Nutsの表紙です
目次
*『Nuts本作戦の途中経過』
*『VOICE』 ・投書「NY演劇批評」 ・ひとりごと「続々・Nutsの未来の問題」
*『今週の歌』
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『Nuts本作戦の途中経過』
さて、「Nuts本作戦の途中経過」なのであります。
だいぶ前に、「Nutsを本にするために、日本の出版社に電話かけまくっ たけど、なんか冷たくあしらわれちゃて、ひろぴー、ちょっぴりさみしい けど、そんなことで負けるかい、ガンガン行くだけじゃ、ハッハッハ。」 というお話しをしました。
あの時に連絡した出版社(「企画書送ってもらっても構わないわよ。」 と言われたところ)から、私の送ったNuts本の企画書に関する返事がい くつか戻ってきております。かなり厳しい内容です。でも、なかなかおも しろいので、皆さんにもご紹介することにしました。
戻ってきた返事の内容をまとめると、以下のようになります。
1)「こういう本の前例がない」
簡単に言いますと、「今までこんな本、出てないでしょ。だから、売れ るかどうか分からんのよね。出版社とすれば、それはとってもギャンブル なのよ。」ということです。
これまで、海外の日本人に関する本は、かなり出ているのですが、Nuts のようなタイプの本は、まだ出版されてないようです。
こっちとすれば、それが狙い目なのですが、向こうさんは、はっきり 言って、怖がってます。
ま、当然ですな。
2)「この本の対象が誰か分からない」
つまり、「誰に読んで欲しいの?」ということですな。
こちらとしましては、ニューヨークに住んでいる人、住みたいと思って いる人、そして、住むのはちょっと無理だけど、なんとなく興味のある人、 などに読んでいただければと考えているのですが、出版社の方々には、そ このところがよく分からないようです。
まあ、これは仕方がないと言えば、仕方がないのであります。
彼らの脳味噌は、おそらく「旅行ガイドブック」辺りで止まっておりま すから、その先の「住んでみた感想」的なものは、理解できないのでしょう。
やはり、「海外に住む」ということが具体的にイメージできない人に Nutsをいきなり見せても、「なんじゃ、こりゃ?」という反応しか生ま れませんからね。むずかしいところです。
3)「ニューヨークに関する別のタイプの本の出版を予定している」
今でも、ニューヨーク本というのは、ボチボチ出てるようなのですが、 「それとカチ合うから、あんたの本はいいわ。」という返事をもらったと ころが1社ありました。
その出版社が出そうとしている本の内容を見せてもらったのですが、こ れが、アナタ、ひどいのよ。未だに「イエローキャブ」なんて話が出てく るんですから。本全体のノリとしても、「ニューヨークは危険な街だぜ、 ベイビー。気をつけな。でも、君をホットにさせてくれるぜ。アツア ツー。」てな感じでした。
ニューヨークに住む私たちとしましては、「あんたら、まだそんなこと 言っとるんかい。」と言いたくなるところですが、日本の出版社の方々の 脳味噌は、おそらくその辺でブッ止まっているのでしょう。そんな調子だ と、いつか読者に捨てられるような気がするのですが、彼らはまだそのこ とには気づいてないようです。
4)「日本の出版界には、不景気の嵐が吹き荒れている」
要するに、「こっちは、不景気なんだから、そんな売れるかどうかも分 からんようなもんを作ってる暇はないざんす。」という話ですな。ここで 言う「不景気」とは、「本がなかなか売れない状況」というヤツです。
でも、「不景気だ、不景気だ。」と言われましても、こっちは攻めるし かないわけでありまして、「不景気だって。だから諦めよ。」なんて考え るお人好しはいないのであります。中には、「日本の出版事情の検討が足 りない。」というコメントをいただいたところもありましたが、ただこれ は検討してどうなることでもなく、「とりあえず、何かやらんとしゃーな いべ。」と私は考えるのでありました。
