1997年7月22日号(No.175)


                     Nutsの表紙です



目次

*『グリーンカードへの道』
*『VOICE』 ・投書「NO.173の”批評について”を読んで」 ・投書「同じモノが出る?」 ・投書「NO.174の”不倫について”を読んで」 ・ひとりごと「NYの日本語フリーペーパー(ミニコミ以外)の問題」
*『今週の歌』
☆☆☆ 投書募集「書きたいことだけ書いてね。」 ☆☆☆
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『グリーンカードへの道』

 さて、「グリーンカードへの道」なのであります。
 わたくし、来月、グリーンカードのインタビューを受けることになってお ります。そのグリーンカードのインタビューまでのドタバタを、今週から数 回に渡って、ノンフィクション調にまとめてご紹介します。その名も「グ リーンカードへの道」。
 最初の場面は、去年の11月、ダウンタウンの移民局。お楽しみいただけ れば幸いです。
 では、始めましょう。           編集人 
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「グリーンカードへの道・第1話」
 その日はやたらと寒かったような気がする。雨も降ってたな。
 「すんげえ並ぶよ。」とみんなに脅されて来た移民局。やっぱり、そのビ ルの表玄関前には、見るからに「移民ルック」の人たちが列をなしていた。
 でも、私は、その列には加わらず、もうひとつの入口に向かった。友達の 弁護士に教えてもらった進入方法だ。ソーシャル・セキュリティーの件で用 のある人たちが並ぶ入口である。大して待つことなく、なんなくビル内に進 入した。
 この日、私が移民局を訪れたのは、グリーンカードのインタビューの日付 をもらうためだった。通常、そこまで行くのに2、3ヵ所に書類を提出し、 パスしなければならないのだが、それはすでに済んでいた。その友達の弁護 士がやってくれていたのだ。私の使命はインタビューの日付をGetすること のみであった。
 私がその列に加わった時、私の前にはすでに22名の人たちが立ってい た。つまり、私は23番目。「結構、いいんじゃない。」などと考えなが ら、私は買ったばかりの日本語の単行本を取り出し読み始めた。その時、 午前8時32分。
 その本の約4分の1を読み終えた時、まわりの状況が、ちと変であること に私は気がついた。私の前にいるはずの22名の人間たちが、列を乱して思 い思いのことをやり始めていたのである。
 ある人たちは、まるで旧知の友人のようにくっちゃべっている。また、別 の人たちは「ねえねえ、あの娘カワイイよな。」なんてふうにナンパの準備 を整えている。そこには、緊張感らしきものは、まったく存在しなかった。
 「なんじゃ、こいつらは。移民としての心構えができとらんのう。」など と考えていると、突然、警備員の兄ちゃんが、列の頭の方から何やら質問し 始めたのである。
 質問の内容はこうだった。「書類、いくつ持ってる?」
 「そんなもん、ひとつに決まっとるだろうが。」などとひとりごとを言い ながら、他の人たちの答えを聞いていると、なんと「4つ」とか「5つ」な どと言う人間がゴロゴロいるのだ。おめえら、なんで4つも5つも書類持っ とるんじゃ。
 理由はすぐに分かった。私の前に並んでいたのは、すべて弁護士事務所か ら送られてきた人たちだった。彼らは毎日ここに来て、こういう感じで自分 の番がくるのを待っているのだ。インタビューの日付をもらうのが、彼らの 仕事というわけである。だから、みんなお互いのこと知ってて、ナンパの準 備なんちゅう緊張感のないことやっていたのだった。
 私の周りで、弁護士事務所を通さずに、自力でインタビュー日をGetしに 来たのは、私だけのようだった。「ははー、そういうわけかい。」ととりあ えず納得し、私は再び本を読み始めた。
 私の番が来たのは、午後3時を少し過ぎた頃だった。ススッと窓口に歩き 寄り、持参した書類を提出した。担当のおばちゃんは、どこから見ても韓国 からの移民だった。その英語にも韓国なまりがピリリと効いていた。
 彼女の態度は、極めて良かった。そして、インタビューの日付を書類に書 き込んだ後、ニコッと笑いながら、それを私に差し出した。
 その日付を確認しながら私は言った。「サンキュ−」。
 インタビューの日が決まった。移民局のビルを出て、私は公衆電話を探し た。かみさんに電話するのだ。
 1ブロック向こう側に公衆電話を見つけた。ポケットの中のクオーターを 確認しながら、私は早足で歩き始めた。
                        Hiro
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『VOICE』

