1997年8月5日号(No.178)
Nutsの表紙です
目次
*『不倫について2』
*『VOICE』
・投書「子供を何語で育てるかということ・マレーシアより」
・編集後記
・「グリーンカードへの道・第4話」
*『今週の歌』
*********************
『不倫について2』
さて、「不倫について」話の続きです。
先週号に掲載しましたAKIHIROさんの投書の中で、2つほどご指摘いただ
いたポイントがありました。今回は、それらについて、少しお話ししたいと
思います。
まず、私の「ついでに、日本のオフィス・ワークの生産性が諸外国に比べ
て低いのは、不倫が原因ではないかと私は考えます。」という意見に対し
て、「今回はちょっと勇み足だったような気がします。」というコメントを
いただきましたが、これは、本題の「不倫について」には大して関係のない
話ですので、ここではスキップします。
問題は、もうひとつのポイントです。その中には、かなりおもしろいテー
マがいくつか潜んでいます。
ちょっと長くなりますが、そのおもしろそうな部分をすべて引用します。
******************
それともう一つ。
『ちなみに、アメリカでは、その抑制する役目を「宗教」が背負っておる
わけですが、日本には、そういう意味での「宗教」はありません。だから、
言論界の”一部”が気合を入れて「不倫はいかんよ。」と言うべきなのです
が、まったくやろうとしないのです。その結果、不倫に関する議論が生まれ
ず、人々は、ただ流されるようにズルズル不倫してしまうのです。まあ、
「なあなあ」な国の「なあなあ」な言論界に期待するのが間違いなのかもし
れませんが・・・。』
この点についても「???」です。端的な例を申し上げましょう。あの
『マディソン群の橋』が出たときに、米国の宗教界が「不倫反対」「悪書の
出版中止」などと声を上げましたか? 米国の言論界が『マディソン群の
橋』を不倫小説という観点から、倫理的に宜しくないと責め立てるような議
論を起こしましたか?
問題はバカ売れした『失楽園』という不倫小説がたまたま過激な性描写を
含んでいてたために、その後に俗な雑誌や新聞が作り話である小説の実例を
現実世界に求め、便乗特集を組んで社会現象っぽく仕立て上げたからなので
は? しかも言論界にも宗教界にも、不倫行為を責め立てなければならない
義務などありません。それを今回の議論のように、日本社会の「なあなあ」
的体質を結びつけるのは、あまりにも話が飛躍しすぎているような気がしま
す。
******************
ここでは、AKIHIROさんのご指摘に直接答えるカタチではなく、上記の文
章の中に含まれるいくつかのおもしろそうなテーマに関する私の意見を述べ
てみたいと思います。
では、早速、私が「これは非常にいいテーマであるねえ。」と考えるもの
たちをご紹介しましょう。
1)アメリカの宗教界は、その国の不倫抑制に貢献しているか?
2)アメリカでは、不倫はどういうふうにその国民に受け止められているの
か?
3)アメリカに比べると、日本では不倫が蔓延しているのか?
4)日本の不倫は、単にマスコミが騒ぎ立てただけで、実際には、それほど
蔓延してないのではないか?
5)もし、日本の方が蔓延度が高いのであれば、その理由は何か?
6)日本の不倫は、その国の「なあなあ性」に関係しているのか?
7)不倫は、なにものかによって、抑制されるべきか?
8)日本には、不倫に関する議論が存在すべきか?
9)日本の言論界は、不倫についてガタガタ言うべきか?
10)浮気と不倫は同じか?
てなところです。
で、これらのテーマに関する私の意見を一気に言いますとこうなります。
『アメリカでは、宗教が不倫に対する”重石”になってて、そのせいで、
不倫そのものは、どちらかと言うと、否定的に受け止められているみたい。
でも、日本には、そういう”重石”がないもんだから、不倫ちゃんが伸び伸
びと育っちゃってる。それは、単にマスコミが騒いでるだけじゃないのよ。
で、日本の不倫が元気な理由なんだけど、それにはいろんなのがあって、例
えば「不倫についてじっくり考える機会がない」「流されやすい日本人の性
格」「あやふやな善悪の判断基準」「なあなあな国民性」「単にひま」など
が考えられるのよね。不倫っていうのは、じぇんじぇん生産的なものじゃな
くて、基本的に誰も幸せにしないから、「不倫はいけません」って抑制し続
ける機能ていうのが、社会の一部に存在すべきで、そういうものと「不倫賛
成派」が議論することによって、観客たちは、「ははあー、不倫っていうの
は、そういうものなのよね。」と考えるわけで、そういうぶつかり合いがな
いと、「不倫について考える機会」も出てこないんざます。その議論のない
状態というのが、今、日本で展開されているのよね。だから、不倫に関する
議論を起こすためにも、日本の言論界にがんばっていただいて、賛成派と反
対派の激しい戦いの模様を日本中に紹介してほしいのよ。ところで、私に
