1997年11月11日号(No.192)


                     Nutsの表紙です



目次

*『クリスマスカード』
*『Nutsコラム』 ・コラム『Choking Victim』 ・コラム『LIFE』〜Vol.2 レイコ 〜 ・コラム『日本政治の馬々虎々』 〜第5回 言葉と文化〜
*『VOICE』
*『グリーンカードへの道・第18話』
*『今週の歌』
********************

『クリスマスカード』

 さて、「ここのクリスマスカードはダサい」という話です。
 今、ちょうど「今年はどれにしようかしら」といろんなクリスマスカード を物色する時期ですね。
 そこで読者の皆さんにお尋ねしたいのですが、こちらのクリスマスカー ドってダサくないですか。それも、すんごくダサくないですか。
 Nuts編集部でも、このことがホットな話題になりました。そして、出た結 論が、「やっぱりダサいのう」なのでありました。
 「いや、探せばいいのがあるって」とアドバイスしてくださる方もいると 思います。それはそうなんです。センスのいいクリスマスカードは実在する のです。しかし、大半は、「あんた、やる気あんの」と聞きたくなるほど、 ダサいカードたちなのであります。
 また、「アメリカ人と日本人のセンスは、かなり違うから、私たち日本人 が一概に”ダサい”とは言えないのではないか」というご意見もあります。 これも一理あります。ただ、私たちが「これはダサい」と感じる何かが、こ このクリスマスカードの中には潜んでいるのです。もしかしたら、アメリカ 人たちは、そのダサさに慣れきってて、自分たちが何をやってるのか気づい てないのかもしれないのです。慣れというのは、怖いですからね。
 一部には、「アメリカ人は、ああいうダサいクリスマスカードを愛してい るのだ」という話もあります。つまり、この国のクリスマスカードはもとも とダサい、という説です。
 他にも、「コストを落とすために、しょーもないデザインを使っている」 とか「その業界が数社によって独占されており、そこに競争原理が働かない ことによって、やる気のないクリスマスカードが発生する」などという説も あります。
 とりあえず、Nuts編集部の見解としましては、「ここのクリスマスカード はダサい」のであります。
 カードと言えば、ニューヨークにいらっしゃる観光客の皆さんがお買いに なる「私はニューヨークに来たのだよ」証明用ポストカードというのも、限 りなくダサいのであります。
 5番街などをチンタラ歩きますと、観光客を対象にしたお店が結構並んで おります。そこの店先には、必ず「私はニューヨークに来たのだよ」証明用 ポストカードが置いてあるのですが、これがまた無残と言っていいぐらいひ どいのです。
 日本のNuts読者の中にも、ニューヨークにいらっしゃった際に、いいポス トカードが見つからず、あのイマイマしい「ダサ・カード」を買わざるを得 なかった方もいることと思います。さぞ悔しかったことでしょう。
 ニューヨークに住む私たちとしましても、その「ダサ・カード」に写って る「ダサ・ニューヨーク」が、日々、世界中にバラ撒かれていることを考え ますと、思わずそれらのお店に火をつけたくなってしまうのです。
 以上のように、ここのクリスマスカード、そして、「私はニューヨークに 来たのだよ」証明用ポストカードは、極めてダサいのであります。
 で、ここから本題に入ります。
 実を言いますと、「それならば、わしら日本人が、ダサくないクリスマス カードや観光客向けカードを作って、アメリカ人たちをアッと言わせて、つ いでにこのカード業界に殴り込みをかけたらどんなもんでしょな」というの が、この文のオチだったのであります。
 ここニューヨークでは各民族が業界ごとに住み分けています。
 例えば、デリは韓国系、ニュース・スタンドはインド系、そして、毎朝マ ンハッタンに現われる「ドーナツ及びベーグル売りのちっちゃな移動カート 型朝メシ屋」はアラブ系、てな具合に、きれいにビジネス上の住み分けを行 なっているのですね。
 そこで、彼らの例に倣(なら)って、私たち日本人もこの街の「カード業 界」を占拠してしまうのです。
 ただ、あくまでもこれは、「ここのクリスマスカードや観光客向けカード がホントにダサく、私たち日本人には、ダサくないカードを作る能力があ る」という前提があっての話ですけどね。
 ニューヨークでは、「ジャパニーズ・レストラン」とか「ジャパニーズ・ グロッサリー」などのビジネス以外で、日本人が支配権を持ってる業界とい うのは、今のところ、存在しません。
 なんともさびしい話ですし、それが日本人コミュニティーの貧弱さの原因 でもあります。
 だから「カード業界を攻めよか」などと言っておるのですね。
 この文の意図がお分かりいただけましたでしょうか。
 そんな感じで、今後、この「カード業界」ネタも「週刊Nuts」紙上にて、 ボチボチころがしていこか、などと考えております。一見、「アホ話」です が、私たちとっては、結構期待するものがあります。どっかから金が入った ら、いきなりカード作って、その辺を売り歩いたりなんかして。まず、その 最初の金をどっから持ってくるかを考えるのが先ですね。
 まあ、ゆっくり行きましょ。
 そんなところです。
 では。
                    「週刊Nuts」編集部
***********************

