1994年7月12日号

(No.17)



JSAV−内部者の告白

 僕が現JSAV(Japanese Students Against Violence)代表の花田氏に会っ たのはたった4カ月位前の事である。彼がガンコントロールのデモをやると かなんとか初めに言い出した時は「クラスがありますので行けません」とか 言って参加を断わる予定だった。ところが彼が学校で配っていたビラの中で 「ひやかしでもいいから参加して下さい」という一節を見つけた時、何故か やたらと感心してしまった。
 それが運命の分かれ目である。そうか、ひやかしでもいいのか、と軽い気 持ちで第一回のデモを見にいくと−−なんと参加者はほんの十人くらい。結 局、僕も彼らと一緒に”No More Guns!”だの”Stop  Gun Crimes!”だのを叫ぶ羽目となってしまった。
 なにしろ人通りの多いタイムズ・スクエアである。正直言って非常〜に恥 ずかしかった。しかし、通行人の反応は思いのほか良く、「やるじゃん、お 前ら」みたいな顔をしている。だんだん楽しくなってきて、その後は声がか れるまで、力の限り叫んでやった。デモが終わった時、僕は満足感ですっか り高揚していた。
 第二回のデモを行うと聞いた時は早速ビラまきを手伝う事にした。ほとん どの日本人が無視せずにビラを受け取ってくれたのがすごくうれしかった。 後から道端に捨てるような人もおらず、あのタバコのポイ捨てで悪名高い日 本人が−−と感慨もひとしおだったのを覚えている。何を生意気な。
 6月10日のデモ本番、ビラを読んで来てくれた人がほとんどいなかった のがくやしいが、まぁ、こういう事をやっている連中がいるんだ、という事 実を多くの人に知ってもらえただけで今回はよしとする。
 僕はもう完全にJSAVの一員となった。当面の目標として−とりあえず、 米議会で銃規制を再度論議の焦点にする為、”Japan that can  say No more guns”なる本を出版しようと画策している。 (ここに書かれている事は彼一個人の勝手な意見であり、我々の総意に基づ くものではありません。JSAV)

ゲイ・パレード報告

 6月26日、Manhattanは別世界に迷い込んだ様だった。別世界というと ゲイやレズビアンの人達に怒られそうだが、実際、一種異様な空気が漂って いた。
 昼のパレードはそれでもゲイやレズビアンの人達と一般人(?)との間に きずなが見られた。特にAT&TやIBM等、会社をあげての行進は同性愛 者の存在を身近に感じさせてくれた。奇抜なスタイルで、仮装行列さながら にねり歩くゲイの人達に拍手を送っていると、ちんどん屋さんを見ている様 で、楽しい気分になった。が、黒の皮バンドなど、SMスタイルで身をかた め、むちを振り回していた団体には少し首をかしげた。SMは単に個人の趣 味であって、やりたい者同士でやってればよい事で、わざわざパレードで権 利を訴えなくてもよいんじゃないかしら。特に肉のしぼんだ体に黒皮ベルト をまきつけていたSMおじいちゃんは気味が悪く、拍手どころじゃなかった。 それとも、こう思ってしまう事がいけないんだと彼らは訴えていたのだろう か。それにしても、アメリカ人の権力に反対するパワーとその明るさには脱 帽する。日本でデモと言うとガジガジの字で 反対 と書かれたヘルメットを かぶって、目を三角にして、口から泡を飛ばして自分達の主張を訴えるとい うイメージがあるが…。
 夕方からはHudson Riverの方に行って見た。川沿いにはたくさんの出店が 出ていて、ゲイやレズビアンの人達が死ぬ程いた。陽の沈む頃から川沿いは 怪しげな雰囲気に包まれてきた。ゲイの人達のGirl Huntingが始まったのだ。 先程までみんなと同じ人間だ−ゲイの権利を認めてくれーイと訴えていた 人々はもう私達には見向きもしなくなった。歩き疲れた私と彼氏が川を望め る塀に腰かけている時、私の隣りで行われた会話。私の隣りのゲイは一番 一般的なゲイスタイルをしていた。白のシャツに、ひざたけジーパン、その チャックを半分開けてCalvin Kleinのパンツを少しのぞかせていた。その前を 三人のゲイが通りかかった。私の隣の彼はその三人になまめかしい視線を 送った。すると、その三人のうちの一人がCalvin Kleinを指示して聞いた。
 「それ、ほんもの?」
Calvin Kleinのゲイは待ってましたとばかり答えた。 
 「もちろんよ。ドッキドッキの本物。」
そう言って彼は半分まで開けていたチャックをもう少し降ろし、両手の指で 三角を作って、その部分をかこって見せた。三人はそれを見て生つばを飲み、 私と彼氏はもはや自分たちの存在が場違いであるとさとった。年に一度の彼 らの出会い。最高におしゃれして、期待に胸ときめかせながらいる彼らに、 私達はどうしても好奇の目しかそそげない。そんなの失礼だから、もう帰ろ うと彼は言った。昼のパレードで示した理解も実は表面的な薄っぺらいもの で、一枚はがせば中には単なる好奇心が目を光らせているだけだった。
                   あらりの港