このNutsをやってて思うのですが、「海外での生活ネタ」だけに関して 言いますと、日本の出版社は、読者のニーズに応えてません。別の言い方 をしますと、”トロい”のです。それも、かなり”トロい”。
例えば、今現在、日本に住む数千人の人たちが、インターネットを通し て毎週このNutsを読んでいるのですが、そういう状況を目の前にしても (このことは企画書に明記しました)、「なぜ彼らは、こんなチッポケな ミニコミを読むのか」という疑問さえ浮かんでこないようなのです。
インターネットは、一般の読者が情報の最先端を走ることを可能にしま した。彼らは、自分自身の力で情報を探し始めています。問題は、出版社 側がその「ニーズの先端」部分をしっかり見つめているかどうかです。
今、海外在住ネタに関しては、読者の方が、出版社の一歩も二歩も先を 歩いている状況です。もしかしたら、すでに読者の後ろ姿さえ見えないほ ど引き離されてるのかもしれません。
このような日本の出版界の”トロさ”を目にしますと、現在の「本がな かなか売れない状況」というのも分かる気がします。マーケットを開拓し ようとも、それに全力でついて行こうともしないんですから。
あなたたち、とりあえず、海外に出なさい。
5)「著作権の問題あり。これは自費出版レベル」
投書を扱うので、著作権の問題が発生するという意見です。これについ ては、私も考えてました。でも、なんとか解決策を見つけるしかありませ んね。
自費出版の話は、いろんな方から聞きました。ある意味では、一番簡単 な方法ですからね。でも、その方法を取りますと、出版社との「もだえの 時間」がなくなってしまいます。彼らにボロくそに言われたり、ハナクソ のように扱われたりなどの「くそクソ」体験ができなくなってしまうので す。そしたら、私が「でも、おめえら、トロいんだよ。」なんて言うこと もなくなりますから、全体としてのおもしろさがダウンしてしまうのです。 それは、読者にとっても、私にとっても、そして、出版社にとっても、あ んまりいいことではないと私は思うのであります。だから、自費出版の話 はしばらく眠らせておきます。
以上が、これまでに出版社からいただいた返事の大まかな内容です。
これらの「ご指摘」のほとんどは、予測していたものでした。「やっぱ り、そんなこと言っちゃうのね。」的反応というわけです。
「Nuts本作戦」の道のりは、なかなか厳しそうです。でも、そうだから こそ、おもしろいんですけどね。
ひろぴー、楽しみます。はい。
では。 編集人
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『VOICE』
@演劇批評「A Flower of Water--Awaking from Two Beings」
Yuko Hamada氏は前作「Two Incense Sticks」で江戸時代を舞台に因 縁をテーマにした意欲作を作り上げた。今回は江戸時代と現代日本にまたが り、輪廻転生、売春、運命論など様々なものに目を付けている感じである。 だが今回の試みは前作ほどうまくいったとは言えない。これは私の個人的 な意見である。
理由はテーマが広がりすぎていたため、その分ストーリーが犠牲になっ てしまったのである。第一幕では江戸時代、第二幕では現代を舞台にし、 この二つは江戸時代の遊女Murasaki(Katie Takahashi)とその現代の 生まれ変わりAya(Hisae Yamamoto)の二人を通して繋がっているはず なのに、その点が第二幕になっても見えないのである。この二人が会話す ることはなく、Murasakiのナレーションが聞こえるのみである。そのナ レーションもテープ録音のため、最初私はどちらが話しているのか分から なかった(これは日本のテレビの悪影響である。舞台では通用しない)。