『Nutsコラム』

  『Choking Victim』 =キッチンにて=
 その娘とは、ユースホステルのキッチンで出会った。
 ヨーロッパから帰ってきた日の夜、不在中に友人に預けておいた鍵を取ろ うと郵便受けを開けたが、見つかったのは電話代の請求書とダイレクトメイ ルだけ。 しかたなく、NYでユースに泊った次の日の朝の出来事だった。
 「おはようございます。」というきわめて日本的な挨拶をきちっと終えた あと始めた会話の中で、自分がNYにすんでいる事、昨日ヨーロッパから帰っ てきた事、そしてこのユースに泊らざるをえなかった事情などをその娘に説 明する。しかし、共通点のない二人が話題を失うのにそう時間はかからな かった。
 沈黙がそのキッチンを支配する。 冷蔵庫のたてる音が妙に耳につく。
 重くのしかかってくる沈黙を破るように、その娘は突然言った。「あっ 私、**っていいます。在日韓国人なんですけど・・・。」
 その時自分の中で、一瞬時間が止まった。
 表面には出さなかったが、在日韓国人という言葉に反応した自分がその キッチンにいた。心なしか、相手もその言葉を言ったときに自然ではなかっ たような気がする。
 名前を言いながら考えた。「何か同じような事があったな・・・。」それ は自分の姉の事を説明するときの状況に似ていた。「俺の姉キ、結婚してハ ワイにいるんです。あっ、台湾の人と結婚したんですけど。」
 なぜ自分の義理の兄を説明するときに、聞かれてもないのに、必ず台湾人 といってしまうのだろうか?なぜその娘は在日韓国人と付け加えたのだろう か?そして、なぜ自分はその言葉に反応したのだろうか?
 その娘に住所と電話番号を渡し外に出た。音を立てるほど、雨が激しく 降っている。灰色の雲に覆われたうすぐらい空を見上げながらふと思った。 「たまには姉キに電話でもしてみるかの。」
 やみそうもない雨に見切りをつけ部屋に向かって歩き出す。大粒の雨が、 気持ちいいほど体一面にぶつかってきた。
                MediaBlitz
『LIFE』〜Vol.2 レイコ 〜
「もうダメだよ、レイコ。おしまいだ。この結婚は上手く行かない。」
 Jimmyにそう言い渡されたのは、彼らの住むアップステートではもう 雪が降ってもおかしくない1 0月のある日の事だった。学生の頃恋に落ち、そ のまま一気に結婚まで行き着いたレイコ達だったが、出会ってちょうど5年 経ったその秋、二人ともその関係に終わりが近い事を気付き始めていた。レ イコは何も言わずに自分の荷物をまとめ、一人であてもないままアップス テートの人々が“City”と呼ぶこのマンハッタンへとやって来た。
 日本には帰れない。レイコはとにかくそれだけを自分に言い聞かせてい た。大反対した家族を説き伏せ、アメリカ人なんて大丈夫なのという友人達 を笑い飛ばしてJimmyと一緒になったのだ。今さらやっぱり駄目でし た、ではとても済まない。何とかしなくては。レイコが結婚したのはもちろ んグリーンカードのためなどではない。しかし一回手に入るとわかったもの を手放すのが惜しくて別れを引き伸ばしていた事もレイコは認めざるをえな かった。
 しかし、こんな時に不謹慎だと思いながらもレイコはなぜかとっても気分 が軽かった。自由を感じた。Jimmyの事はとても愛していたし、今でも 愛している。しかし、彼を愛するあまりレイコはいつの間にか自分を押し殺 してしまっていた。彼の幸せを願うあまり自分の幸せを犠牲にして、心が悲 鳴をあげるまでほうっておいたのだ。今、私は自分の事だけを考えればい い。そんなシンプルな事が今のレイコにはたまらなく自由に感じた。そう、 ここは自由の国。私の幸せは私自身しか掴めない。レイコは初めてアメリカ に来た時の事を思い出していた。
                      TAMIKO
『日本政治の馬々虎々』 〜第5回 言葉と文化〜
 先週、中国の江沢民主席が初訪米し、激しいデモにもめげずNYを含む各 地を回っておりましたが、私、ビックリしたのは、彼が至るところで英語を バシバシ使っておったことです。アメリカ人はそれ聞いて呑気に拍手喝采し てましたが、私はTVの前で慄いておりました。「こ、江沢民が英語しゃ べった・・・」
 この驚きは、別に自分より英語が上手だったからとかそういうことではな くて(実際、私よりは下手だった)、あの中国のトップが英語をあえて使っ ていた、まさにその事に驚いたんです。
 「言葉」、それは「文化」であります。それぞれの国や民族が、自国の文 化やアイデンティティを保持するために、如何に「英語」と「自国の言葉」 とのバランスを取っていくか、そこには当然大きな葛藤があるだろうし、江 沢民も決して安易な気持ちで英語を使ったのではないんだと思うのです。
 よく知られているように、フランスは、仏語を守ることにとても熱心で、 カナダの仏語圏であるケベック州の独立運動にさえ、陰に陽に支援の姿勢を 示しています。インターネットの世界でも、仏のサーバー屋さんの中には、 仏語でのHP作成しか認めていないものがあります。
 私、そういう動きを見るたびに思うのです。日本ももっと「日本語」大切 にしたら、って。例えば、日本政府は国連の常任理事国入りに熱心ですが、 「日本語を国連の公用語に」という声は全く聞こえてきません。(現在の公 用語は中英仏露スペインの5言語)
 また、最近はやりの「小学校から英語」ってのもよいですが、英語は達者 になっても語るべき文化を忘れてしまったのでは元も子もないし、それに、 自国の文化を大切にできない国には他国の文化を尊重することもできないの は道理ですよね。
 世界中の多様な文化が共存する、そういう世の中であって欲しい、そう思 う昨今であります。
今回のまとめの詩(うた)
「本当の 自分のことを 知らずして
       他人のことなど 分かるはず無く」 勝人
***********************

