1996年12月10日号(No.144)
Nutsの表紙です
目次
*『VOICE』
・投書「ヤツについて」
・投書「ヤツについて」
・投書「チップについて」
・投書「在外投票権運動について」
・編集後記
・ひとりごと「屁の音の問題」
*『今週の歌』
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『VOICE』
@『私の中のヤツの存在』
NO.141とNO.143でひろさんやNickさんのヤツのことを読みました。
私の中のヤツは、同じ類いでありますが、性格が違います。
つまり、アメリカ白人の女性と歩いている日本人男性を見たぐらいではなん
とも思いませんが、結婚やつき合ってるとなると違ってきます。
”ふ〜ん。あの女性は日本人の男なんか相手にして、同じ白人に対して劣等感
を持たないのかしら?”って風に少し思ってしまいます。
もちろん、その日本人男性が同じ日本人から見て、とても素晴らしく、教養が
あり、ユーモアがあり、国際的で、チャーミングな男性なら(そしてそういう
人は、たいがいヤツの存在を感じさせない)、”やっぱり、こんな素敵な日本人
だから外人にもわかるのネ”って素直に思います。
でも、たいがいは、どこかニヤけていて、自慢っぽくて、そのくせなんとなく
自信がなさげな様子があり、私達一般の女性は、ふとOJシンプソンの事件なん
かを思い出したりしてしまうのです。つまり、みっともないって・・・。
片方が意味のない優越感を感じるということは、必ずその片方も意味もなく劣
等感を感じているということになりませんか?
私はやっぱり、そういうヤツの存在は消そうと努力すべきだと思います(私も
含めて)。
だって、そんな人種間の偏見なんて持ってる場合じゃないですものネ。イン
ターナショナルはもう古い。グローバルな視野を持つよう努めましょう。
どうかNickさんもヤツの成長を否定なさった方がいいと思いますよ。「ほら、
俺の子供はハーフだぜ。かわいいだろう!!」と思うヤツに対して「あらっ。あ
の子、合いの子よ。あれじゃ日本人じゃないわネ」というヤツも存在しちゃうの
です。悲しいことでしょ?
私は、たまたま国際結婚している友人をたくさん知っています。トラブルは日
本人同士以上に多いし、離婚も多い。ハーフの知り合いも数人いるけど、彼ら
(彼女ら)は、皆、”どこか中途半端で不安なの””日本人、あるいは、もう一
方の国のどちらの人間としても充分な自覚が持てなくて淋しい”と言います。そ
して、ほとんど日本人として生きることをあきらめ、外国へ移っていきます。
この悲しい結果は、やはり、皆が持ってる各々のヤツのせいだと思うのです。
だから、やっぱりヤツの存在は否定しるように努めなきゃと思います。
松本マロン
@141号のNutsで編集人が、ニューヨークで生まれ育ったアメリカ人女性と結婚
したことで、他の日本人男性に優越感を感じている自分がいる、そしてそれを否
定したいと思っている、と書いていました。
この一日本人青年の深層心理を描いた記事は、アメリカ人女性を日本人男性が
口説くとか、ナンパに成功するとか、あるいは、恋が実って結婚するということ
が、このニューヨークという人種の交差点都市でも、そして国境の意味がなく
なりつつある世紀末という時代にあっても、いまだに、ひとつのホットな話題と
なりうるということを示唆しています。
私も、アメリカ人と結婚した編集人に「やるじゃないか」「ニューヨーク在住
日本人青年の鏡だ」などと思う自分を否定できません。
そして昔のことを思い出しました。
以前に、名古屋で偶然に知り合った、アメリカ人の女性と仲良くなり一夜をと
もにしたことがあります。その時「俺は凄いことをしているのだ」とはっきり
自覚して行為に及んでいました。日本人女性とセックスして童貞とさよならした
時よりも、記憶が鮮明というか、体験に重みがあるというか「やったぜ」という
充実感がありました。その女性は金髪の白人でした。
なぜ、金髪白人女性とセックスしたことが、そんなに「すごい事件」だった
のか。
日本の黒髪女性も、アメリカの金髪女性も同じ人間であることに変わりはあり
ません。しかし、一夜を共にする相手、あるいは結婚相手として考えたとき、
