1997年12月9日号(No.196)





目次

*『NYJJクール作戦3』
*『Nutsコラム』
*『編集後記』
*『グリーンカードへの道・第22話』
*『今週の歌』
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『NYJJクール作戦3』

 さて、「NYJJクール作戦」シリーズ第3弾なのであります。
 今回のテーマは、具体案:「固有の文化(言葉や音楽など)を持つ」。こ れについて、チンタラ語ってみたいと思います。
 ま、はっきり言ってしまいますと、わしらニューヨークに住む日本人 (NYJJ)も自分たちの文化というものを持たんといかんね、という話なので あります。
 日本の一般常識によりますと、海外に出てる日本人というのは、基本的に そこの国に「かぶれてる」という見方をされがちなのであります。それをひ とつの「文化」と見る人は、日本ではまず皆無に近いでしょう。
 つまり、私たちは、日本から見ますと、文化的に「半端(ハンパ)モン」 なんですね。
 要するにこれは、日本の「内外(うちそと)思考=あんたら外に住んでん だから、ホントの日本人じゃないもんね的考え方」から来ているのでありま す。
 以前にもお話ししましたように、この考え方はもう古すぎます。内とか外 とか言ってる時代ではないのです。
 この点につきまして、Nuts軍団では、今後は「月から見た視点」というの が、ひじょーにインポータントになるのではないかと読んでおります。
 「日本の内外」ではなく、「地球上のどこ」に日本人がいて、コミュニ ティーや文化を練り上げているか、という考え方です。
 一番日本人が多いのが「日本島」、次が「北アメリカ大陸」、という具合 にですな、「在外」とか「外国」とか「その国の文化にかぶれる」なんちゅ うケツの穴の小さいことは忘れて、「日本人はどこにおっても日本人で、そ の人たちが作り出す文化は、やっぱり日本文化のひとつなのよ」的ノリで行 こうでないの、というのがNuts軍団の主張なのであります。
 ところで、私たちNYJJに「これがわしらの文化じゃー」と呼べるものがあ りましたっけ。
 例えば、言葉としましては、英語ミックスの日本語をしゃべるとか、 ニューヨークの地名などを日本風に略す(例:グランド・セントラル駅=グ ラセン)とかがあります。
 音楽にしましても、ニューヨークで生まれた日本人音楽というのが、ちょ びちょび出始めております。
 でも、実際の話、あんまりないのよね。
 思いますに、そういう「NYJJ文化」という概念が今まで存在しなかったた めに、私たち自身も「これはわしら独自の文化なのよ、ハッハッハ」と認識 することがなかったのですな。
 これがもし、「NYJJ文化」というコンセプトが先にあったなら、私たちも 「エッヘン」という態度で文化紹介に挑めたのではないかと思うのでありま す。
 そんなわけで、「NYJJ文化」というものをみんなでもっと意識しようでな いの、というところにこの話は落ち着こうとしているのですね。
 で、その「NYJJ文化」という箱の作り方なのですが、これに関しまして は、日本のマスコミの方々に大騒ぎしていただくのが一番ではないかとNuts 軍団では考えております。
 ただですね、日本のマスコミの方々というのは一般に、海外に住む日本人 に対する無理解が甚(はなは)だしく、今回お話ししていることをご説明し ましても、「はあ〜?」状態なのであります。
 そこでです。この「NYJJ文化という箱作り」を、海外に住む日本人の地位 を上げるための手段とは捉らえずに、「ひとつのマーケットの創造」という カタチで、日本のマスコミの皆さんにご提供したらどないだ、と私たちは企 むのであります。
 マスコミのような情報屋さんにとりまして、新しいコンセプトの出現は、 そこにひとつの情報のマーケットが創造されるということを意味するのであ ります。
 つまり、「ブームの卵=金の卵」なのですね。
 マスコミというのは、絶対的に「ビジネス」ですので、地位を上げるのど うのこうのというボランティア的なものには、なかなか反応してくれませ ん。そういう彼らにアプローチするためには、私たちもやはり「ビジネス」 思考で行くべきですね。
 ついでに、「NYJJ文化」というマーケットがうまいこと誕生しましたら、 ニューヨークに住む私たち自身にも様々な金銭的なベネフィットが与えられ るのではないかと思うのであります。金が日本とニューヨークの間で回り始 めるのです。
 そしたら、また次の作戦を仕掛ける軍資金にしたらええからね。
 というわけで、具体案:「固有の文化(言葉や音楽など)を持つ」に関し ましては、とりあえず、日本のマスコミの方々に大騒ぎしていただいて、 「NYJJ文化」の箱を作っていただくことにしましょう。
 いやいや、他力本願なこと。
 今回はそんなとこです。
 では。
                    「週刊Nuts」編集部
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『Nutsコラム』

