1997年7月1日号(No.173)


                     Nutsの表紙です



目次

*『批評について』
*『VOICE』 ・投書「ラテン女性と日本人男性」 ・編集後記 ・ひとりごと「本のお買い物の問題」
*『今週の歌』
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『批評について』

 さて、先週、このNutsにNick Sakaiさんによる演劇批評を掲載しました。 彼の書いた文を読んで、わたくし、いろいろと考えました。主に批評の意味 についてでした。そして、ちょっと物を言いたくなりました。
 いきなりで大変申し訳ありませんが、私は、先週のSakaiさんの批評は、 好きではありません。なぜなら、あの批評文は、誰にとってもプラスになら ないからです。
 まず、読者にとって、あの批評文はおもしろいとは思えません。読者の中 には、Sakaiさんが取り上げた劇をまだ観てない人もたくさんいたわけです から、そういう人たちでも興味深く読めるものを提供するのが、批評家の役 目だったのです。でも、実際は、観た人にしか分からない内容に終始しまし た。
 また、あの文は、読んでてあんまり気持ちのいいものではありませんでし た。私は別に、「イカせるぐらい気持ちいいヤツちょうだいね。」と言って いるわけではありません。ただ、あれはちょっとグチョグチョし過ぎてたよ うな気がしました。
 次に、批評される側にとっても、Sakaiさんの文は、単にムッとさせられ ただけで、あまり意味のないものだったのではないでしょうか。
 別に、批評される側をエッサホイサ持ち上げて、みんなに喜んでいただく 必要はありません。刺すべきところは刺していいと思います。
 ただ、問題は、刺す場所とその刺し方です。
 私は、批評家というのは、ある意味でお医者さんみたいなものだと考えて います。相手の「患部」にメスをブッスリ刺すのです。刺す場所は、あくま でも「患部」、要するに「悪い部分」でなくてはなりません。「この部分を 持ち続けたら、あんた、将来とんでもないことになるよ。」という場所にメ スをグッサリ突き刺してあげるのが、批評家の仕事だと私は考えています。 そして、健康な部分は、「いや〜、健康ですなあ。」と誉めてあげるので す。健康な部分をブスブス刺すのは、ヤブ医者です。
 また、その刺し方ですが、ジワジワ刺していくのは、あまりいい方法では ありません。私が沖縄で素潜りの漁師をしてた頃、魚をシメる際は、ジワジ ワやらずに一気に殺してました。その方が、魚も苦しまずにすみますし、味 も美味しいのです。刺すのであれば、きっちりしっかりきれいに刺してあげ るべきです。それが、いい医者(いい批評家)です。
 そういう意味で、Sakaiさんは、ヤブ医者だと思います。刺す必要のない 健康な部分をブスブス、そして、ジワジワ刺して、本来刺すべきところには 手をつけていません。これでは、患者(批評される側)がかわいそうです。
 そして最後に、Sakaiさんの文は、彼自身にとってもマイナスだと私は思 います。このままでは、彼は、読者にも批評される側にも歓迎されない批評 家になります。
 Sakaiさんが、演劇に関してある程度の知識を持っていることはよく分か ります。今回の批評文の中でもいろいろと細かい点に批評の手を伸ばしてい ます。ただ、今の段階では、その知識が彼の足を引っ張ってるような気がし ます。
 批評するのなら、まず最初に全体の大きな流れを掴むべきです。細かいこ とはその後です。しかし、Sakaiさんは、その細かいことにこだわりました。 つまり、「木を見て森を見ず」状態だったのです。なぜなら、彼には、木の 一本一本が良く分かるからなのでした。
 木を語るだけなら、単なる「物知り」です。批評家なら、まず森を語るべ きです。その森は、どんな森か。他の森とどう違うのか。それを読者に分か りやすく語るのが批評家の役目です。
 そんなわけで、今回のSakaiさんの批評は、誰にとってもプラスにならな い、批評らしくない批評だったと私は思います。
 いやいや、偉そうにグダグダと説教タレてしまいました。「そんならオ メエが批評してみろ。」と思われた方もいることでしょう。
 そうですよね。ここまでグダグダぬかすのであれば、私が最初に批評し てみるべきなのかもしれません。
 そしたら、こういうのはどうでしょうか。今度、日本人による劇がある時 に、Sakaiさんと私が、このNuts上でその劇を批評するのです。なかなかお もしろい案でしょ。
 以前、林道郎さんという方が、OCSニュースにアート批評を書いてまし た。非常にすばらしい批評家でした。なによりもまず、林さんの批評文は おもしろかったのです。それは、私のようなアート音痴でも「おっもしれ えなあ。」と感じられるような文章でした。できれば、第二の林さんみた な人が出て来て欲しいと私は思うのでありました。
 いい批評家たち、出てこい、出てこい。
 そんなとこです。
 では。                    編集人
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『VOICE』