あと、江戸時代の第一幕のテンポがのろい。江戸時代だからというのは 理由にならないだろう。前作も江戸時代が舞台であったが、テンポは少な くとも2倍は速かったのである。それに比べたら第二幕は現代という事も あって遥かに軽快である。「イメージクラブ」に客として入ったさえない 会社員Teru(Masayasu Nakanishi)が昔の恋人Sachi(Kimiko Nakatake)と鉢合わせになる場面は、この劇の見せ場であり、完全に主 役を食っている。この二人は第二幕の「主役」AyaとRyo(Toru Ohno) よりも見ていてずっと面白く、いっそこっちを主役にしたらと思った位だ。 これはNakanishi氏とNakatake氏の演技力が「主役」のそれを上回って いたことにも関係している。最初高いと思った17ドルの入場料もこの場面 で元手を取ったかも知れない。でも、終わり方が両幕とも尻切れトンボで 終わったことに皆気付かない様子であった。
演技といえば、この劇では様々な問題点にもかかわらず、好演が目立っ た。Jiro Ueno氏やTakahashi氏は、前作「にっぽん伝説」に引き続き、 ここでもいい感じである。第一幕はこの二人でとりあえずもっている感じ である。Lord Tachibanaを演じたSatoshi Ono氏はもともと俳優でない ということだが、意外に良かった。
第二幕では先程述べたNakanishi氏とNakatake氏が飛び抜けており、 Tomo Omori氏演じるMikiは第二幕の最高のコミックリリーフである。 まさに「飛んでいる」感じで結構笑える。一方、Akiko Miyama氏のEri もその線を狙ったのかもしれないが、演技スタイルが全く他と釣り合いが とれておらず場違いである。体がよく動くのはいいが、他のキャラクター が全てリアルな方向なのに彼女だけメーキャップも含めまるで異星人であ る。これが「Seinfeld」のようなSit-comならまだしも、ここではあま り効いていない。笑いはとれるが、あれはいわゆる「失笑」だと私は思う。
第一幕では男性陣のほうが強いが、第二幕ではストーリーが女性中心な のを差し引いても男性陣の存在感の弱さが目立った(例外・Nakanishi 氏)。あと、両幕通して俳優間で英語のスピーチレベルの差が大きく(あ る者はネイティブ並にクリアで、ある者はアクセントが強すぎてはっきり しない)、これはアメリカ人を客に入れる際のこれからの大きな課題であ る。
だからこれを観に行かれるのなら、演技の方にフォーカスして見るべき である。結構それで楽しめるからだ。しかしこれを書いている今(6/15・ 朝)でも、あの二人のダンサー(Mika Saburi, Fumiko Tanaka両氏)は うまいのだが、取って付けたようでこの劇での意味がはっきりしない。私 は別に想像力に乏しいとは思えないが、やはりわからない。観た人、どう か教えてほしい。(採点・4つ星評価で★★)
Nick Sakai( NKSK@aol.com)
@さて、「続々・Nutsの未来の問題」である。今回は最後の3段階目、 「ラジオ&テレビ進出」の話である。
将来、「ぶりてんNuts紙版」が暴れ出して、それが日本や他の地域に伝 染して、情報がいい感じでグルグル回り始めたら、Nutsはラジオとテレビ に進出したいと考えている。
では、まずラジオの話。
今現在、ニューヨークに日本語のラジオ放送はない。これにはいろんな 理由があるのだが、まず第一に「日本語のラジオやっても、誰も聞かんだ ろう」伝説というものが、ここニューヨークには存在するのである。
ニューヨークに住む日本人は、ラジオをあまり聞かないという。朝はフ ジテレビのニュース、夜は日本のビデオを見るらしい。「どこにラジオを 聞く暇があるの?」と言われれば、「そりゃそうだ。」と思うのである。
第二に、「ビジネスになりまっしぇ〜ん」という理由がある。これは、 ラジオを聞く日本人がいないんだから、当然と言えば当然だ。実際、これ までにいくつかの日本語ラジオ番組が、ここニューヨークで見事に散って いったのである。
以上のようなことを考え合わせると、「ニューヨークで日本語ラジオな んかやるヤツは、アホだ。」という結論に落ち着くのである。でも、私は 基本的にアホだから、その点はクリアーしている。
私がラジオにこだわるのは、それが非常にコミュニティ向けのメディア だからだ。