『VOICE』

『“ライオンキング”を観た』
 もちろん映画でもビデオでもなく、現在プレビュー中のミュージカルのこ とだ。オープニング・シーンで鳥肌が立ち、父ライオンが死ぬ場面では不覚 にも両目から泪が流れた。終幕後のカーテンコールでは、ほとんどの観客が 総立ちで拍手を送っていた。こんなブロードウエイ・ミュージカルは初めて だった。
 演出家Julie Taymorはもともと人形(パペット)を使った実験的な劇やオ ペラで知られた人で、NYタイムスが今回のショーを「Disney's riskiest business」と評したように、正直言って僕も受けるよりコケる確率が高いと 思っていた。しかしそうした不安は、まるで轟いた銃声にカモの群れが一斉 に舞い立つように、オープニングで跡形もなく霧散した。日本の文楽やイン ドネシアの影絵劇にヒントを得たという工夫の数々。前衛的でありながら家 族連れでも楽しめるというフトコロの深さ。舞台芸術の楽しさを再確認する とともに、文楽を生んだ国から来た人間としては寸毫の嫉妬を抱かないわけ にはいかなかった。
 <P.S. > 以前、手塚治虫の「ジャングル大帝」盗作問題が起こった時、 手塚作品の著作権を持つプロダクションは「ディズニーに盗作されるなら故 人も本望でしょう」と言う意味不明の理由で控訴を取り下げた。「ジャング ル大帝」は米国も含め世界39カ国で放映されおり、海外のタイトルが 「Kimba the White Lion」。一方「ライオンキング」の主人公の名は Simba。僕はやはり徹底的に裁判で闘って、もし勝ったらお金を請求するの ではなく、手塚の名誉のために映画のクレジットに「Based on Tezuka Osamu's “Kimba the White Lion”」と入れさせるべきだったと思う。
              原口光弘
**********************

『グリーンカードへの道・第18話』

 うちのかみさんは、この結婚を後悔しているだろう。少なくとも私はそう 思っている。
 つい先日も、夕飯の際に、味付けノリをご飯に巻き付けながら、こんな話 を聞かせてくれた。
 先々週の日曜日、かみさんは、ビレッジのピザ屋でひとりマッシュルー ム・ピザを食っていた。すると隣に、日本人らしき男性と、アメリカ人らし き女性が座った。
 二人はまだ恋人同士ではないらしく、かみさんよると、彼らの間には「近 づきたいけど、近づけない」微妙な距離があったらしい。
 その男性は、下手な英語で必死に彼女に話しかけていた。彼の方が積極的 なのは明らかだった。ただ、彼女の方も彼に対して、すでに友達以上の感情 を持っているようだった。
 かみさんは、ピザを頬張りながら、二人の様子をじっと観察していた。そ して、彼の一言一言に優しく微笑む彼女を横目で見ながら、ココロの中でこ う叫んだのである。
 「Ruuuuuuuuuuuuuuun! Ruuuuuuuuuuuuuuun!」
 「ったく、これ以上イケニエが出るのは、同じアメリカ人としてたまらん からね」
 話のあと、かみさんがボソリとそう言った。
 正直者の妻を持つということは、ときにその結婚生活を非常に刺激的なも のにする効果がある。
 なにはともあれ、このグリーンカードとの悶えが、かみさんをそういう状 況にまで追い込んでしまったのだろう。でも、よく考えたら、新婚旅行の時 から似たようなことを言ってたような気がする・・・
 もしかして、後悔すべきなのは、私の方なのかもしれない。
 こうやって、話は、まったくの進展も見せずに、今週も終わってしまうの であった・・・
                         ひろ
**********************
 

『今週の歌』

「”鍋”という 偉大な文化に 感謝する
           機会が増えそな 冷え込み具合  ひろ」
     

下のアドレスを押すとメイルが送れまっせ
投書、意見、感想もどうぞ

「週刊Nuts」編集部


Return to Home Page