Nutsの表紙です
目次
*『VOICE』 ・投書「NO.155の”子供に日本語を”について」 ・編集後記 ・ひとりごと「もうひとつの踊りの問題」
*『今週の歌』
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『VOICE』
@「NO.155の”子供に日本語を”について」
■いづれ日本に帰る人はともかく、この国で一生やっていこうと考えてい るのなら、英語で育てるのが当然だと私は思います。もし私が、パリを永 住の地と定めたなら、きっとフランス語で育てるでしょう。確かに日本語 を「話せない」よりは「話せる」ほうがトクかもしれません。英語しか話 せなくても、成功したヤツ、いいヤツはいっぱいいるし、バイリンガルで もイヤなヤツ、セコイヤツはいます(勿論その逆も)。だから言葉うんぬ んの前に、立派な人間として育てたいものです。
■この土地で生活するのに、この土地の言葉を第一優先と考えるのはごく あたり前だと思うのです。しかも英語は国際語となりつつあり、さらに残 念なことに、ボキャブラリーも表現力も英語の方が豊富です。
■NO.155でさんざん「子供の教育は日本語で」と訴えておいて、最後に、 「メグミ」でも「恵」でもなく「Meg」と書いた彼女に敬意を表したい。
■「日本」と「日本人」を語るとき、次のふたつのことを念頭に入れてお くと、理解が容易になると思います。”お金をもった発展途上国”・”利 己的なナルシスト”
■日本人が「日本人」について語るとき、グチになったり、無関心を装っ たり、真面目な議論になったりすることが多いと思います。私の好きな黒 人コメディアン・クリス=ロックが黒人をジョークの対象にしているよう に、日本人が自分の民族のことを軽くジョークで笑い飛ばす日がくれば、 「日本人いやいや病」も激減するでしょう(島国根性の日本人には無 理?)。BBCが英王室コメディーを作るように、NHKが皇室パロディーを 放映する日は、果たして来るのでしょうか?
■日本人が日本について自慢するとき、「日本には美しい四季があります」 と誇らしげに答える人がいかに多いことか。これは、ケニア人が「ケニア には大きなゾウがたくさんいます」というのと同じくらい滑稽なことだと、 何故人々は気づかないのか不思議でたまりません。ロンドンにも、ここNY にも美しい、はっきりとした四季があります。問題はそれを感じとる感性 があるかないかだと思います。
■日本人や彼らのしゃべる日本語、彼らの住む日本を拒否する人たちの話 はよく耳にするけど、日本食や日本製品を拒否する人の話はあまり聞かな い。優越感と劣等感が複雑に入り混ざって、結局はChaos(編訳:「混 沌」)に陥ってしまったニッポン(SUSHIとSONY, TOYOTAは見えるが ヒトは見えてこない)。
■父がイタリアーアイルランド系、母はフランスードイツ系のアメリカ人 なんて例はあたり前。その子供は5ヵ国語を話さなければならない理由な んてあるでしょうか? 日本人はなぜそこまで日本にこだわるのでしょう (四季しか誇れるものがないような国に)。このこだわりがなくなれば 「日本人いやいや病」は消滅するでしょう。
D. YANASE
@編集人です。
さて、最初に事務連絡をふたつ。
3月26日(水)午後6時半より、いつもの「井戸端会議」を日系人会 (15 West 44th Street, 11th Floor)にて行ないます。参加希望の方 は、もう連絡はいいから、直接そこに現われてちょうだい。
次に、4月1日(火)にUnited Nations International Schoolで行な われる「はるまつり」のボランティア募集です。
この「はるまつり」ですが、アメリカ北東部地区の日本語を勉強するア メリカ人高校生のためのイベントで、まつりを楽しみながら日本語を実際 に使ってもらおうという試みなのであります。
今回は、約800人ほどの高校生が集まり、また日本からも高校生約 30人が参加するそうです。すばらしいではありませんか。
で、そのイベントのボランティア募集なのであります。前日の3月31 日(月)の夜と当日にボランティアが必要とのこと。ボランティア希望の 方は編集部(212-982-3348)までご連絡ください。
次に、3月11日号(NO.157)にてご質問のありました、「日本の ミュージシャンがアメリカに進出すること」についてのコメントをここで 述べさせていただきます。
わたくし、感情論といたしましては、日本の音楽屋のみなさんがアメリ カに来て、自分の実力を試してみるというのは非常にすばらしいことでは ないかと考えております。一方で、現実論といたしましては、アメリカで 成功することは、かなり難しいと思います。でも、それは「来るな」とい う意味ではありません。ですから、わたくし、個人的には、「イケイケ」 派なのであります。
ただ、日本の音楽業界にありがちな、「アメリカで成功することがゴー ルなのだ」的な考え方には、放屁で応えさせていただきます。
私はアメリカに媚を売るのは嫌いです。そして「アメリカで評価される こと=世界で評価されること」という虚構も嫌いです。