  @「7月1日号(NO.173)”批評について”を読んで」
 はっきり言います。竹永さんの言うこと、全くその通りです。あの批評、 筆者自身としても非常に後味の悪いものになってしまいました。本当のこと をいうと私自身Yukoさん(編注:演出家の浜田裕子さん)のことを個人的に 知っていて、おまけに去年のパート1に関してはハウスマネージャーを担当 しており(クリエイティブな点には関わっていない)、多少あのショーに関 しては個人的な思い入れがあったのは事実です。だから「しっかりきれいに 刺せなかった」のです。でもこれは読者に失礼ですよね。
 基本的に批評はまだそのショーを見にいっていない人に対して、果たして そのショーが金を出して見にいくだけの価値があるものかどうかというのを 伝えるのが最大の目的です。だから演劇・映画の場合、批評はオープニング 直後に出ます。台本、演出、俳優、全てが批評の対象になります。悪い批評 だったら1日2日でクローズです。ただでさえ物価の高いニューヨーク、誰 が悪い批評のショーを金を出してまで見にいきますか? 例えそれが新進演 出家のものだったとしても、お金をチャージする以上、それらしく批評の対 象になるのは当たり前でしょう。
 私自身俳優として自分の出演した舞台がニューヨーク・タイムズの批評に 出たことがあるからわかるけど、批評される側としてはこんなに怖いことは ないですよ。誉められたら最高だけど、けなされたら堪えられないですか ら。また、けなされたからといってそれは決して演出家、俳優として劣って いるという意味ではなく、たまたまそのショーでは良くなかったというに過 ぎない。でも、けなされたらやはり精神的な痛手は大きいです。でも、そこ をくぐり抜けるのがプロというものだと思っています。それがいやならやめ てしまえばいいだけの話。
 さて、今回批評の対象になった劇は17ドルというこのレベルにしては法外 と言っていい値段をチャージしてました(去年のパート1は妥当な12ド ル)。私はどちらにしろタダで見たのですが、これ、私ならお金出しませ ん。その点正直に言うべきだったのです。「いや〜、健康ですなあ」と誉め てあげられる部分がほとんどなかったんですから。あったとしたら数人の俳 優と「いや〜、2作目がんばりましたなあ」位のものです。でもそれで17ド ルは高いですよ。でもそこまで言ったら見にいくなと言うも同然で、私も人 の子、彼女の作品にそれは言いづらかったのです。でも批評家としてこれは よくないな。逆に完璧な作品を見た時って演出がどうの演技がどうのって所 に目がいくわけないんですよ。「これええわあ」の一言です。
 彼女がパート3を来年計画していることはわかっているので今から言いま す。もし次作が今回のレベルだったら私は演出、台本、演技、全部メッタ切 りにします。「金の無駄」とはっきり言います(でも是非「これええわあ」 と言いたいもんだね)。同じように私が今度舞台に出たときもひどかったら 「最低!」と言って欲しいからね。
 そもそも私が批評を始めた理由は以前ここで誰かが「日本人が劇を作った ところで同じコミュニティーでなあなあになってしまう云々」と言っていた ことに対する答えとしてだったのです。見てる人はちゃんと見てるよとい う。それにはやはりプロである私が始めなきゃね。読売アメリカでは大平和 豊氏が書かれているようだけど、20、30代の日本人ニューヨーカーなら やはりここNutsでしょう。竹永さんとジョイントで批評するの、面白そうだ から竹永さん、今度ゆっくり話しましょう。
 しかし最近2、3年前に比べると出たいと思えるような面白そうな舞台プ ロジェクト、少ないな。あったとしても私に合ってなかったりして。ソープ オペラは小さい役でもお金がいいから文句言えないけどそれだけじゃあ、ね え。
                 Nick Sakai(NKSK@aol.com)
@つまらない事で恐縮ですが。
