1997年7月8日号(No.174)
Nutsの表紙です
目次
*『不倫について』
*『VOICE』
・投書「Mr. Nick Sakaiへの返事」
・ひとりごと「続本のお買い物の問題」
*『今週の歌』
☆☆ 投稿募集中「Nutsにボツという文字は存在しないざます。」 ☆☆
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『不倫について』
さて、今回は「不倫」についてグダグダとお話ししたいと思います。
日本では、つい最近まで「失楽園ブーム」なるものがあったようです。こ
れは、作家の渡辺淳一さんが書いた「失楽園」という不倫小説、それと、そ
の本を元にした同名の映画の2つが原因となったブームでして、その後、週
刊誌や雑誌上でも不倫話の大売り出し状態になったのでした。まあ、ある意
味で、日本中が「不倫、不倫」と騒いでしまったのですな。
私が生まれて初めて接した「不倫」は、「金曜日の妻たち」というドラマ
でした。あれは、私が中学生の頃でしたね。
そのドラマの中では、いくつかの不倫が繰り広げられておりました。それ
を見て、中学生の私は、思ったのです。「こんげろたちゃ、ボンクラじゃな
かろか(熊本県八代弁)」。標準語に直しますと、「この人たち、アホじゃ
ないの」。
その時の私には、不倫をやってる大人たちというのが、まったく理解でき
ませんでした。なぜなら、不倫というのは、竹永少年にとって、まったくス
ジの通らない行為だったからです。不倫するぐらなら、ダンナ、あるいは、
かみさんと別れればいいわけですし、それができないのなら、最初から不倫
などすべきではありません。また、いろんな人を愛したいのであれば、結婚
しなければいいのです。そのドラマを見ながら、14、5才の私は、そんな
ことを考えてました。
それから10数年が立ちました。わたくしも、すでにオジサンになろうと
しております。しかし、私の不倫に対する考えは、まったく同じなのであり
ます。私は今でも、不倫というのは、まったくスジの通らない行為だと考え
てます。そして、日本における不倫は、日本人の「なあなあ」性というのを
よく表わしてると思うのです。
今回、私は、不倫にケンカを売ろうとしております。なぜなら、私は、
「スジが通らないこと」が嫌いだからです。先にも書きましたように、不
倫には、論理性はありません。スジがプッツンプッツン切れておるのです。
また、昔から不思議に思ってたのですが、日本では、不倫が市民権を得て
いるような気がします。つまり、その国民によって、なんとなく受け入れら
れているような感じがするのです。基本的に、私たち日本人は「なあなあ」
ですから、それも分からないこともないのですが、不倫のような「不健康」
な人間関係をなんなく腹に抱えてる間は、日本という国はホントの意味で
「健康」にはなりえないのではないかと、私は考えるのであります。
それに、日本人も、いつまでも「なあなあなあなあ」しているべきではあ
りません。もっと白黒つける能力を持つべきです。そんなら、日本人の「な
あなあ」性が、すんごくよく表われている「不倫」から、取り組んでみよう
でないの。
ついでに、日本のオフィス・ワークの生産性が諸外国に比べて低いのは、
不倫が原因ではないかと私は考えます。まあ、他にも、いろいろと原因らし
きものがあるとは思いますが、不倫が、その生産性の低さに力強く関与して
ることは、否定できないのではないでしょうか。だって、仕事場で、「みん
なにバレたら大変。」とか考えながら、変によそよそしく振る舞ったりし
て、でも、ちょっとしたスキにメモ渡して、それに「今夜9時にいつもの場
所で。」なんて書いてあって、またそのメモを何気なくポケットに入れたり
して、そんなことに気持ちのエネルギーを使ってるんだから、作業効率なん
か上がるわけないざますよ。