@日本人男性にラテン(中南米)女性が合うのではないかという話。私 (は女性ですが)もそんな気がします。アメリカで生まれたラテン系女性 というより、特にラテン諸国から来た女性です。
 というは・・・先日メキシコに行った時のこと。メキシコシティを歩い ていると、街中のいたるところに女性の子連れホームレスがたくさんいる のに気付きました。少女のような女性が生まれたばかりのような赤ちゃん に乳をあげながら、1ペソ(15セントくらい)でもいいから恵んでくれ と道行く人に懇願していたり、母親のまわりを囲むようにして座っている 4人の子供が観光客に、彼らの食べているファーストフードのフレンチフ ライを泣きながらねだっていたり・・・そんな光景をあちこちで見かけま す。
 「オイオイ、お父さんは何してるのよ、あんなに子供作っといて」と言 う私に、現地に住んでいる友達(日本人男性)が言いました。「ハハ、 お父さんは逃げちゃったの。つきあってる女に子供ができたら、ハイ、そ れまで、って捨てちゃう男が多いからね」。ニューヨークに帰って、エク アドル人(女性)の友達にそのことを話したら、「あーら、そんなのメキ シコだけじゃないわよ。エクアドルだって同じよ。結婚してなければ、 『何、妊娠した? バーイ!』てなもんよ。女は墜ろせなかった乳飲み子 を抱えて路頭に迷うってわけ」。もちろん、ちゃんと責任をとる男性もい るだろう、でも、ラテン男性はスィートで情熱的だけれど、恋愛、結婚に 関しては身勝手な人が多いらしい。「じゃ、デイトレイプで訴えたり、合 意の上で離婚しても、女が慰謝料をガッポリ取れたりするアメリカなんて 天国ね」と言う私に、「ほんと、その通りよ」と彼女はうなづいていた。
 だが彼女は、アメリカにいるラテン女性にとって、誠実で、安定した収 入のある、いわゆるちゃんとしたアメリカ人男性と結婚するのは簡単では ないという(これは、ラテン系だけに限らず、アメリカ人女性にも言える ことかもしれないけど)。そこへ行くといいかげんなヤツが少ない日本人 は、ラテン女性にとって好感度が高いようだ。「お金はちゃんと稼いでく れるし、誠実だし・・・家事は女がすべきとか、たとえ同じように封建的 でも、それに加えてチャランポランなラテン男よりはいいかも」と彼女は 言う。ラテン女性は背の高さも東洋人なみで、そんなに高くない人が多い ところもプラス要素だと思う。ちなみに、前述のメキシコ在住の友人(日 本人男性、日系企業駐在員)は、現地でラテン女性にモテモテ。高給取り の外国人駐在員ということもあって、多くの女性から結婚を迫られてこまっ ているそうだ。
 だが問題はキッカケ。「ラテン女性が日本人男性と知り合うチャンスな んて、まずないわね」と友達は言う。よく「ロシア人女性をアメリカ人男 性に紹介します。」「アメリカ人男性とアジア人女性が出会う会」なんて 広告を見かけるが、ラテン女性と日本人男性のマッチメーカーが現われた ら成功するんじゃないかな。
                      ナッティより
@編集人です。
 最近、投書が少ないのであります。皆さん、このNutsが投書を受け付け ていることをお忘れになったのではないでしょうか。私がひとりでガンガン 書いているのは、私が書きたくて書きたくてしょうがないわけではなく、 投書がこないからなのであります。
 というわけで、投書を募集します。よろしくね。
 今週は、こんなところですな。
 では、また来週。            編集人
@「本のお買い物の問題」である。
 先週の木曜日の夜、うちで夕飯を食ってる時に、かみさんが突然こんな ことを聞いてきた。
 「ねえ、アンタ、今度、日本語の本買って来てくんない。」
 いきなり何を言い出すのかと思いながら、私は聞き返した。
 「日本語の本なんか何すんのよ。」
 「市立図書館が新しい日本語の本を入れたいらしいのよ。でも、日本語 読める人がいないから、アンタに頼んでんの。」
 うちのかみさんは今、ニューヨーク市立図書館で働いている。
 「でも、買うっていっても、どうせ2、3冊だろ。だったら、紀伊國屋 に行ってチョチョイのチョイって買ってくりゃいいじゃねえか。自分たち でやりな、自分たちで。」
 「千ドル分よ。」
 「へ?」
 「日本語の新刊を千ドル分買って来てほしいの。」
 「せ、せ、せ、千ドル分ですか?! ホントに、せ、せ、せ、千ドル分で すか?! すいませーん、私にやらせてくださーい。」
 「チッ、そう言うと思ったよ。」
 てなわけで、私は、ニューヨーク市立図書館のために日本語の本を千ドル 分買う(正確には「選ぶ」)ことになったのである。
 かみさんよると、市立図書館では、今回、マンハッタン、ブロンクス、 スタッテン・アイランドにあるいくつかの図書館の日本語のセクションに、 最近出版された日本語の新刊を加えたいらしい。そこで、この私に白羽の 矢が立ったというわけだ。
 本を買いに行くにあたって、私は図書館側の担当者と電話で話した。 その人が言うには、大体40〜50冊ほどのハードカバーの新刊を選んで 欲しいとのことだった。その中の70%はフィクション、30%はノン フィクション。宗教関係はナシ。できれば何か賞を取った本がご希望らし い。すばらしいではないか。
