは$36.80に
対して1ドル札とトークンとクォーターで出てきました(2ドル75セント相当ー
たった7.4%のチップ)。なんか追っかけて来ていた気がしたけど、もし止められ
てたとしても”あんなサービスに15%のチップを期待するほうが間違うてるん
ちゃいますか。”と言ってたと思います。」
Sakai氏は、お金がなくてトークンを置いたのではない。完全に「イヤミ」で
置いたのである。
私は個人的に、こういう屈折した表現方法というのが、ニンジンと同じくらい
大嫌いである。
Sakai氏が、レストランSのサービスについて、かなり怒っていたということは
分かる。しかし、なぜそこで「トークン」が登場せねばならないのか。
サービスが悪かったら、直接文句タレればいいではないか。店の中で暴れるのも
ひとつの方法だ。
それを「トークン」で仕返しとは、これまた手の込んだことをしたもんだ。
それならば、いっそ「ノーチップ」の方が、すっきりしていい。
また、Sakai氏の文によると、この「トークン」チップに対して、レストランS側は
何もしなかったらしい。
レストランSもヤキが回ったのではないか。なぜこのような客を平和に帰したり
するのか。こういう人間には、後ろから追いかけて行って、デカイ声でこう言って
やるのである。
「お客様、恐れ入りますが、当店では、現金かカードしかご使用になれないことに
なっております。ですから、このトークンはお返しいたします。お帰りの際にでも
お使いください。」
客は、ウエイター・ウエイトレスに対して何をしてもいい、という考えが、
この「トークン」事件からは、プンプン匂ってくる。
NYのウエイター・ウエイトレス諸君、こういう客を甘やかしてはいけない。
侮辱的行為には、毅然とした態度でのぞむべきだ。
まったく、冗談はヨシコさんである。
竹永浩之
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『今週の歌』
”沖縄”と ”薬害エイズ”という風に
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