 私と主人もほとんど同じ食の好みで、同じものを食べる日がありますが、 ガスはもちろん実の方も、状態、臭いとも違います。
 私たちの場合、考えられる事は、私が便秘がちなため、LAXATIVE(便秘 薬)を使う事が多く、その為、違うものが体内で合成されるからだと思って ます。
 ちなみに、多くのレストランでは、朝から夜まで勤務時間が長く、従業員 たちは、同じ昼食、夕食をとり、同じソーダを飲みまくり、同じようにつま み食いをするわけで、よく”同じ○○○が出る”と私は冗談で言ってます。
 でも、実際はどうなんでしょうか。検証したくもありませんが・・・。
                  Sakura
@拝啓
   先週号(NO.174)の「不倫について」を読んで書いています。
 実は、私は20代の大半(7年間)を”不倫”に費やしたバカ者です。当 時の私(21歳)は、本気の恋愛に傷つき臆病になっていたので、つい1 歩、2歩と踏み込んでしまいました。途中、相手と別れて普通の恋愛をした のですが、職場が一緒だったので、横槍を入れられ、結婚まで考えてくれて いた人は私から去り、また元にもどってしまいました。
 そして、相手は私と一緒になりたいと言い始め、海外赴任も手伝って事実 上妻とは別居、私と同居状態になったのですが、2年、3年過ぎても離婚す る努力や話し合いをする様子もなく過ぎました。
 4年、5年が過ぎ、相手の誠実さに疑問を持ち始めた頃、ある人と出会い ました。その人は、恋愛関係におけるFAITH(編注:信頼)とCOMMITMENT (編注:誓約)について教えてくれました。そして、私の不倫関係に激怒し ながらも私をそこから救い出してくれました。今では夫として見守ってくれ ています。
 今思うと、不毛な事に7年も使ってしまったと、思い出すのも嫌です。そ して、相手が持っていた家庭を無視していた私も、今家族のすばらしさを知 り、大切に思うと同時に愚かだった自分を恥ずかしく思います。
 「なあなあ」性についても、私の友達たちは反対する様子もなく、認めて いる感じでした。江戸時代、不義密通は裸でさらされて打首だったとか。こ こまで行かずとも、皆で人の道にはずれる事には声を出して「いけない」と 言える様になるべきです。私は、自分自身の経験からそれを強く望み、私の 様なバカ者が減る事を願います。とても面白い記事をありがとうございまし た。
                     敬具                      匿名希望
@「NYの日本語フリーペーパー(ミニコミ以外)の問題」である。
 はっきり言おう。NYの日本語フリーペーパー業界は病んでいる。
 ここ2、3年の間に、NYの日本語フリーペーパーの数がグッと増えた。日 本食レストランなどに行けば、その類いのものが山ほど置いてある。
 増えるのは、いいことである。ここに住む日本人は、日本語が欠乏しがち だから、それはとっても喜ばしきことなのだ。
 問題は、その内容なのである。それらのフリーペーパーの中には、ごっつ い(ブ厚いという意味ね)モノも結構ある。でも、内容が空虚なのだ。 ちーっともおもしろくない。かえってミニコミの方がおもしろかったりす る。例えば、ごっついフリーペーパーよりも薄っぺらなミニコミを読む方 が、時間がかかることもあるのだ。これはやはり異常な状態である。
 確かに、彼らがやっているのは「ビジネス」である。内容はともかく、ま ず第一に食って行かねばならない。また、ここNYで日本語媒体で食って行く のは、すんげえ難しいことであるから、その点は、きっちり評価すべきであ る。
 でも、おもしろくないのだ。私が思うに、現在のNYの日本語フリーペー パーは、単なる「チラシの束」である。だから、読むのに大して時間がかか らず、目を通した後、心に”ヒュー”っとすきま風が吹くのだ。