この国に住んでいる2億4千万の人々は、特別アタマがいいというわけ でもありませんし、優れた音感を持っているというのでもありません。単 なる2億4千万の人間たちです。
ちなみに、中国には10億人以上の人間たちが住んでいます。単に人間 の数で勝負するのなら、2億4千万の人間に評価されるよりは、10億人 の人間に評価されることの方が価値のあることなのではないでしょうか。
ちょっと感情的な意見になってしまいましたが、アメリカをあんまり調 子こかせたくないわたくしとしましては、過度のアメリカ崇拝には、ゲッ プでお応えしたいと考えております。
今週はこんなもんですな。
では、また来週。 編集人
@「もうひとつの踊りの問題」である。
ここに、限りなく実話に近い架空の話をご紹介する。できれば主人公の 立場に立って、「自分ならこうする」ということを頭の片隅でコロがしな がら読んでいただきたい。
『かみさんが、突然、「ラテンのダンスを習いた〜い。」と言い出した。 サルサ(プエルトリコの男女踊り)を習いたいらしいのだ。すでにどこに ダンス・スクールがあって、クラスがいつあって、それがいくらするかも 調べている。かなり気合が入っている。女友達と一緒に習うと言う。何や らイヤな予感がしないでもないが、別に強く反対する理由もないので、と りあえず自由にやらせることにした。
早速、かみさんはダンス・スクールに通い始めた。結構楽しそうである。 今度の金曜日の夜に「ソーシャル・パーティ」と呼ばれるパーティ+練習 会が開かれるらしい。どうしても来いと言う。パートナーが欲しいのだ。 仕方がないので行ってみることにした。
その日、会場に入るやいなや、ラテン系の男が親しげにかみさんに話し かけてきた。「ハーイ、○○○」。かなり親しげである。あまりいい気分 はしない。つい変なことを口走ってしまう。それを聞いて、かみさん怒る。
イスに腰掛けて周りを見回す。ひとりで来てる男が意外と多いのに驚く。 金曜の夜中にこんなところで、こいつら一体何をやっているのだろうか。 彼女はおらんのか、彼女は。まさか、ナンパしに来てるんじゃねえだろな。 横にいるかみさんをギロリとニラむ。
ふたりで座っていると、また他のラテン系の男がかみさんに寄って来た。 ダンスの誘いらしい。おっ、かみさんに触った。おおっ、かみさんの腕を つかんで立ち上がらせようとしている。何者だ、こいつは! 当のかみさ んは困ったような顔をしながらも笑っているではないか! 何を考えとん のじゃ、おまえは! 断わって、顔面にパンチでもブチこまんか!
そのボケナスがあきらめて去った後、しばらく、かみさんをニラみつけ る。「なによ〜。」とか言ってやがる。ナメとんのか。こうなったら、舞 台を移すしかない。かみさんの耳元でつぶやく。「ちょっと表に出ろ」。
そして、今、かみさんが自分の目の前に立っている・・・』
ここで、立場がグルリと変わる。
『前々から習いたかったサルサ。友達の×××ちゃんもやるって言うか ら始めることにした。あと問題は、ダ・ン・ナ。何も言わせないように、 あらかじめ調べておいた。話した時、「サルサ?」って語尾上げて言われ ちゃったけど、別に反対はしなかった。×××ちゃんも一緒っていうのが、 けっこう効いてるかな。ラッキー。楽しみ楽しみ。
習い始めて、もっと好きになっちゃった。踊るって、すんごく気持ちい い。特に、上手な男性にリードしてもらうと、なんか自分まで上手くなっ たみたいで最高。それで、今度の金曜日に「ソーシャル・パーティ」って いうのがあるらしい。一度、ダンナにも、私がどんなことしてるか見せと きたいから連れて行こ。パートナーも必要だし。最初しぶってたけど、結 局行くって。またまたラッキー。
会場に入ると、一緒のクラスを取ってるホセに会った。いつものように 軽く挨拶したら、となりのダンナが突然、「あのウンコたれ野郎は誰だ?!」っ て怒鳴ったの。みんながいる前で恥ずかしいたらありゃしない。「何考え てんのよ!」って私も怒鳴ったわよ、まったく。
何か気まずくなって、ふたりでイスに腰掛けたの。ダンナは、まわりを 変な目でジロジロながめてる。ダンナ置いて他の人と踊るわけにもいかな いし・・・。それにしてもこんなとこまで来て、まわりの人をジロジロな がめてるだけなんて、この男、一体何考えてんの。今度は私のことニラん でる。何か文句あんの、アンタ。
しばらくして、一緒のクラスのジョージが寄って来た。一緒に踊りたい らしい。でも、今日はダンナがいるから無理ね。ダメだって断わっても、 なかなか納得してくれなくて、腕までにぎられて立たされようとしたんだ けど、なんとかあきらめさせたわ。やっぱりラテンの男は押しが強いわね。
ふと、ダンナを見ると、また私のことニラんでるじゃない。もー、いい 加減にしてよ! あんまり気に入らなくて、少し文句言ったら、もっと強 くニラむじゃない。ジョーダンじゃないわよ! で、こっちがプッツン切 れかかってる時に、わざわざ耳元まで寄って来て、「ちょっと表に出ろ。」 だって。上等じゃない! アンタこそ出なよ!