とって、「浮気」と「不倫」はちょっと違うニュアンスを持ってて、浮気は
「点」、不倫は「線」って感じなの。で、今回、私がケンカ売ってるのは、
どちらかと言うとその「線」の方で、確信犯的にその「線」を引き続ける人
間たちとそれを暖かく見守る社会に対して、「あんたら、ちとおかしいん
ちゃう。」と言いたいのよ。でもそれは、「浮気はOKよ。」と言ってるわけ
じゃないから勘違いのないようにね。』
という感じなのであります。各テーマの詳細については、これから追々お
話ししていくつもりです。
また、これらのテーマに関する読者の皆さんのご意見を募集します。どの
テーマについてでも構いません。お好きものを選んでお書きください。た
だ、その際、「この人の意見のここがおかしい」という切り口でなく、あく
までも前記のテーマに対するご自分の意見を中心に据えて書いていただけれ
ば幸いです。それと、論旨はできるだけクリアーにお願いします。
そんなところですね。
では。 編集人
*******************
『VOICE』
@「子供を何語で育てるかということ・マレーシアより」
ちょっと前になってしまいましたが、外国に住んだ場合、日本語で子供を
そだてるか、という投書がNo.155とNo.159に有りましたが、子育て真っ最
中の者としての意見を書かせて頂きます。
まず親自身が、大きくなってから外国語を習いはじめて苦労したので子供
を同じ目には合わせたくないという事でしょうが、子供の言語習得能力を考
えてみて下さい。文法を習う訳でなく、先生に付く訳でもなく、生まれてか
ら一年もあれば親の話す言葉を理解しています。そしてもう一、二年もすれ
ば自分の言いたい事を自由に、 正確に話しはじめます。これは幼い子供全て
が持っている素晴らしい能力です。それも 一言語に限らず、もし身近にいる
人がひとりでも、 常に一つの言葉で話し掛けてあげれば、それが外国語と呼
ばれる物であっても 何の苦労もなく覚えます。(二、三歳までは 一言語で育
てた方が情緒が安定するという説も有りますが、)年齢が小さければ 小さい
ほど、 二、三か国語(又はそれ以上も)の習得は簡単だと言う説もありま
す。
例えば、生まれた時から父親が英語、 母親が日本語で話し掛けていると、
子供は両方の言葉を覚え、使い分けられる様になる、なんていうのは珍しい
事では無いですよね。二、三歳まで日本語のみで育てられ、その後 幼稚園な
どで英語のみの環境に入ってしまえばあっという間に、新しい言葉をマス
ターしてしまうなんてことは、今の時代誰もが知っている事実だとおもいま
す。(両親の不仲などで、情緒が安定していない時は別問題ですが。)
我が子の事で申しわけないのですが、二歳五ヶ月になる息子は、生まれて
からずっと、意識的に日本語のみで育ててきました。彼が英語に接していた
のは、テレビ(週に一、二時間程度)、日本語を話せないお客様が来た時
(月に一回もあったでしょうか)、外出した時(但し両親の会話は 日本
語)、そして数冊の本でした。実際私は、「この子は英語が判らないから嫌
いみたいだし、英語の幼稚園へ行かせたら 最初は一寸苦労するかな」と思っ
ていました。が初めて幼稚園へ行った時、先生の言う事を理解しているのに
驚きました。これは決して特別な例ではなく、幼い子供誰にでもある特性な
のです。
子供の能力に比べたら 大人は限りなく白痴に近いと言った人がいたそうで
すが、毎日子供と過ごしていると、 全くその通りだと思わされます。そんな
自分を基準にして子供にとっての多言語を習う機会を奪うのは罪ではないで
しょうか。
「住む国の言葉で育てるのが当然」という意見がありましたが、私にすれ
ば「住む国の言葉は放っておいても覚えるのだから、その言葉で育てなくて
もいい」というところです。十年もしたら、止めろといってもその国の言葉
で話し続けるでしょう。
言葉とは文化そのものです。言葉を奪われたことによって民族の誇りまで
失われそうになり、命を懸けて戦った人々。そして言葉と共に消えていった
文化。そう遠くない過去、そして現在も、ちょっと目を向ければ、身近なと
ころにその様な例はいくらでもあるでしょう。
逆に言えば、親というのは、自分が育った自分の母語を子供に伝えたいと
思うのが自然でないでしょうか。もちろんそう在るべきだ、とかそう思わな
いのはおかしいとか言うつもりはありません。いろいろな人が居るでしょう
から。
父親又は母親の母語を知らない子供は、その母語でしかコミュニケーショ
ンが取れないおじいちゃん、おばあちゃん、親戚の人達と会話ができなく
なってしまいます。つまり貴方の子供は、貴方の親と会話ができなくなって
しまうという可能性もあるのです。
私たちはなぜ、いわゆる 外国語を学ぶのでしょうか。かっこいいからとか
便利だからという理由もあるでしょう。でも本当は、 言葉を通して異なる
人々や文化を知る事によって、偏見を無くし、人間として成長する為ではな
いでしょうか。
インターナショナル・カルチャーの背景を持つ子供たちを、わざわざ、モ