その存在の大きさは明らかに違う、そう考える日本人男性は圧倒的多数を占めて
いるはずです。なぜなのでしょうか。
長くニューヨークに住んでいたことのある小説家の宮内勝典が次のようなこと
を書いていました。私はこの一文を渡米前に読んで、はたと膝をうって納得した
のです。
「アメリカ人の金髪白人女性のヌード写真をみて、マスターベーションをしな
かった日本人の男はおそらく一人もいないと思う。アメリカのセックス情報の
影響はそれくらい大きい」
そうなのです。私が童貞だった頃、一生懸命みていたポルノは、グラビア写真
なら「プレイボーイ」「ペントハウス」、ポルノ小説はわざわざ翻訳書を選んで
読んでいました。なぜなら、アメリカ産のポルノの方が、国産よりも「質」が
高い、「健康的」にみえたからです。十代の私はその影響から逃れることができ
ませんでした。セックスシンボルとしての「金髪」「白人」「アメリカ」が、私
の深層心理の奥深くに刷り込まれてしまったのでしょう。
石井政之
@「私のチップに対する考えは、すこーしずつ変わりました 」に物申す。
私は、シアトル近郊に3年ほど住んでいますが、私のチップのポリシーは
10%〜20%をサービスに応じて可変して置いています。これが正しいチップの
意味だと思うし、アメリカの他の都市やカナダ、ヨーロッパを旅行しても、それ
について文句を言われたことは、ありません。
ただ Ken-san がNYに限っての話をされるなら、そうかもしれません。NYに
旅行した時にレストランのレシートにボールペンで15%のチップが殴り書きして
あり、丁寧にもチップ込みのトータルプライスが書いてあるのには呆れました。
最初は、ボールペンの数字の意味が分からずウェイトレスに聞いて初めて知った
田舎ものです。NYって、恐ろしいところですよね。田舎のネズミは、田舎が一番
良いところだと気がついて帰ってきました。
P.S. KEN-san の文章に、あまりNYに限るという感じのニュアンスが感じられ
なかったので、この文を書きました。旅行者の人がNY以外でサービスに不服な
場合は15%もチップを置かなくても良い、ということを判ってもらいたかった
だけです。
Yamada Osamu
@「在外投票訴訟に関して」
週刊Nutsをいつも拝読させていただいております。在外投票訴訟の件でいく
つか提案がありますので書きたいと思います。
1. 支援団を作ること
原告を支援するとともに、様々な事業を展開すること(事務作業も含む)。
2. 専門の口座の開設
時間とともに費用もかかります。
3. 独自の記録の作成
週刊Nutsで随時、経過報告をなさるでしょうが、ここはひとつ大きく考えて、
行動とその発展を後世に残すのです。
以上を提案したく思います。
杉下弥生
@編集人です。
最初は、「骨髄移植」の話。
いいニュースがあります。NO.141でご紹介したMさんに骨髄提供者が見つかっ
たそうです。
すばらしい。ホントにすばらしい。パチパチパチ。
日本にいるMさんの親戚の方が、その骨髄をMさんに提供されるそうです。
よかった、よかった。
でも、例の「”骨髄移植への恐怖感”解決作戦」は、そのまま実行しようと
思っております。お楽しみに。
次は、先日行なわれました「CUNY同窓会」について。
いや〜、来ましたな、人が。80名近くの方が参加されました。
実を言いますと、私も幹事のひとりなのですが、1回目にしては、上出来だっ
たと思います。
ただ、改良すべき点もあります。私たちはこの会を単なる「お集まりの会」に
するつもりはありません。年に3、4回パーティやって、その度に7、80名の人を
集めて、「ああ、よかったね。」ではなく、参加する人それぞれに「情報」や
「人脈」、「出会い」などの「お得感」の感じられる活動を行なっていきたいと
考えております。
正直言って、その「お得感」の点では、今回はイマイチだったと思います。
でも、次回は、間違いなくベターになります。期待しててね。
最後に、パーティのご案内を。
12/13(金)午後6時半より、「アップル・カップルズ」のクリスマスパー
ティが、菜鳥(ナトリ)レストラン(58 ST.MARKS PLACE, BET. 1 & 2 AVE.)
