1996年12月3日号(No.143)
Nutsの表紙です
目次
*『VOICE』
・投書「ヤツの存在についてー私の場合」
・投書「子連れ投票について」
・編集後記
・ひとりごと
*『今週の歌』
*******************************
『VOICE』
@「ヤツの存在についてー私の場合」
異人種間の恋愛とか結婚というのになると、こういうissueってよく上がって
くると思います。優越感というか、「自分はアメリカ社会の中に受け入れられた
んだ」というマイノリティー側が持つ変な達成感だったりして。それはアメ
リカ人社会の中でも起こることです。
たとえばAsian Americanの友人と今のデート相手の話をしてるとします。
そういう話をするとデートの人種の事が話題に上ることがよくあります(私から
持ち出すことは殆どない。というのも私は基本的にそういうことは none of
anyone's business と思っているから)。それで私の相手がアメリカ白人だと
わかるとよく受ける反応は「うらやましい」というものです。もちろんこれは
話相手がAsian以外とデートしたことのない場合です。またそうでなければこん
なこと自体話題になることは少ない(私の周りを見てもAsian男性が他人種と
デートしているケースは余り多くない)。そんなとき私が「どーだ、うらやま
しいだろう、ハッハッハ」という意識を持ったことがないといったら嘘です。
またこれはニューヨークよりも地方都市で起こることなんだけど、白人と
同じ話題で話をしていると時々相手が「相手はJapaneseか?」(まるで他人種
とデートするのがいけないかのように)と聞いてくることがあります。そう
すると同じ私の答えでも普通にしゃべればまったくさらっと優越感の入る余地も
ないのに、こういう「白人は白人のもの」という変な縄張り意識(?)が相手の
質問のトーンに入っていたりすると、こちらの答えも「お前等なんかには負けて
ないぜ、ヘッヘッヘ」という優越感に満ちたトーンになってしまうわけで。
でも、そういうのって「感じてはいけないもの」なんだろうか。他人種との
恋愛を考えるとき、「もしかしたらこの人が何人だから好きになったのでは?」
と感じたことのない人の方が少ないだろうと思います。以前なんか黒人とデート
する日本人女性のことをイエローキャブと呼ぶなんて言って騒いでいたけど、
あれだって見る日本人男性が「あの女はあの黒人の☆★☆★が良くて・・・」と
いう意識をもっていて、また女性でもそう思っている人がいて、さらに私の友人
(黒人)のようにそれを逆利用していい思いをしている奴がいるといったように、
こういう人種がらみのトラブル、悩みはこの世界にこれだけたくさんの人種が
ある以上、ついてまわるものだと思います。
私自身は何人であろうと女は女、いい女もいれば bitch だっていると思うし
(竹永さんもそう思っておられるでしょうが)、要はそう感じられない人、
信じてない人が案外多いわけで、だから上に出てきたような人やら竹永さんの
話に出てくるような人がいる訳です。そういう人がいなければ、優越感やら
達成感なんか感じる理由はないでしょう。いるから感じるんであって別にそれ
自体罪ということではないと思いますよ。
結局人間誰でも何らかの偏見はあるからね。私だってないとは言い切れない。
P.S. 遅ればせながらトークンチップに対する非難への反論。トークン自体1ドル
50セントの価値があるんだからトークンブースに行く手間を一回省いてあげた
だけと思えば別にええんちゃいまっか? とは言ってもあの時持ってたのはクレ
ジットカードと1ドル札何枚かとクォーターとペニー何枚かとトークンだけ。
(本編には書いてへんけど)いくら何でもペニーはひどいと思ったからトークンに
してんけど・・・。
Nick Sakai
@先日、こんな記事を新聞で見かけた。
「規制か、黙認か、子連れ投票」という見出しで選挙に子供を連れて行っても
よいかどうかを問う内容であった。公職選挙法では立会人、選管職員、警察官
しか投票所に入れないので子供は入場できないと記されている。しかし子供を
連れて選挙に来る人もかなりいるため、実際は法律には解釈は一つしかないと
しながら、運用は現場の判断に任せると各市町村に一切を一任しているのが現実。
そのため、ある投票所では子供は入場可能、またある投票所では入場不可。
この場合、子供というのは赤ちゃん、幼児、または小学校に通うかどうか位の
年齢を指している。
まず入場を規制しているところは、「投票者の秘密を守るため」と言うのが
一番大きな理由らしい。中には子供が、親が投票した名前を大声で読み上げる
こともあると心配しているところもある。反対に入場を黙認しているところは、
子供を預けたりする手間を理由に投票に来る人が減るかもと言うのが主な理由。
そして好ましくないが規制はしない、と言うところが大半のようだ。その結果、
投票所に足を運んだにもかかわらず、入り口で係員ともめ、投票しないで帰って
しまった人も今回の選挙ではかなりいた様子。
ここまで見ればわかるように、如何に日本の投票のシステムがチャランポランに
出来ていて、如何にチャランポランに投票が行なわれているかが伺える。法律で
禁止されていることを現場で勝手に都合のよいように解釈してよいと無責任な
ことをいう政府、主権の持ち主である国民に対し何の説明もなく、全国統一で
あるはずの選挙方法に違いが生じても何も行動をとらないで無責任にその場その場
で都合の良いように処理しようとするいつもの態度。どこまで国民を馬鹿にしたら
気がすむのだろうか?
