1997年9月9日号(No.183)
Nutsの表紙です
目次
*『Nutsコラム』
・コラム『Choking Victim』
・コラム『Art life』
・コラム『私のお話:”あきよちゃん”』
・コラム『日本政治の馬々虎々(マーマーフーフー)』
*『グリーンカードへの道・第8話』
*『編集後記』
*『今週の歌』
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『Nutsコラム』
『Choking Victim』 =ある日本男児=
持っていたたばこを落としそうになったほど、その時の電話は唐突に鳴っ
た。 「Hello?」と答えた受話器の向こうからは聞きなれない声。「私、ミッ
シェル。メアリーの友達の。憶えてる?」それは親友の友達からの電話だっ
た。暇を持て余していたこともあり、その娘からの飲みの誘いを受けた3分
後には部屋飛--出していた。
バーのドアを開けるとニルヴァナの曲が体一面にぶつかってくる。中は満
員電車のように体を横にしないと進めないほどの混み様。しかし、ミッシェ
ルを見つけるのはそんなに難しい作業ではなかった。身長160センチたら
ず。ブロンドで蒼い瞳を持つその娘の奇行のことはメアリーからよく聞いて
いた。 酔っ払っていろんな男のあそこを触り回ったこともあるらしい。それ
を承知であえてここにやって来た。
「How are you doin'?」から始まった会話が進んでいくうちに、二人の距
離が友達のそれよりももっと近くなるのに時間はかからなかった。音の洪水
の中で、必死にしゃべろうとして体を押し付けてくるミッシェル。よく聞こ
えないからと、肩に手を回し体を抱き寄せる。「酔っちゃったわ。あなたの
せいよ」。3杯目のビールが終わりかけたころ、体をもたれかけさせながら
ミッシェルは言った。
「俺の部屋で休んでいけよ。」
いままで日本人の女の子に対して発せられた同じようなせりふよりもこれ
はもっと違った意味を持っていた。劣等感を拭い去る儀式の第一の段階だっ
たのかもしれない。
タクシーの中で、体を強く抱き寄せ、唇を合わせる。激しく求め合い絡ま
る舌。じっと閉じられている二つの蒼い瞳。髪を優しく触ると指の間に細く
柔らかいブロンドの感触が残る。寄りかかってくるミッシエルの肩をなでな
がら優越感とも満足感ともいえる奇妙な感情にひたっていた。
意識の向こうからタクシードライヴァーの声が聞こえてくる。「33rd
street, right?」 物憂げに、頭をドライヴァーに向けながらゆっくりと答え
た。「Yeah, 33rd Street.」
信号で止まったタクシーの窓の外に視線を移すと、一人のラティーノがデ
リの前でせっせとにんじんの皮をむいているのが見えた。
MediaBlitz
『Art life』
この『Art life』では、アートについて思うことや紹介等をした
いと思います。アートに興味をもち、生活にとりいれていただければうれし
いです。
ところで、アートとはなんでしょうか? わたしは、美しいもの、感動す
るもの、と思います。アートの定義は特にありませんが、自分の価値観に、
その作品があうかあわないか、ではないでしょうか。
よく「この作品はどういう意味ですか?」と聞かれました。「意味という
よりは、その作品を見て、感じて下さい。」と答えるとさらに当惑してる様
子。でも、それらの作品の意味を考えるよりは、まず第一にどう自分が感じ
るか、ということです。もちろんその作品についての説明文を読めば、理解
できることもあります。しかし、それは評論家の意見であって、それが固定
概念と残ります。それよりは自分の意見を持ったほうがいいでしょう。
たとえば、街を歩いていて、これはなに?と思うような野外彫刻やパブ
リックアートがあります。考えても、考えてもわかりません。わからない、
と思うことも大事なのです(と、自分にいいきかせています)。
ちなみに、パブリックアートは、アメリカでは公共建築の場合、建築費の
一部を美術作品の設置にあてることが義務づけられているため、どこへ行っ
てもみることができます。ここ数年、日本でも欧米にならい野外彫刻の設置
などがブームになっていますが、設置上のトラブル等、かかえている問題が
あるそうです。
では、次回から作品、作家や美術業界等の話をおおくりします。
Noriko
『私のお話:”あきよちゃん”』
これはうちの母親の名前である。
うちのマミー、「お母さん」と呼ばれるのがお好きではないようで、私は
いつもこう呼んでいる。実際2人で歩いていると姉妹のように思われるらし