そして、今、ダンナが自分の目の前に立っている・・・』
さて、あなたなら、どうしただろうか。
この類いの「踊り」というのは、男女関係にとって、非常に難しいテー マである。なぜなら、世の中には、サルサのような踊りを無意識のうちに 「立ってやるセックス」のように捉らえている人間がいるからである。
確かに、ラテン系の踊りには、「立ってやるセックス」という部分がな きにしもあらずである。少なくとも、一種の性的興奮は感じるはずだ。
ただ、一方で「あんなの単なる娯楽、娯楽。」と言い切ってしまう人も いる。こういう人は、ダンスのパートナーをコロコロ変えることに何の障 害も感じない。おそらく、こういう人にとって「踊り」は、限りなく「ス ポーツ」に近いものなのであろう。
「踊り」に対して、共通のスタンスを持つ者同士がカップルになった場 合は問題ないのである。要するに、「セックス派&セックス派」、「ス ポーツ派&スポーツ派」のケースである。
ところが、である。派閥の違う者同士がくっついた場合、そこには悲劇 が生まれるのだ。
この「カップルにおける派閥間の争い」というのは、日本人カップルに のみ起こることではない。アングロサクソン系カップルの間にも起こるし、 それらのミックス、つまり異人種カップルにも起こるのである。
また、この問題の裏には、「ラテン系の男は好きものである。」という イメージが、静かに、しかし、力強く横たわっている。
サルサを踊ったりするパーティには、通常、ラテン系の男性が山ほどい る。男性の中には、彼らを「獲物を捜すオオカミ」としか見ない人もいる。 確かにオオカミもいる。でも、みんながオオカミというわけではない。そ れが分からない男性は、まるでヒツジを守る番犬のようにグルルルうなり ながら、パーティタイムを過ごすこととなる。
さらに、日本人女性が持ちがちな問題というものもある。
多くの日本人女性は、普通、表面上はナイスである(爆弾発言かしら)。 少なくともナイスに振る舞おうとする。この傾向は、特に外人さんたちに 対して発揮される。であるからして、踊りに誘われて、それを断わる場合 も、「いや〜ん、ちょっとこまっちゃう〜」的な断わり方をしがちである。 「ダメなもんはダメよ。分かんないの、アンタ」的にタタッ斬る人もいる。 ただ、半数以上は「いや〜ん」派である。
パートナーの男性側に言わせると、こういうあやふやな態度が気に入ら ないのである。「ビシッといかんかい、ビシッと!」というのが、彼らの 本心なのだ。ただ、妻、あるいは彼女が他の男に誘われてるのを何もしな いで「フンガー。」と見てる方がアホンダラではないか、という意見もあ る。そう言われればそうよね。
ちなみに私の場合は、かみさんが他の男性(兄弟、親戚、友人以外)に 踊りに誘われた場合、かみさんより先に私が口を開く。「いえ、けっこう です」。物事は、先手必勝なのである。
近々、日本人を対象にした「正しいサルサの踊り方講座」なるものを行 なおうかと企んでいる。私が教えるのではない。先生をどっかから連れて 来て、サルサの基礎を教えてもらうのである。
そして、後日みんなでラテン系のダンスクラブに乗り込むのである。そ こでは、いろんな人間模様が繰り広げられるはずである。そしたら、アナ タ、また書くネタが増えてちゃって、ひろぴー、こまっちゃうー(それが 目的かい)。
なにはともあれ、この「もうひとつの踊りの問題」をみんなで踊りなが ら考えてみようではないか。新しい発見や予期せぬ失望に出会うかもしれ ないが、それはそれで人生なのだ。
人生も踊るのである。 ひろ
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『今週の歌』
「肌触れる 嬉しさ感じた あの頃を
懐かしむ今 ”どけろ、その足!” ひろ」
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投書、意見、感想もどうぞHiroyuki Takenaga ---hiro@interport.net