そして最後に、不倫は、まわりの人間を不幸にすることはあっても、幸せ
にすることはありません。下手すると、当人たちまでも不幸にしてしまうパ
ワーを持っています。こういう怪獣は、やっつけるに限ります。
以上のような理由によって、私は、不倫にケンカを売りたいと考えるので
あります。
ぶっちゃけた話、不倫やってる人たちも、そんなこと、つまり、不倫はス
ジが通らないだとか、「なあなあ」だとか、不健康だ、などということは、
よ〜く分かってると思うのであります。でも、やめられない。それは、なぜ
か。
私が考えますに、日本の言論界には、「アンタ、不倫やっとんの。スジの
通らん”なあなあ”なやっちゃねえ。アホちゃう。」という議論はありませ
ん。不倫についての小説や映画、ドラマなどを「よかよか。」とたたえる論
調しか存在しないのであります。つまり、不倫を抑制する機能みたいなもの
が、日本にはないんですな。だから、多くの人がいつまでもダラダラ不倫し
てるのです。
ちなみに、アメリカでは、その抑制する役目を「宗教」が背負っておるわ
けですが、日本には、そういう意味での「宗教」はありません。だから、言
論界の”一部”が気合を入れて「不倫はいかんよ。」と言うべきなのです
が、まったくやろうとしないのです。その結果、不倫に関する議論が生まれ
ず、人々は、ただ流されるようにズルズル不倫してしまうのです。まあ、
「なあなあ」な国の「なあなあ」な言論界に期待するのが間違いなのかもし
れませんが・・・。
そんなわけで、日本の貧弱な言論界は置いといて、そこから遠く離れたこ
こニューヨークで、「不倫」に関する議論を始めようというのが、この文の
目的なのであります。
ところで、日本では、「不倫反対!」などというと「まあ、清く正しいマ
ジメなお方だこと。」と捉らてしまう傾向があります。また、今回、私が書
いたことなどを読んで、「この人、欲求不満なんじゃないの。」「自分が不
倫できないからこんなこと書くんじゃない。」というような感想を持つ人も
いると思います。つまり、この「不倫」議論を非常に個人的なレベルで解釈
してしまうのです。すると、その議論は、おそろしく小さなものになってし
まうのであります。
私が不倫とケンカしたいのは、そういう小さな土俵の上ではありません。
「なんで日本人は不倫が好きなのか」「日本人は不幸せな自分を見るのが好
きだから不倫するんじゃないか」「日本人は基本的にネクラスケベなので
は」「みんな、政治が”なあなあ”だったら文句言うのに、不倫みたいな”
なあなあ”ならOK。一貫性がないんじゃないか」「日本人って、意外と暇な
んじゃないか。だから、不倫なんていう生産性の低いことをやるのでは」
「不倫するくらいなら離婚してサッパリすればいいのになかなかできない。
それはやはり日本ではまだまだ離婚しづらいからか。だったら、もっと離婚
しやすくしたほうがいいのではないか」などという点について議論してみた
いのであります。
また、不倫擁護派からは、「不倫して、どうしていけないのか」「もとも
と愛に論理性なんかない」「人に迷惑かけないならいいのでは」「結婚とい
うシステムに問題がある」「不倫は、みんなで良いの悪いのなどと議論すべ
きテーマではない」などという声が来てくれればなあ〜と考えております。
いかがなものでしょう。不倫に関する議論、みんなで始めてみようではあ
りませんか。
そんなところです。
では。 編集人
********************
『VOICE』
@Dear Nick Sakai(NO.171)
私の1回目の投書(NO.169/編集人あて)に反応頂きありがとうございま
す。O.J.が殺人罪から免れたのは、もちろん" Money "のおかげである事は、
世間も承知の事です。Will Kennedyのレイプ疑惑だってそのいい例ではない
