1997年4月15日号(No.162)


                     Nutsの表紙です



目次

*『VOICE』 ・投書「なんとなく症候群について」 ・投書「オザケンについて」 ・投書「日本はアメリカの植民地?」 ・編集後記 ・ひとりごと「トイレの問題について」
*『今週の歌』
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『VOICE』

@「なんとなく症候群」について
 先日、いわゆる「日本人いやいや病」(Nuts No.157参照)についてあ れこれ考えを巡らしていたら、日本人独自の病気に「なんとなく症候群」 も入るのではないかと思い当たった。そのキッカケは、東京の実家からの 電話だった。
 母「あなた、S友銀行から電報が届いたよ」
 私「電報?」
 母「今すぐ○○万円振り込んでくれって」
 私「ああ、クレジットカードのことね」
 母「ああ、じゃないわよ。電報なんてきてビックリするじゃない」
 私「そんなに心配するなよ。要するに残高が不足したんだから...」
 すると父が突然電話口に出て
 父「とにかく、もうカードなんか使うな。わかったか?」
 ここで事情をちょっと説明すると、私は、多くの人がそうするように、 日本で発行したクレジットカード(この場合S友銀行のVISAカード)と、 アメリカのカードを持っていて、使いわけている。日頃、S友銀行のカー ドを使うことはほとんどないのだが、日本で支払いをする必要があるよう な場合、稀に使うことがある。日本のカードの場合、毎月、日本にある銀 行の口座から使った額が全額自動的に引き落とされるわけなのだが、ニュー ヨークにいて日本の口座の残高を調べるすべはなく、当然、親に頼むこと になる。しかし、たまにしか使わないカードのことだから、親だって毎月 チェックするわけではなく、ついつい私も頼むのを忘れてしまう。とにか く、今回、予想外の円安のため私の計算ミスによって、残高不足になって しまったわけだ(それにしても手紙や電話でなく「電報」を出すという、 S友銀行のやり方もエゲツないが)。
 前置きが長くなったが、要するにこの場合、責めらるべきは私の杜撰な カード管理方式であって、父の叱責もすなわち、「ちゃんと残高計算しな くちゃダメじゃないか。昔と違って最近は円安なんだから」というような ものであるべきであると思う。それを先のように、私の説明を何も聴こう としないでただ「もうカードを使うな」というのは「臭いものには蓋」式 論理であり、極論すれば「硬直思想」とも言える。もっとも多少弁護して 言うならば、ウチの両親は普段、キャッシュカードやクレジットカードと はほとんど無縁の生活を送っているという、今やほとんど絶滅の危機に瀕 している存在なので、仕方ないかもしれない。クレジットカードの支払い の仕組みを両親に説明するのは、日本の国会答弁を英訳するのに匹敵する くらい困難な作業であろう。
 しかし父の言葉は、仕組みがわからないから出た、というだけではない。 「借金を電報で催促される」ということに対する生理的嫌悪感も手伝って いるように思う。つまり、「借金(ホントはクレジットの支払いなんだけ れども)の催促を受けるなんてなんとなく気持悪い」、「世間の常識から 言ってなんとなく恥ずかしい」というヤツだ。そのため、何が原因でこん な事が起こったかを考える前に、思考が停止してしまって、「臭いものに は蓋をせよ」=「カードを使うな」という結論に達したと推測したとして も、はなはだ臆断ではないだろう。
 ここが怖い。
 つまり、「なんとなくイヤだから」、「なんとなく気悪いから」、「な んとなく汚らわしいから」、「なんとなく...etc」という理由だけで 合理的、理性的な判断を放棄する。もうお気づきの方もいるかと思うが、 この「なんとなく症候群」は、日本人における差別意識の主要原因になっ ているのである。もちろんアメリカ人の間にも見られないこともないが、 日本人に特に顕著であるように思う。「なんとなく勝てそうだから」と言っ て、当時の経済力、資源保有量、工業生産力などを無視して戦争に突入し た、第二次大戦時の日本の軍部(特に旧陸軍)も同様の部類に考えられる。 昭和14年に起きたノモンハン事件などその典型だろう。
 もちろん私は、すべての面において理性的になれ、などと頭デッカチな 妄言を吐くつもりはない。芸術などの領域では、「なんとなく美しいから」 とか「なんとなく心に残る」といったような、自らの感性に基づいた判断も 大切である。しかし、クレジットカードや戦争といった原理・原則が比較 的はっきりしている事柄に対する場合、「なんとなく...」という理由 で判断を下すと間違いを犯しやすいし、第一危険だと思う。
 私達はいつになったらこの「なんとなく...」という硬直思想から抜 け出せるのだろうか?
                              原口光弘