アメリカの大統領選挙の後、ABCのデービット・ブリンクリーがテレビで
「クリントンは無能でどうしようもない。彼の勝利のスピーチは歴代で最低の
ものだった。」とこき下ろし、私もそれに同意するところが大いにあったのだが、
一つだけクリントンが言ったことで引っかかるところがあった。彼はそのスピーチ
の中で「私はチェルシー(娘)を小さいころから毎回選挙に連れて行っていた
お陰で、この苦しい選挙戦に対して妻のヒラリーはもちろん、娘のチェルシー
からも絶大な理解とサポートを得ることが出来、それがこの勝利に繋がった。」
と言ったところだ。そう、あのクリントンでさえ、娘を毎回選挙に連れて行って
いたのだ。そしてそれは見事に大きな成果を生んだようである。少なくとも彼女の
選挙への理解は。秘密主義のアメリカでは子供を連れて行っても構わないと言う
ことを大統領が全国放送のテレビで証明した。また秘密の漏れる可能性のある
郵送やE-Mailを使用した投票の方法も採用している。
ここまで来るともうはっきりとしてきたかと思うが、要は「やる気」ではない
のだろうか? 日本でも新潟県上越市のように「将来、有権者になる子供たちが
選挙を実地に学ぶいい機会になる」というポジティブな考えをしているところも
ある。子供が親と一緒に投票所に入場することで、どれ程貴重な秘密が漏れるの
だろうか? また、投票後、投票所の出口で待っているアンケートをとる人に、
だれに/どこに投票したかを何のためらいもなく公開できるようなものにどれ
だけの秘密性があるのか? それよりもそこで何かを子供が学べるほうが、よっぽ
どこれからの日本の将来にとってプラスになるし、そうできるようにシステムを
変えていく必要があると思う。
いつまでも半世紀も前に他国に作成してもらった憲法に則(のっと)っていな
いで、時代に合う様に必要なところは変えていってもいいように思う。在外投票に
関しても同様に自分たちの都合のいいようにその場しのぎで物事を計らずに、
しっかりと現実を見つめ、受け入れるところは受け入れ、変える必要があると
ころはどんどん変えていってもらいたいものだ、日本の政治家さんたちには。
先日、日本政府を訴えたが、そんなことを国民がしなければいけなくなる前に、
自浄作用で少しはよりよい日本になるように努力し、国民のために汗水垂らして
働いて政治家としての義務を全うしてもらいたいものだ。
岡野健将
@編集人です。
今回は事務連絡が山のようにあります。
今月、つまり12月は、行事がたくさんあるのであります。
ここで、それらをまとめてご紹介したいと思います。
では、参りましょう。
1. 「カツ電ボランティア説明会」12/5(木)午後6時半より
先週も書きましたように、「カツ電」のボランティア希望の方たちのための
説明会なのであります。場所は、日系人会(15 West 44th St. 11 Fl. bet.
5 & 6 Ave. )。ボランティアの活動内容についてお話しする予定です。
2. 「CUNY同窓会設立パーティ」 12/6(金)午後6時半より
これもしつこく書いておりますが、NY市立大学日本人卒業生の同窓会立ち
上げパーティなのであります。場所は、同じく日系人会(上記参照)。会費
10ドル。一応、「卒業生」ということになっておりますが、在校生や単に
知り合いを作りたいという人でも、まったく構わないのであります。楽しく
やろやん。
3. 「”アップル・カップルズ”クリスマス・パーティ」
12/13(金)午後6時半より
国際結婚の会「アップル・カップルズ」の今年最後のイベント、「クリスマス・
パーティ」なのであります。場所は、菜鳥(ナトリ)レストラン(58 St.Marks
Place bet. 1 & 2 Ave. )。会費20ドル。パートナーも巻き込んでのドン
チャン騒ぎを予定しております。「アップル・シングルズ」や「旧アップル・
カップルズ」の方でも構いません。そういう方々にもデカイ顔して参加して
頂きたいと思います。
4. 「Nuts忘年会」 12/15(日)午後5時より
トドメは、Nutsの忘年会なのであります。場所は、同じく菜鳥(ナトリ)
レストラン(上記参照)。会費も同じ20ドル。金、日と宴会させてくれる
菜鳥レストラン様に感謝感謝でございます。これは、ホ〜ントに誰でも構い
ません。週刊Nutsの読者、NY Nuts メーリングリストのメンバーなどが集まり
ます。
以上であります。
パーティ関係につきましては、事前に「私、行きま〜す。」という連絡を
頂ければ幸いです。
皆さんのご参加お待ちしております。
そんなとこですな。
では、また来週。 編集人
@「オザケン」という歌手がいる。
この前、友達のうちで見た日本の歌番組の中で、私は初めて彼の歌を聴いた。