かと言われていますが、O.J.のケースは、" Class "にプラスして、" Race "
が重くのしかかっているという事を私は言いたかったのです。
Black Jury<編注:黒人の陪審員>の人々は、この一件をO.J.の事件として
よりも、自分たちの未来(又は、Self-Esteem<自尊心>?!)を反映して
Verdict<評決>を下だしたとも考えられるような気がするのです(もちろん、
そんなVerdictは、Jury Guideline<陪審員のガイドライン>からは逸脱して
ますが)。
私がNO.169号で問いかけたかったのは、Mr. Sakaiの言っている教育/地
位/お金のある層の人間をとりたてて指している訳ではなく、Low Incom<
低所得者>も含めた全体を指しているという点に誤解が生じたようですが、
一般に人種間の隔たりは今後も無くなる事はないだろうという見解をする人
が多くを占めています(もちろん、クラス間の差も今後ますます出てくる
為、もっと複雑になってくるのでしょうが・・・)。
クラスが下がる程、上からのプレッシャー等もあり、人種に対する意識も
強く出てくるかも知れませんが、KKKやSkin Head等のような極端なHate
<嫌悪>的な行為には出なくても、もしも自分がJury<陪審員>に選ばれて、
容疑者のアリバイが多少なりともグラついたとしたら、自分と同じ人種で
ある容疑者の側に立とうとするものなのか、それとも自分の正義感に頼っ
た、偏見を無視した判断を下だせるのか・・・と問いたかったのです。
Verdictの瞬間、私の働いてる職場のBlack Americanの女子社員たち
は、" Not Guilty<無罪> "のアナウンスと同時に喚声をあげて、飛びあがっ
て喜びあっていましたが、ヒトが2人殺されている事実、殺された Nicole
Brown は、O.J.に暴力を振るわれ続けていた事実等は、明かるみになって
いながら、何がそんなに嬉しいのか・・・私にはわかりません。
人々は、自分をもち上げるためには、モラルも何もなくなってしまうの
でしょうか・・・・。
Keikoより
@「続・本のお買い物の問題」である。
先週話したように、今回、私はニューヨーク市立図書館の依頼により、
日本語の新刊を千ドル分買うことになったのである。
では、場面をその日の紀伊國屋に移そう。
開店直後の朝10時過ぎ、選んだ本を乗せるためのカートを紀伊國屋さ
んから貸りた私は、早速、本選びに取り掛かった。
目標数は、50冊。それも新刊のみ。ちなみに、市立図書館側が最後に
日本語の本を買ったのが、今年の4月である。それ以降に発行された本の
中から50冊を選ばねばならないのだ。
本選びに際しての決め事は3つ。「内容がすぐ古くなるものは選ばない」
「日本人が書いたニューヨーク本はできるだけ買う」「いいマイナー本を
数冊買う」である。
まず、私は、最近出版された本が並んでいるコーナーから物色し始めた。
結構有名どころが並んでいる。村上春樹の「アンダーグラウンド(講談
社)」、筒井康隆の「邪眼鳥(新潮社)」、椎名誠の「本の雑誌血風録
(朝日新聞社)」などなど。それらをまずカートに乗せる。
他にもいろいろある。牛島信の「株主総会(幻冬舎)」、津本陽の「草笛
の剣・上下巻(読売新聞社)」、大沢在昌の「涙はふくな、凍るまで(朝日
新聞社)」。それらもカートに積み込む。
インターネットものもいくつか目についた。でも、買わない。来年には、
ほとんど意味がなくなる本だからね。
とりあえず、最近の新刊を手当たり次第、選んでみたのだが、結局集まっ
たのは、10数冊だった。よく考えてみたら、4月以降の数ヵ月間に、単行
本の新刊が50冊も出ているのだろうか。日本ならまだ50冊見つけられる
可能性があるかもしれない。でも、ここはニューヨークよ。いやいや、大変
なことになって来た。
次は、ノンフィクションのコーナーである。