 また、日本食レストランに行った時、鬼のように積まれたフリーペーパー たちを見ると、「これは、紙の無駄使い、自然破壊なのではないだろう か。」と私はさびしい気分になってしまうのである。
 では、なぜNYの日本語フリーペーパーはおもしろくないのだろうか。
 まず、彼らは紙面をうめるのにアタフタしているのである。溢れんばかり のアイデアを紙面にぶつけて行くのではなく、「今月のテーマは何にしよう かなあ。去年の今頃って何やったんだろ。面倒くさいから同じのにし よー。」てな感じで、使い古しのネタの積極的再利用ばかりしているのであ る。
 書き手も以前からいろんなところで書いてきた人たちを多用している。そ ういう人間たちに何を期待して書かせているのだろうかと、私はいつも不思 議に思うのである。おそらく、それらの書き手たちは「安全パイ」なのだろ う。そこそこのことをそこそこに書いてくれるからだ。でも、新しい切り口 やアイデアは、彼らからはなかなか生まれて来ない。だから、紙面が沈滞す る。まあ、今の日本とよく似てるけどね。
 おもしろくない理由のもうひとつは、ビジネスとか健康とか不動産情報と いうように、フリーペーパーの内容が偏(かたよ)り過ぎているという点で ある。
 NYの日本人人口は、約10万人である。100万人ではない。たったの 10万人しかいないのである。
 そのNYでビジネス関係の日本語フリーペーパーを月刊で1万部出すとす る。10万人に対して1万部。比率にして10%。日本の人口は、現在約1 億2千万。その10%と言えば、1千2百万。
 今、日本で出版されている月刊ビジネス誌を合計しても1千2百万部には ならないだろう。つまり、NYでビジネス誌1万部というのは、そこの日本人 人口に対して明らかに多すぎるのである。だから、多くのNYの日本人たち が、「ケッ、おもしろくねえなあ。」と言ってしまうのだ。
 勘違いのないように言っておくが、私は「だからやめちめー」とか「もっ と部数を減らせ」とか言っているわけではない。内容を「10万人対1万 部」に合ったもの、つまり、もっと一般色(”新聞”色と言ってもいい)の 強いものにしたらどうかね、と言いたいのである。
 先にも、また以前にも述べたように、NYの日本語フリーペーパーの数が増 えるのは非常にすばらしいことだと私は思う。私の彼らに対する基本姿勢 は、「行け行けー」である。
 ただ、単なる「チラシの束」であっては困る。いつも「ホームラン」でな くてもいいから、たまには「ヒット」級のネタを提供してもらいたいもの だ。
 ところで、その内容以外にも、NYの日本語フリーペーパー軍団への注文が ひとつある。
 フリーペーパーを出すのはいい。でも、出した後の管理もしっかりやって もらいたい。レストランなどに、がむしゃらに置けばいいというものではな い。たまには、それらの設置場所を回って、きちっと整理整頓すべきではな いか。その際、もしフリーペーパー置き場が乱れていたら、自社のものだけ でなく、その置き場全体を整理してあげるのが、場所を提供してくれてるお 店への礼儀というものだ。単なる置きっぱなしなら、それはやっぱり「チラ シの束」なのである。
 こんなちっぽけなミニコミやってる人間にこういうことを言わせるんだか ら、NYの日本語フリーペーパー業界というのは、ホントに病んでるのである ね。
                       ひろ
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『今週の歌』

 「バスルームの 床をふきふき 毛を集め
           見比べてふと 子の毛を思う  ひろ」

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Hiroyuki Takenaga ---hiro@interport.net


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