在外投票権運動

 投票権運動は今でも行われています。最近は発展途上国に住む日本人の方 たちから多くの署名が送られて来ます。これは3月の終わり頃に世界中の青 年海外協力隊の事務所にFAXで送った署名用紙が最近になってやっと戻っ て来始めたからです。ちなみにこの時、約50カ国に署名用紙を送りました。 これまた、ちなみに私はその月の電話代を見た時、気絶しました。署名用紙 の欲しい方はNUTS編集人まで。       竹永

NUTS世界観光案内

沖縄・北大東島編 パート11
 さて、前回はこの島の女性問題について話したが、今回もそのつづきであ る。
 この島では1月から3月まではサトウキビ刈りのシーズンとなっている。 その時期になると数百人の季節労働者がこの北大東島とお隣りの南大東島に やって来る。彼らのほとんどが男性で、そうなると当然、彼らの男としての 欲望や生理現象なども彼らと一緒に上陸することとなる。
 前回お話ししたように、この北大東島には恋、その他の男女関係の対象と なりえる女性が5人しかいない。お隣の南大東島も似たようなものだろう。 その中でいかにしてこれらの狼たちの欲望を処理するかという問題が当然発 生することとなる。
 一応、この島にはバーはあるのだが、そこには女の子は居ず、過去に女の 子だったおばさんがいるだけだった。
 結局、自家発電に頼るしかないのであるが、あるおっちゃんの話によると、 昔、ひとつだけ隣りの南大東島に売春宿があったらしい。結構賑わっていた らしいが、やはり法律に引っ掛かるため、クローズしたと言う。このおっ ちゃん、「どんな女の子がいたのかなあ?」という私の質問にはこたえよう とせず、ただその売春宿の名前だけを教えてくれた。 
 その名も「売春宿・動物園」
 ちなみにその内容も動物園に近かったらしい。それにしても、そんな名前 と内容でありながら、賑わっていたというのが怖い。でも、もう少しマシな 名前はなかったのだろうか。
                     HIRO

VOICE

@さて、今回の学生井戸端会議は「ほな、どうやってニューヨークで投票し ましょか?」というテーマで行われる。今回は海外有権者ネットワーク・NY と合同で会議を行う予定である。
 今までの在外投票権に関するミーティングには学生の参加はほとんどなか った。理由はよく分からないが、おそらくやたら難しい話ばっかりと思った のではないだろうか。実際そんなことはない。私自身、学生で昔から政治の ことなど一つも分からなかった。そんな私でさえついて行けるぐらいの難し さである。恐れることはない。とりあえず、興味のある方はチラリとでも覗 きに来て下さい。
                        竹永
「在外選挙の投票方法に関する意見交換会」 日時:7月15日(金)午後6:30〜9:00 場所:日系人会 図書室    15 WEST 44TH ST 11階

下のアドレスを押すとメイルが送れまっせ
投書、意見、感想もどうぞ

Hiroyuki Takenaga ---hiro@interport.net