@オザケンもかわいそうに。
 批判が集中するのは、彼の家系、学歴が特別だからでしょ?  彼が東 大出身だから好きと思う人よりも、東大出身だから嫌いという人の方が圧 倒的に多いんではなかろうか?
   どうも我々日本人は、経歴が立派だと、常に非のうちどころのない優等 生でなくては気がすまないらしい。
 歌が下手で、むちゃくちゃ売れることは日本では日常茶飯事だよね。ま あ、もっとも若者向けの音楽が、普段はこんな曲またはアーティストにつ いて全く知識を持ちたいとも思わない方々にも知れ渡るんだから、オザケ ンにとってもいいことなのかな。
 それと、下手な歌がまかり通るのは、オザケン本人の責任ではないと思 うな、うん。ことさらにオザケンだけいじめちゃ不公平だよ。
            嫌いだけど、ちょっと可哀想に思う1人より
@ニューヨークから大阪に移住して1ヶ月たった。ニューヨークを懐かし む暇はまだない。新しい職場で、おそまきながらマッキントッシュを覚え ることと、従来の非効率的な編集・印刷工程の合理化のために同僚と上司 を説得するので忙しい。
 そんな忙しいさなか、アメリカのギングリッチが来日して橋本龍太郎と 会見した、という新聞のべた記事を読んだ。その翌日だったか、数日後だっ たか、橋本は沖縄に特別な法律をつくって、米軍基地のために沖縄の土地 を自由に使えるようにすると、表明した。
 なーんだ、日本はアメリカの植民地だったのか、とまたひとつ納得する 材料が増えた。
                           石井政之
@編集人です。
 異常アリです。特に「在外投票」の件です。それと、アップル・カップ ルズのイベントの宣伝もありますし、今度の井戸端会議のお知らせもせね ばならんのです。でも、今回はスペースがないので、次号でね。
 では、また来週。
                       編集人
@さて、「トイレの問題」である。
 今回は、かなり豪快なテーマに取り組もうと思う。
 先日、私は、ある人がコーヒーを持ったままトイレに入るのを目撃した。 そして、思ったのである。
 「アメリカ人は、トイレの中でモノを食ったり飲んだりするのだろか。」
 この「トイレの中でモノを食ったり飲んだりする」というのは、正確に言 うと、「便器に座りながら」、つまり、「作業中」にモノを食ったり飲んだ りするということである。
 私は、個人的には、日本人の方がトイレの中で大胆なことをやるだろう と考えていた。そこで、職場の人々に聞いてみたのである。
 「ねえねえ、アメリカ人がトイレの中でモノ食べるって聞いたことある?」
 静かな午後のオフィスにその質問がコダマした。
 みんなの答えは、一様に「NO」であった。「アメリカ人がトイレでモノ 食べるなんて聞いたこともない。」という意見が大半だった。そして、誰 かが言った。「まず第一、トイレでモノ食べる人なんている〜?」
 それを聞いて、私は言ったのである。「いるって。必ずいるって。だっ て、オレやってたぜ。」
 「え〜?!」
 「ウソ〜?!」
 「やだ〜?!」
 私が「アメリカ人に比べると、日本人の方がトイレの中で大胆なことを やる」と考えていた理由は、実を言うと、自分自身がその当事者であり、 それは日本人の一般常識の一部だと考えていたからであった。
 ここから話が少しズレる。
 私が東京のあるスーパーで働いていた時の話である。
 その頃、私の朝食は、ほとんど「パン」であった。毎朝、出勤の際に職 場の近くのコンビニでパンを買い、私はそれを朝食として職場の「トイレ」 で食べていたのである。
 パンの種類は、大体「メロンパン」や「クリームパン」だった。ちなみ に「カレーパン」をトイレに持ち込んだことは一度もない。そして、飲み 物は、「午後の紅茶」のレモンティ。時々、ストレート・ティーになるこ ともあった。
 手順とすれば、まず飲み物をトイレット・ペーパーのカバーの上に乗せ て、その上にパンを置き、バンドをゆるめ、チャックを下ろし、ズボンを ずり下げると同時にパンツもずり下げ、そして、ゆっくり便座に腰を落と す。
 落ち着いたところで、パンを取り、それを覆うビニールの袋を破る。パ ンを食べる準備ができたら、今度は飲み物である。準備万端のパンを膝の 上に乗せ、その缶を手に取り、パキリとフタを開ける。
 これですべての準備ができた。片手でパンを取り、最初のひと口。そし て、すかざす最初のひと飲み。で、ホッとしたところで、最初のひと踏ん 張り。要するに、上から入れ、下から出す、という二つの作業が同時進行 するのである。私にとっては、極めて合理的な、静かな朝の活用法なので あった。
 私はこれを2年間続けた。その間、私は、他の人たちも私と似たような ことをやってるとばかり思っていた。このトイレ活用法は、一種の常識で あると考えていたのである。だから私は、「アメリカ人に比べると、日本 人の方がトイレの中で大胆なことをやる」と信じていたのだった。