で行なわれます。会費 20ドル。
で、翌々日の12/15(日)午後5時より、同じ菜鳥レストランで、「Nuts
忘年会」が行なわれます。会費は、同じく20ドル。
はっきり言って、誰でも参加 OKです。参加ご希望の方は、編集部
( 212-982-3348 ) までご連絡ください。
最近、事務連絡がけっこう多くて、まことに申し訳ないと思っております。
そんなところです。
では、また来週。
編集人
@さて、「屁(へ)の音の問題」というものがある。
最近、街角で、よく人の屁に遭遇する。
地下鉄の中で。道を歩きながら。あるいは、トイレの中で。
そして、私は、それらの経験を通してひとつの結論に至ったのである。
「アメリカ人の屁の音と日本人の屁の音は、確実に違う。」
話がこんがらないように先に説明しておくが、ここで言うアメリカ人とは、
「非東洋系アメリカ人」のことである。
では、両者の屁の音について説明しよう。
まず、アメリカ人の屁の音だが、彼らの屁の中で最もポピュラーな音は、
「ブルルル」というものである。
それは、「プー」とか「プヒー」などという切れのいい音ではない。あくまで
も、何かを揺るがすかのような「ブルルル」である。
この音を説明するのにうってつけの例がある。
私が中学生の頃、日本で、「屁こきイタズラ道具」なるものが流行った。
それは、頑丈な風船のようなつくりをしており、それに空気を入れ、クッション
の下などに隠しておき、誰かがその上に座ると、”一応”屁のような音がすると
いうイタズラ道具のひとつであった。
確か、その正式名称があったと思う。悔しいかな、ここでは思い出せない。
この「屁こきイタズラ道具」なるもの、一時は、そのイタズラでテレビ番組が
できるほどの流行りようであった。
しかし、である。その頃、私は、坊主頭をひねりながら、こんなことを思って
いたのである。
「なんか音が違うとじゃなかろか。」(熊本弁)
そうなのである。あの「屁こきイタズラ道具」が作り出す音は、少なくとも私
及びその周りの人間たちが作り出す屁の音とは、明らかに違っていたのである。
それは、「ブルルル」という音を作り出していた。その音は、あくまでも摩擦音
が多く含まれる「ブルルル」であった。
確かな証拠はないのだが、私は、あの「屁こきイタズラ道具」はアメリカから
持ち込まれたものだと思っている。つまり、「アメリカ人の屁」を基準として
作られたイタズラ道具なのである。よって、その音は、アメリカ人の標準スタイル
である「ブルルル」という音がするのだ。
一方、日本人の屁の音というのは、比較的クリアーなものが多い。「プー」と
か「プヒー」なる音たちである。
この説には、大部分の日本人の方が同意してくれるのではないかと思う。それ
ほど、これまで私は、「プー」や「プヒー」と遭遇し、なおかつ、自分でもそれ
らを奏(かな)でてきたのである。
では、その「ブルルル」と「プー」「プピー」の違いは、どこから生まれるの
であろうか。
アメリカ人の尻をよく見ると分かるのだが、彼らの尻は深い。
もう少し分かりやすく言うと、その谷間が深いのである。
アメリカ人の尻は、通常、タレずに、地面と水平方向に突き出すようなカタチ
となる。よって、尻に厚みができ、谷間が深くなる。
反対に、日本人の尻は、明らかにタレている。よって、日本人の尻の重心は、
下の方に位置することになり、尻は自然と薄くなる。
皆さんご存知のように、屁は肛門から出る。そして、肛門はその尻の谷底に
位置している。
この谷底の肛門から屁が発射される時、アメリカ人の場合、屁は、その深い
谷間を駆け上ぼっていくことになる。そこで発生するのが、「ブルルル」という
音である。
一方で、日本人の場合は、谷間が浅いため、比較的簡単に外界へ抜けることが
できる。当然、そこでは、谷間での摩擦音も少ない。よって、クリアーな「プー」
「プヒー」音が発生するのである。
この「尻の谷間説」の他にも、「尻の肉質説」や「肛門の位置説」などがある。
「肛門の位置説」とは、「肛門が下に付いてるか上に付いてるかによる音の違い」
という説のことなのだが、これについては、ゲイの友達にでも聞いてみようと
思う。(アブナ〜イ。)
以上が、「屁の音の問題」に関する考察である。
さて、「音」まで考察したら、ついでにその「臭い」まで考察したらどないだ、
という声があるのを私は知っている。
「アメリカ人の屁の臭いと日本人の屁の臭いの違いについての考察」・・・。
もう師走である。それだけは勘弁して欲しいものである。
ただ、「臭い」に関しては、その人の食生活を比較的忠実に表わしてると私は
思う。
ちなみに、豆を食うとパンチの効いた屁が出る。
お試しあれ。
ひろ
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『今週の歌』
「二人して 買い物袋 抱えつつ
”もっと持ってよ!” ”てめえこそ持て!” ひろ」
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