『おさるさんがいく』〜大人な国民?〜
 先日サッカー日本代表がワールドカップ出場を決めました。日本中大騒ぎ で、どの局を見ても「日本対イラクの代表決定戦」のハイライトばかり放送 していました。
 そんなサッカーの特番の中でも特に印象的だったのが、韓国人へのインタ ビューと韓国メディアの反応でした。
 まず最初にインタビュー。ほとんどのコメントが好意的なものでしたが、 特に気に入ったのが、「共同開催者として・・・」、という言葉。そして、 必ずと言っていいほど最後に、「うれしい」、という言葉で結んでいまし た。また韓国メディアも一様 に、日本代表の健闘に賛美を送っていました。 ライバル国に対してなかなかできないことだと思います。
 しかし、しかしです。私は思いました。
 「あんたら、調子にのってんのか?」、と。
 韓国人をよく知る私は、一瞬むかつきました。どうしてかというと、ワー ルドカップ出場をすでに決めいた韓国は、余裕があるからそういうコメント ができるのだ、と思ったからです。
 しかしです。よく考えてみると私の考えが間違っていることに気付きまし た。私は思いました。
 「韓国って、スゲー大人じゃん」、と。
 私の知っている韓国人は、「何に対しても日本にライバル意識をメラメラ と燃やしている奴ら」、という印象がありました。それがスルスルと私の考 えの中から脱げ落ちていくのが聞こえました。
 もし日本が逆の立場だったら・・・・。そんなふうに韓国代表を応援でき たろうか?2002年のワールドカップ共同開催者としてエールを送れた か?まあ、無理でしょう。
 私たち日本人は多かれ少なかれ韓国人に対して、優越感をもっています。 今回の代表決定戦を通して、どちらが「大人の国民」かわかったような気が します。
 私も含めて日本人もまだまだです。
            K
『考える』〜教え方と賢さについて〜
 小、中、高と3つの長いステップをクリアして、教育過程の最終ステージ である大学に入学してから二年目。この一年半という短い時間でいろいろな ことを習った。この一年半の経験は小中高で得たもの以上だろう。勉学、遊 びなどいろいろと新しい体験をした。その数ある中の体験から得た、一つを 紹介しよう。
 それを改めて感じたのは、物理の講義の間だった。教授はまだ30代で物理 の教授陣の中ではかなり若い方。しかもMITでPhDをとった人だ。この 人の知識量はかなりのものだろう。それは誉めるに値する。セメスターが始 まったころは、彼がどんな教え方をするのか少し興味があった。
 が、しかしだ。約2週間がたった。なんかしっくりいかない。正直言って彼 が何を言ってるのか全然分からないのだ。それは英語の問題ではなく内容の 問題でだ。GPA3.5のアメリカ人の友達数人に聞いても訳が分からないらし い。まぁ、それは習っているトピックが難しいからだろうと、一方的に” 習ってるほうが悪い。”と考えていた。
 約2ヶ月がたった。状況は全く変わってない。心なしか講義に出席する人数 が始めに比べ半分ぐらいに減った。周りを見回しても、寝てる奴やほかの科 目の宿題をやっている奴を沢山目にする。ここで初めて疑惑を抱いた。”コ イツひょっとして教えるのすごくヘタじゃねーのか?”
 。。。ズバリそうだった。この人には教えるセンスというものが欠けてい た。彼はもっと簡単な教え方があるはずの物理を難しく教えてる。そう思っ た。そのおかげで授業の内容は死ぬほどつまらなかった。
 ”必ずしも、秀才が教職にむいてるっていうのは絶対にありえない。”そ れが数ある一年半の大学生活からえた一つだ。そんな感じで今日も物理をサ ボった。これなら自習しているほうがよっぽどマシだから。
                       大樹
『日本政治の馬々虎々』〜第7回 毒矢の譬え〜
 インドの伝承に「毒矢の譬え」というお話があります。ある村で一人の人 が悪人に毒矢を射られてしまいました。そして、彼が苦しんでいるところ に、村人たちが集まってきて、聞きます。「犯人はどっちへ逃げたか?」 「どんな服を着ていたか?」と。そうして村人たちが犯人探しに奔走してい るうちに、肝心の男は死んでしまいます。
 この譬えは、日本政治の現状についてもとても大切な視点を私たちに与え てくれます。犯人探しも大切だけれど、本当に大切なのは「毒矢を抜いてあ げること」ではなかったのか、というメッセージは、最近の「行政改革」を めぐる状況にもピタリと当てはまるのです。
 例えば、以下のように見立てて下さい。
 「毒矢」 = 「政府の失策」  「苦しんでいる人」= 「苦しんでいる国民」  「村人たち」 = 「口だけの政治家や国民」  「犯人探し」 = 「官僚バッシング」、「行政改革」
 と。すると、如何に近年の「行革フィーバー」が欺瞞に満ち、「苦しんで いる国民」をないがしろにしてきたか、よく見えてくるのではないでしょう か。
 このコラムでは、これまで一貫して政治家や国民に蔓延する「馬々虎々」 (=いい加減さ)を指摘してきましたが、先週末に閣議決定された行革会議 の最終報告を見るにつけ、上記のことを改めて強調しておきたいと思うよう になりました。村人たちは必死で犯人を追いかけましたが、それで苦しんで いる国民が救われるわけでは決してないのです。
 今の日本社会において本当に大切なことは何なのか、「毒矢を抜く」とい うのは何をすることなのか、それは本当に「行革」だったのか、そうしたこ とがらについて政治家たちが、そして国民自身が真摯に求めていくことなく して、本当の意味で救われていくことはない。そう「毒矢の譬え」は教えて くれているのです。
*今回のまとめの詩(うた)
「皆がみな 犯人探しに 奔走し
        毒矢を忘るは なんと愚かな   勝人」
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『編集後記』