ラジオには、「画(え)」がいらない。「音」さえあればやれるのであ る。そういう意味では安上がりなメディアである。
また、それにはインターネット的な面があって、グローバルに動き回る ことが簡単にできるのである。電話さえあれば、日本からでも南極からで も「音」を流すことができる。
こういうメディアがあれば、いろんなおもしろいことがやれるのだ。だ から「ラジオ」なのよ。
では、「ラジオのやり方」について少しお話ししよう。
「ぶりてんNuts紙版」が結構うまく行き、それで金が儲かるようになっ たら、その金をラジオにブッ込みたいと私は考えている。ラジオで儲ける つもりはない。その金は、ドブに捨てるつもりで使うのである。
番組は、朝7時から8時、または、7時から9時。内容は、完全にコミュ ニティ・ラジオ。日本人コミュニティの中の出来事、日本のニュース、アメ リカのニュース、視聴者の声、日本の声など何でもアリである。日本の歌 を流すという手も考えている。ニューヨークで活動する日本人ミュージ シャンの曲も流してもいい。
このスタイルでしばらく続ける。その間、おそらくスポンサーはつかな いだろう。ニューヨークの企業は、日本語ラジオが自社の広告媒体になり えるとは、基本的に考えてないからである。
そのうちリスナーが付いたら、スポンサーも集まり始めるだろう。ただ、 ラジオでは永久に食っては行けないような気がする。だからそれは、Nuts メディアグループのひとつにして、金は他のところで儲けるしかない。で も、メディアとしては、「ラジオ」はすごい武器になるよ。
次は、テレビについてである。
テレビに関して最初にやりたいのは、こっちで放送しているテレビ(例え ばフジテレビ)などにCM枠を持つことである。当然、それにはお金がかか るわけだが、できれば広告の交換ゴッコ(「あんたの広告、うちに載せる から、うちの広告、あんたのとこで流してよ。」ゴッコ)をして、極力お 金がかからないようにする。
で、うまくCM枠を持つことに成功したら、そこで流すCMを一般公募する のである。テーマを決めて(例えば「ぶりてんNuts」、「お祭り」、「大 根」、「世界平和」などなど)、それに関するCMを一般の人たちに自由に 作ってもらう。CMの最後には、「誰が作ったか」も出す。プロでも素人で もかまわない。そして、3ヵ月に一度、「CM大賞」を決める。
通常、CMの長さは、10〜15秒ぐらいである。これくらいだったら素人 でも作れるだろう。映像の質は問わない。8ミリビデオで十分である。
また、ニューヨークには、「自分を表現したい」型日本人が集まってい る。彼らに自己表現の場を提供するという目的もある。
この「CM作戦」がうまく行き始めたら、次は5分くらいの番組を持つ。 それも完全に視聴者参加型にする。ショート・ストーリーでも、誰かのイ ンタビューでも構わない。徹底的にローカル色の強い泥臭いものを作るの である。
それから先のことは分からない。これ以上やると、金がやたらとかかる し、このことで食って行かなくてはならなくなるのである。
ニューヨークで、「テレビ」で食って行くのは不可能である。だから、 あんまり手を広げ過ぎるのは、ヤバイのよ。
「ラジオ&テレビ進出」は以上のような感じである。
3回に渡っておとどけした「Nutsの未来の問題」、読者の皆さんは、 どう思われただろうか。書いてる当人としては、久々に吹きまくって、非 常に精神衛生に良い3週間であった。
Nutsは、ここしばらくは「メディア作り」にいそしむつもりである。 本当にやりたいことは、それがある程度うまく行ってからやるつもりだ。
それまでは、シコシコやるしかない。たまにドッカーンと吹きながらね。
ひろ
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『今週の歌』
「可能なら 夏の間は 別々の
ベッドで寝たい ベタベタするから ひろ」
下のアドレスを押すとメイルが送れまっせ
投書、意見、感想もどうぞHiroyuki Takenaga ---hiro@interport.net