ノ・カルチャーに育てるという意図が、私にはどうしても理解できません。
余談になりますが、複合民族国家といわれるここマレーシアでは、二カ国語
を話すのは当たり前。四、五カ国語を話す人など珍しくありません。モノ・
カルチャーで子育てをする事など不可能です。それぞれの宗教や文化を尊重
し合って暮らす様は、異なる物を排除しようとする日本とは、対極にあると
言えるでしょう。この国に来て良かったと思う事のひとつです。
それでは、この辺で。
奥津 美智子
@編集人です。
まずは、ライター募集のお知らせ。
インターネット上では、すでに行なっていたのですが、現在、この週刊
Nutsのライターを募集しております。
実を言いますと、ライター募集は、これが初めてなんですね。これまで
は、編集人の力技と投書だけで紙面を埋めて参りましたが、今後は特定のラ
イターの方々にも参加していただいて、紙面に変化をつけたいと思うのであ
ります。
また、来週お話しすることになると思いますが、今、Nuts軍団の大改革案
を検討中です。まあ、大改革案と言いましても、これまでやってきたことを
ちょっとばかし整理しようということですな。詳しいことは、次号にて。
では、また来週。 編集人
@『グリーンカードへの道・第4話』
私のところに、これまでの話に対する読者の方たちのコメントがいくつか
入ってきている。ご紹介しよう。
「チャイナタウンのお医者さんでの検査に170ドルかかったっていう話
があったけど、私が検査を受けたチャイナタウンの別のお医者さんは、100
ドルぽっきりだった。」
これには理由がある。この「100ドルぽっきり」さんの場合、「注射
打ったことがあります。」と適当に言ったら、お医者さんがそれをあっさり
信用してくれて、注射をスキップできたのだ。
「注射打ったことがあります。」のひとことでマイナス70ドル。悔しく
て、クラクラしてしまう。
次のハナシ。
「ダンナとふたりでインタビューに行ったんだけど、突然、”あなたたち
の書類がなくなった。”と言われ、ふたりとも唖然。とりあえず、インタ
ビューだけは済まして、書類を探すように頼んだんだけど、ぜんぜんラチが
明かない。そこで、その面接官に脅しの手紙を出したりして、ガタガタ騒い
だ結果、やっと近々グリーンカードが出そうな感じ。」
まったくの災難である。知り合いの弁護士に確認したところによると、確
かにそういうケースもあるらしい。この国は、時々、こういう「旧ソ連」的
な側面を見せてくれる。やはり、お役所仕事には、資本主義も共産主義も関
係ないのだろうか。
そして、トドメ。
「私のダンナは、イミグレ(移民局)で10年ぐらい働いてるんだけど、
私たちのインタビューの係官が新米さんで、ダンナの履歴書見てビビッ
ちゃったの。だから、インタビューは楽勝、楽勝。」
うらやましい話である。ダンナがイミグレ勤務ならまず無敵だ。うちのか
みさんも、いざという時のためにイミグレに転職してくれないものだろう
か。
ところで、トドメの話に付随して、私はこんなことを考えた。「なんとか
身内をイミグレに潜り込ませたいものじゃのう。」
日本人は、各国の人々と比べると、イミグレに対する食い込みが明らかに
足りない。つまり、イミグレ内部に身内(日系アメリカ人)が少ないのだ。
そういう「スパイ」がいないもんだから、日本人はいつまで立ってもイミ
グレ情報の飢餓状態に苦しまなくてはならない。また、何か問題が起きた時
に、裏からのアプローチもできないのだ。
イミグレには、移民一世の人たちが多く働いている。私にインタビューの
日付をくれた韓国人のおばさんも、移民一世だった。ということは、日系一
世軍団にもチャンスがあるってことじゃないの。
最近、アメリカの市民権を取る日本人が多いと聞く。そういう方々の中
に、「なんか、日本人の役に立つことしたいなあ。」と考えてる人はいない
だろうか。もしいたら、是非ともイミグレに就職していただきたい。私たち
日本人にとって「魔のブラックホール」であるイミグレに潜り込んで、ビザ
及び移民法関係の「ジャパーニーズ・コネクション」を確立してほしいので
ある。
「だったらオメエがやれや。」というご意見もあるだろう。できれば私が
やりたいのだが、アメリカ人になるつもりがないから、ちと無理である。
私たち日本人も、イミグレを「できれば関わり合いになりたくない、怖い
ところ」と避けるのではなく、「ひとつの就職の場」や「知り合いが働いて
るところ」というふうに、逆に力強く踏み込んでみるべきである。それは、
ひとつの民族がこの街で生き残っていくための基本中の基本だ。
そんなわけで、私は、今週、インタビューを受ける。その際に、イミグレ
の「職場としての雰囲気」とやらも観察してみたいと思う。
でも、結構ドキドキしてる私・・・。
Hiro
*******************
『今週の歌』
「面接の 準備に妻は ”めんどくせー”
そんなグチとも これでおさらば ひろ」
下のアドレスを押すとメイルが送れまっせ
投書、意見、感想もどうぞ
Return to Home Page