先週も書いたように、私はもともと「ノンフィクション」派の人間であ
る。であるからして、ノンフィクション選びには、当然、気合が入る。
まず、俵万智の「チョコレート革命(河出書房)」を見つけた。俵万智の
短歌集第3弾である。ケッケッケ、これはどんなことがあっても買うのだ。
最近出版されたニューヨーク本もあった。河野多恵子の「ニューヨークめ
ぐり会い(中央公論社)」だ。タイトルはイマイチだが、ニューヨーク本に
しては、めずらしく、おもしろそうな本である。挿し絵もなかなかだ。買い
ましょ、買いましょ。でも、タイトルは、やっぱりダサいのう。
藤岡信勝の「汚辱の近現代史(徳間書店)」。例の「慰安婦問題を教科書
から削除しろ」運動の親分が書いた本だ。タイトルを見ればよく分かる。一
応、ちまたを騒がしてる本であるから、これも買う。でも、バランス上、逆
の意見の本も買うべきである。つまり、「慰安婦問題を教科書から削除する
な」運動側が出版した本である。
ところが、これが見つからない。「きっとあるはずだ。」などと思いなが
ら探したが、見当たらないのである。
ちとバランスに問題があるが、とりあえず「削除しろ」側の本だけカート
に乗せる。
ノンフィクションを選ぶのは、やはり楽しい。「これもいいな、でもあれ
もいいな。」てな具合である。しかし、ノンフィクションは、全体の約30
%くらいに抑さえなければならない。いや〜ん。
で、今度は、小説のコーナーである。
話題になってる新刊小説は、ほとんど選びきった。あとは、有名どころが
書いた本を丹念に選んでいくしかない。
今現在、旬な作家といえば、村上春樹、村上龍、柳美里、辻仁成、林真理
子などである。まず、彼らの本をチェックする。
同時に、年配の方にも読める本(例えば、時代小説もの)も選ぶ。童門冬
二の「維新前夜(講談社)」、羽山信樹の「信長豪剣記(講談社)」などな
ど。それと、吉行あぐりの「梅桃が実るとき(文園社)」。NHK朝のドラマ
「あぐり」の原作である。
その他に買った本をご紹介すると、ハードボイルド系で船戸与一の「蟹喰
い猿フーガ(徳間書店)」。いきなり柔らかくなって、群よう子の「挑む女
(文春)」。中島らもの新刊をぜひとも買いたかったのだが、見当たらな
かった。残念。
「いいマイナー本を買う」という作戦だが、今回は、ノンフィクション系
から数冊選ぶことにした。
東京HIV訴訟原告団の「薬害エイズ原告からの手紙(三省堂)」。重い
テーマの本である。次に、瀧飲隆浩の「宮崎勤精神鑑定書(講談社)」。
これも重いわ。そして、井口俊英の「告白(文春)」。例の大和銀行事件の
主役が書いた本だ。おそらく記録としての意味があるだろう。
そんなこんなで、50冊が勢ぞろいした。自分で言うのも何だが、なかな
かいい本が集まったと思う。紀伊國屋の皆さんにもいろいろとご助言いただ
いた。
いろんな人が読めるような本を選ぶというのは、とてつもなく大変な作業
である。自分の趣味で選べれば、こんな幸せなことはないのだが、実際は、
「ニューヨークに住む約10万人の日本人の趣味」を考えながらの選択とな
る。1冊1冊選ぶ毎に、「これって、大丈夫かしら。」とその本をにらみつ
けながら吟味するのだ。疲れるったらありゃしない。
ちなみに、これらの本が図書館の本棚に並ぶのは、今から数ヵ月後であ
る。それまでは、じっと我慢よ。
これまたちなみに、53丁目の5番街と6番街の間にある市立図書館の3
階には、日本語の本のコーナーがある。蔵書数は、約3500冊。かなりの
ものである。
ただ、そこでの私語はつつしむように。あそこの図書館には、いきなり日
本語で「チョット、スイマセン!」と怒鳴る図書館員がいるからだ。
その日本語を誰が教えたかは、また別の問題である。
ひろ
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