い。それはあきよちゃんが細くて若く、私が太ってふけているということで
はなく、”醸し出す雰囲気”というものが、彼女の方が若いのかもしれな
い。
うちのことはきちんとこなすド専業主婦なのだが、スポーツクラブ、コー
ラス、英会話、カルチャースクールと一週間めまぐるしく動き回り、3ヵ月
に1回はマラソン大会にも参加する超イケイケ、チャキチャキおばさんなの
である。じっとしていることが嫌いだから「活動的」に見られるのかもしれ
ない。
逆に私。のんびり、ゆっくりが大好き。1つのものごとを終えるとフーッ
と一息つくのが日課。ボーッとしてんのも大好き。行動がトロイのよね。
全くこの親からどうして私が生まれたんだろう?って思うわよ。この前、
ボストンに遊びに来た時もいきなりこんな質問したのよ。「ねえ、ゆりちゃ
ん。あんたアメリカで何やってんの?」
もう私、開いた口がふさがんなかったわよ。「あたいわね、アメリカで、
日夜、教育学を一生懸命勉強してんのよ。」
自分のことに夢中なのはいいけど、ちょっとは自分の子供にも目を向けて
よね。ーったく放任主義もいいとこよね。
よくもまあ、あきよちゃんからこんなしっかりした、生活も行動パターン
もド反対の子が生まれてきたわ。ーと改めて思いながら、あふれる涙をふき
ふき彼女を見送ったのでした。
子供と親の関係って面白いよね。子供の精神的発達って色んな要素が絡み
合ってんだろうけどね。そんなことに興味持って今の学問選んだんだ。異文
化の中でそういうの学ぶの面白いと思って。
ボストンの女の子 石坂有里子
『日本政治の馬々虎々(マーマーフーフー)』
第1回 「はじめに」
先日、返還直後の香港と中国を訪ねた。「一国両制」という歴史的挑戦に
応じる香港、かつては中国革命の、今は中国経済の電源地として発展を続け
る上海や広州、どこを訪ねても街は活気に溢れ、中国革命をリードした孫文
や魯迅らの足跡を辿ることができた。
魯迅といえば日本でも「阿Q正伝」などの小説で有名であるが、彼が清の
末期から民国時代の旧中国社会にはびこる人間的な欺瞞を批判してよく使っ
たのが表題の「馬々虎々(=いい加減さ)」という言葉だ。帝国主義列強の
支配を容認し自分の保身に汲々とする指導者層のあり方に、魯迅は厳しい批
判の矢を向けたのだ。
満州事変が勃発した頃、彼はこんなことを言っている。「現在いろいろな
人々が各種の救国を大呼しており、みんな突然愛国家になったかのようであ
る。そのしつ、そうではない。(中略)銀行家は貯蓄救国といい、原稿を売
る人間は文学救国をいい、絵をかく人間は芸術救国といい・・・」と「救
国」という大義に便乗した軽薄な言動を皮肉っているのだ。
これを読むと、昨今の行政改革をめぐる永田町や霞ヶ関、そして大マスコ
ミの雰囲気を言い表わしているようでなんだか気味が悪い。先日、野党勢力
を結集しての「改革会議」なるものが設立されたと報じられたが、中国にお
ける「救国」が今の日本では「改革」だ。国民のための改革なのか政治家の
ための改革なのか、全く分かったものでない。
このコラムでは、そうした日本政治の「馬々虎々」を取り上げていくつも
りである。孫文や魯迅が革命への第一歩を記したのが日本の地であったこと
はよく知られているが、新しい中国はそうした「在外」の若者たちがリード
したとも言える。だからといって、在外の日本人が日本を変えるなどと言う
つもりはないが、日本にいてはなかなか見えないことがあるのも事実であ
る。(つづく)
*今日のまとめの詩(うた)
「改革と 叫ぶはいいが ホントかな
あっちにこっちに 馬々虎々(マーマーフーフー)」
勝人
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『グリーンカードへの道・第9話』
それは単なる小汚ないオフィスだった。
グリーンカードのインタビューと言えば、「何もない無機質な廊下にドア
だけがいくつも並んでいて、その部屋の中はまるで取調室みたいで、その壁
は普通真っ白で、乾いた机といくつかのイスが並んでて、その机の上には、
ペン立て代わりの空き缶が置いてあって、そこにはペン、鉛筆、物差し、そ
して意味不明な耳掻きなんかがささってたりして、聞き耳を立てると、隣の
部屋から誰かの鳴咽が聞こえてきたりする風景」というのを想像していた。
ところがである。私たちが連れて行かれたのは、彼らイミグレ・インタ
ビュー軍団が通常働いているオフィスだったのである。
それはまるで普通の日本のオフィス(アメリカのオフィスじゃないわよ)
のようだった。イメージで言えば茶色。派手な色を使ったものは一切なく、