 また、その人から去年の12月、そして、今年の4月に買った本のリスト も送ってもらった。これがアナタ、すさまじい量、買ってるのよ。毎回、 千ドル以上のお買い上げ。年に4回、日本語の新刊をこの調子でドッサリ 購入しているらしい。いやいや、ニューヨーク市も金持ってますなあ。
 ちなみに、うちのかみさんはスペイン語の本の担当で、毎月約2千ドル 分の本を買いまくっているという。「インターネットを使ってスペインに オーダー入れたりすることもあるのよ。」とか偉そうに言っていた。おめ え、しっかり考えながら買っとるんだろうな。
 そんなわけで、「どれ買おうかなあ。でも、自分の好みで買うのもアレ だし、かと言ってやっぱり自分の色も出したいところだし、う〜ん、ひろ ぴー困っちゃう。」などと考えながら、先週の土曜日の朝、紀伊國屋の 開店と同時に、私は本選びに取り掛かったのである。
 この「本のお買い物」に際し、私は自分の中でいくつかの決め事を作っ たのである。
 まず第一に、1、2年後には誰も読まなくなるような本は買わないとい うこと。
 例えば、インターネットなどに関する情報は、日々ガンガン変化してい るわけだから、それらについての本を買っても、来年には内容が古すぎて 誰も読まないのである。
 だから、そういう「水もの」は選ばない。
 次に、日本人が書いたニューヨークに関する本(ガイドブック以外)は、 できるだけ買うということ。
 ニューヨークに住む日本人は、ニューヨーク本がお好きらしい。その 証拠に、ここの日系古本屋の本棚には、ニューヨーク本たちがズラリと並 んでいるのである。
 皆さんご存知の通り、ちまたにはニューヨーク本が溢れている。でも実 際、それらの本は大しておもしろくない。なぜなら、そういう本のほとんど は、ニューヨークに住む私たちにとって当たり前のことを当たり前に書いて あるだけだからだ。
 また、ニューヨーク本の著者の中には、「ウソ」を堂々と書いている愚か 者もいる。そして、それをウソと知らずに読んでいる人たちが、日本には山 ほどいるのである。
 つまんなくて、時々ウソもあるニューヨーク本。しかし、ニューヨークに 住む多くの日本人は、こういう本を買うのである。「ケッ、こんなの当たり 前じゃん。」とか、「こいつ、ウソ書いてやがるぞー。」などと馬鹿にする ために買っているかどうかは、私には分からない。もしかしたら、真剣に、 「もっとニューヨークについて知りたいざます。」などと考えて買っている のかもしれない。
 人々はニューヨーク本を読む。だから、私は買うのである。
 決め事の最後は、マイナーでもいい本なら買うということ。
 ここは、ニューヨークである。日本に比べると、日本語の本は極めて手に 入りにくい。特に、マイナーな本には、なかなかお目にかかれない。
 確かに、マイナーな本を置いてる本屋さんもある。しかし、本屋さん側に とっては、ここの日本人の数がある程度限られているため、マイナーな本を 山のようにオーダーするには、かなりの勇気を必要とする。よって、そうい う本は、どうしても少なめのオーダーとなる。で、なくなったら、通常それ で「ハイ、サヨウナラ」なのである。
 そのようなことを考え合わせると、「そしたら、図書館には、マイナーな 本もキープしたいわね。」ということになるのだ。
 ただ、図書館側の担当者から「ベストセラーを中心に」というご注文が あったから、大部分は有名な著者の本、あるいは、最近話題の本を選ぶこと になるだろう。でも、できれば、何年たっても読みごたえのあるようないい マイナー本を数冊含ませたい。私は、そこに自分の色を発揮しようと決めた のである。
 以上が3つの決め事よ。
 ところで、私は、どちらかと言うと、「ノンフィクション好き好き」派で ある。大学での専攻がジャーナリズムということと、このNutsのような「ノ ンフィクション(そんなたいそうなもんでもないけどね)」型ひとりごとミ ニコミをやっているせいもあって、どうしても興味がいくのは、「ホントの こと」本関係だ。
 ただ、小説にまったく興味がないわけではない。毎日、日本の新聞を読む 時には、新刊小説の広告などはじっくり見るし、書評コーナーなどにも一応 目を通している。自分で言うのもなんだが、今が旬な本は、とりあえず掴ん でいるつもりだ。
 とは言え、今回のお買い物は、「フィクション70%、ノンフィクション 30%」なのである。これが反対だったら、ずっと楽しかったのになあ。
 なにはともあれ、私の「本との格闘」は、土曜日の朝10時にスタートし たのである。楽しいどころか、これがすんげー大変だったのである。
 続きは、来週にでもお話しすることにしよう。
                         ひろ
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『今週の歌』

「ニッポンで 不倫がブームと 言う我に
       ”やったら切るよ”と 股 ニラむ妻   ひろ」
    

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Hiroyuki Takenaga ---hiro@interport.net


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