フルネームは、「小沢健二」というらしい。
この「オザケン」が唄っているのを見た時、私は唖然としてしまった。
そして、思ったのである。「日本の歌謡界も来るところまで来たな。」と。
なぜなら、彼は、凶暴なくらいに歌が下手なのであった。
「歌が下手な歌手」という矛盾した存在を、「日本」という風土はこれまで
許してきた。確かに、そういう「歌が下手な歌手」たちというのは、結局生き
残れずに、知らぬ間に消え去っていく運命にあるのだが、それでも一時的には、
「歌手」として存在することができたのである。
そして、今回、私は、この「オザケン」に出会った。久々の「大物」に遭遇
した気分だった。私は、その歌唱力に対して、「ご愁傷様ね。」というコメントを
残したい。
彼には、音楽を作る才能はあるのかもしれない。しかし、歌は、誰が何と
言おうとも、間違いなく下手だ。彼がステージで唄っているのを見た時、私には、
なぜその若者がそこで唄っているのかが理解できなかった。ステージの上で、
そして、テレビの中で、「あれ」を歌手としてやっていいということが、私には
理解できなかったのだ。
私が言う「歌が下手」というのは、歌詞やメロディを人々の耳に刷り込ませ
るための歌唱力がない、という意味である。例えば、「オザケン」に関していう
と、彼の歌は、歌唱力が異常にないために、まず耳にひっかかる。つまり、
その下手さばかりが目立ってというか、耳立って、素直に耳の中に入っていか
ないのである。
一方で、歌唱力はそこそこだが、いい歌を唄う歌手もいる。こういう人たちの
ことを、私は「歌が下手だ」とは思わない。彼らは、歌唱力のない部分を何か他
のもの、例えば、声だとか雰囲気とかで補って、聴く人の耳からその歌が入りや
すいようにしている。でも、通常、礼儀として、最低限必要な歌唱力は保ってい
るものである。
しかし、「オザケン」には、はっきり言って、その最低限必要な歌唱力がない。
ついでに、それを補うだけの声や雰囲気もない。いかに彼がいい歌詞を書こうと
も、いいメロディを付けようとも、彼にはそれを聴く人の耳の中にスンナリおさ
めるだけの術(すべ)がないのだ。
では、彼はどうやって歌手としての仕事である、「歌詞やメロディを人々の耳
に刷り込ませる」作業を行っているのだろうか。
私は、彼はその作業を行ってないと思っている。つまり、彼は、「歌手」して
いないのである。それでも「オザケン」は、ステージの上やテレビの中で、「売
れてる歌手」として唄っていた。
一体、世の中どうなっているのだろう。
これまでも、こういう「なんで売れているかが分からん」歌手というのは、
確かにいた。人気テレビドラマからのお流れ組、勢いでデビューした女子高生
グループ、ただカワイイから、ただカッコいいからという理由だけで歌を唄い
始めた若い衆などなど。
彼らは、通常、見事に歌が下手だった。でも、彼らは、いろんな付加価値の
おかげで歌手としてデビューすることができた。その付加価値というのは、
「ドラマの人気者であること」、「キャピキャピの高校生であること」、
「カワイイ、あるいは、カッコいいこと」などの、基本的には、その歌唱力とか
声には、まったく何の関係もない事であった。従って、歌手として長持ちする
ことは、稀だった。
この「オザケン」の「歌唱力のなさ」と「その売れ行き」を考えると、彼も、
そういう「付加価値」型歌手である可能性が高い。
では、「オザケン」の付加価値とは一体何か。
東大出であること。東大出で”ありながら”自分で歌を作ること。オジキが、
世界的に有名な指揮者、「オザワセイジ」であること。一方で、その辺にいそう
な普通のにいちゃんであること・・・・・。
とりあえず、以上が、彼に関して、私が知っている付加価値だ。
こうやって見てみると、なるほど、今までの「付加価値」型歌手とは、一風
変わった付加価値だ。しかし、その付加価値のおかげで「あの」歌唱力に目を
つぶっているであれば、日本人というのは、まことに寛大な民族である。
時代はすでに、「付加価値」型歌手より、「歌手」型付加価値人間を求めて
いるのかもしれない。
う〜ん、訳が分からんようになってきた。
今、この時点で「オザケン」が日本でまだ売れているかどうかは、私には
分からない。もしかしたら、もうすでに「過去の人」となっているかもしれない。
もし、このNutsの読者の中に「オザケン」ファンの人がいたら教えてほしい。
どこがそんなにいいのかを。
少なくとも、私は、彼の歌を聴くと、違った意味で気絶しそうになる。
もしかしたら、そのスリルを味わえることが、「オザケン」のもうひとつの
付加価値なのかもしれない。
恐ろしい世の中になってきたものだ。
ひろ
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