それはそのオフィスを構成する机とかイスとか壁とかのオンボロさを物語っ
ていた。
また、そこには、かなりの数の机が並んでいて、それらの机の上は見事に
乱れていた。イミグレでよく起こる「書類がなくなった」「なかなか見つか
なくて処理が遅れた」系事件の原因が、目の前に広がっていた。「自分の書
類があの中に紛れていたら・・・」と思うと、少しだけゾッとした。
壁側には、書類タンスみたいなやつがズラリと並んでいた。その部屋はま
るで書類の倉庫みたいだった。
面接官と私たち夫婦は、数人の黒人のおばちゃんたちがおしゃべりしてる
横を通り過ぎた。私は、そのおばちゃんたちを横目に見ながら、こう思っ
た。
「仕事せえよ、おめえ。」
窓際の机たちは、オフィスの中央に位置する机たちとは、待遇が、ちと違
うようだった。そこは仕切りで囲まれていて、ちっぽけではあるが、一応、
独自の空間を創り出していた。でも、その机たちも、乱れ方においては他の
仲間と同様であった。
私たちの面接官は、その窓際机たちの中のひとつに入った。
そこは、仕切りの付いた「課長の部屋」のようだった。
書類の山、汚ない机とイス、そして、その狭い空間に無理矢理押し込んだ
としか思えないふたつのイス。
「課長」のイスとふたつのイスは、机を間に挟んで向かい合うように位置
していた。
面接官と私たちは、それぞれのイスのところに立った。
「アイカナポンペ ピンキラテンポ。」
面接官が手を上げてそんなことを言った。
「イエス。」
となりのかみさんが言った。
「イ、イ、イエス。」
私も追いかけるようにしてそう言った。
この「イエス」は、おそらく「私は正直者です。」という誓いのための
「イエス」だった。でも、私には、面接官が言ったことが理解できなかった
のにもかかわらず、とりあえず「イエス」と言っておいたのである。
バチ当たりな不正直者のインタビューは、こうやって始まったのであっ
た。
ひろ
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『編集後記』
まずは「Nuts在外投票部」からのお知らせです。
先日お話ししました通り、この「週刊Nuts」のEメール版を永田町の政治家
の皆さんに送り始めたのであります。そしたら、返事が結構返ってくるでは
ないですか。
じぇんじぇん当たり障りのない、「とりあえず返事は出したぞ。」的な
メールもありますが、ほとんどは、ご本人(議員の皆さん)の生の声が書か
れたものばかりでした。
正直言って驚きました。
お返事をいただいた方々は、やはり若い議員さんたちが大部分で、その辺
に議員間の世代ギャップを感じてしまうのですが、まあ、それは仕方ないで
しょう。
これからの議員さんたちは、国民にとって、もっと近い存在になるべきで
す。そのためには、今まで両者の間に入っていたメディアを通さずに、直接
コミュニケーションが取れる方法を確立する必要があります。その時、この
インターネットは、非常に便利かつ重要な道具になります。
次は「Nuts出版部」から。
出版部の「Nuts本」に続く次のイベントが決定しました。今度は、英会話
の学習本作りに絡みます。
ある出版社が、現在、ニューヨークを舞台にした英会話の学習本作りを企
んでいます。その中の雑学コラム欄をこのNutsが担当することになりそうで
す。ちなみにコラム数は約60。結構大変な仕事ですな。
そんなわけで、この本をやっつけるためのプロジェクト・チームを作りま
した。チーム名はまだ決まっていませんが、今月中には、デビューできるは
ずです。ちなみに、メンバーはすでに決定済みです。
今年から来年にかけて、今までNutsが散々吹いてきたことが、実現に向け
てジリジリと動き出します。その際、できるだけ多くの方々に一緒に暴れる
機会を提供できればと考えております。お楽しみに。
最後は、投書について。
「週刊Nuts」では、今まで通り、いただきました投書はできるだけ掲載い
たします。Nutsライター登場により、「もう投書は受け付けないつもりなの
ね。いや〜ん。」とお考えになられた方もいるかもしれませんが、そんなこ
とはありません。ただ、掲載スペースの問題もありますので、投書に関しま
しても750字以内にまとめていただければ幸いです。よろしくお願いしま
す。
今週は以上です。
では、また来週。
「週刊Nuts」編集部
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『今週の歌』
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