 ところが、である。フタを開けてみると、「そんなことやるヤツなんか おらんわ!」という話ではないか。ということは、私はある意味でこの分 野の先駆者であるわけだ。
 話をオフィスのシーンに戻す。
 私はトイレに関する自分の経験談をみんなに話したのである。そしたら、 私の愛すべき同僚たちは、私のことをまるでケダモノでも見るような目で 見つめるのであった。
 「信じられない。」、「そんな話、聞いたこともない。」「だって、汚 ないじゃない。」、「飲めはするかもしれないけど、食べるのはねえ。」、 「私、トイレで電話はかけるけど、食べはしないわ。」
 以上のような意見が次々と私にあびせかけられた。
 これらの意見の中に「トイレしながら電話する」というものがあったが、 この方が私にとっては信じられない。会話の途中に「プー」などという放 屁音が入ったら、この人は一体どう言い訳するのだろうか。それとも正直 にその風景を白状するのだろうか。
 さて、ここで少しまとめると、「トイレでモノを食ったり飲んだりする ことを汚ないと考えるか」というのが、今回のテーマなのである。
 確かに、一般には「トイレは汚ない」というイメージを持つ人もいるか もしれない。でも、これは、子供の頃から私たちの脳味噌には、「トイレ→ ウンコする所→ウンコは汚ない→トイレは汚ない」というイメージが刷り 込まれているからなのであった。
 私たちが小学校時代、学校でウンコをすることは犯罪であった。
 女子には、この気持ちは分からないかもしれない。でも、男子の世界に は、そういう掟(おきて)があったのである。
 なぜその行為が犯罪だったかというと、子供たちにとって、ウンコは、 とてつもなく、そして、ドキドキするほど汚なくて臭いものだったからで ある。もし誰かが、犯罪を犯したことが判明した場合、その犯人は、しば らくの間、「ウンコタレ」呼ばわりされることとなった。
 私にも似たような経験がある。小学生の頃、学校でウンコしたことが、 ある上級生にばれてしまったのである。彼は、私がトイレから出て来るの を階段に腰掛けて待っていた。そして、私がその横を通り過ぎる瞬間にこ う言ったのである。
 「ケイサツに言うけんが。」(熊本弁)
 その時の恐怖感は、今思いだすだけでもゾクゾクする。実際、私は、そ の事件の後、証人抹殺のために、この上級生の家に火をつけようとしたの である。それくらいウンコすることに対する罪悪感というのは、巨大なも のだった。
 しかし、である。私の場合、大人になるに従って、その罪悪感は少しず つ消えて行き、比較的堂々とウンコしたり、人がウンコしたことを言い付 けたりもしなくなった。また、世の中には、調子こいて女性のウンコを食っ たりするスケベジジイなどもいるらしいではないか(ウンコ食いスケベジ ジイは、あんまり良い例ではないけどね)。
 てなわけで、私の場合は、「ウンコすること=汚ないこと=いけないこ と」というウソの構図はすでに崩れ去ってしまったのであった。しかし、 他の人たちの場合は、ちと違っていたようだわね。
 確かに、ウンコは汚ないものかもしれない。特に、人のウンコは、信じ がたいほど汚ならしく感じるものである。でも、ウンコすること自体は、 汚ないことではない。それは「モノ」ではなく、単なる「行為」だからで ある。そこを人々は勘違いしているのだ。
 また、「ウンコしながらパンを食う」というように、一文の中に「ウン コ」という言葉と「食う」という言葉が同居するだけで、「いや〜ん、汚 な〜い。」と拒絶してしまう人もいる。私は別に「ウンコを食う」と言っ てるわけではない。「ウンコする」という行為と「パンを食う」という行 為が、偶然、同時進行してるだけなのである。
 さらに、私は、私自身がウンコする時のみパンを食うと言ってるのであっ て、他の人がウンコしてる時に無理矢理トイレの中に押し入って、その臭 いと共にパンを食うと言っているわけではない。そこを勘違いしていただ いては困るのである。
 う〜ん、ちょっと疲れてきた。やはり、1時間もトイレに座って文を書 くというのは、なかなかキツイものである。続きは来週書くことにしよう。 では、尻でも拭いて・・・・、カ、カ、カ、カミがない。
 ・・・・・・・・ま、いいか。
                         ひろ
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『今週の歌』 

          「味噌汁が 冷めるまで待つ 妻がいて
            ふと気がつけば 君はガイジン  ひろ」

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Hiroyuki Takenaga ---hiro@interport.net


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