 「ぶりてんNuts」についてのお知らせです。
 以前、「”今日のぶりてんコラム”というニューヨーク発の毎日更新コラ ムを始めますよー」という話をしましたが、皆さん覚えてらっしゃいますで しょうか。
 その「今日のぶりてんコラム」、未だに続いておりまして、最近では、 「NY Traffic Jam」「ニューヨーカーへの道」「NYJJ=ニューヨーク在住 日本国籍日本人」「私小説・NYウエイター物語」というように、それぞれの 曜日ごとにコラム名を決めまして、おもしろさの充実を計っております。
 「ぶりてんNuts」ホームページのアドレスは:
http://www.nyct.net/~nuts/
 一度のぞいてみてください。
 今週はこんなもんです。
 では、また来週。
                    「週刊Nuts」編集部
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『グリーンカードへの道・第22話』

  「それじゃ、3、4ヵ月後に指紋の結果が出たら、また連絡します。以上で す」
 そう言って面接官は立ち上がり、手を差し出した。
 私たちもそれに合わせて立ち上がり、かみさんが先に握手し、続いて私が 「サンキュー」の言葉とともにその結構きれいな黒人面接官の右手を握りし めた。
 「この野郎・・・」
 と思ったが、指紋の結果が出てなかったのは、彼女の罪ではない・・・彼 女の罪ではないはずだ・・・彼女の罪かなあ・・・もしかしたらそうかもし れない・・・きっとそうだ・・・あのウンコタレが。
 一方のかみさんは、どこまでも静かだった。
 なにはともあれ、一応、その日の事務的なイベントはすべて完了した。あ とは、かみさんとの間のイベントに専念するのみであった。
 私たちは、その部屋に入ってきた待合室側のドアからではなく、直接廊下 に出るドアに案内された。
 「バイ」
 ひとりと一組のカップルは、お互いにそう声を掛け合って、ドアの向こう 側とこちら側に分かれた。
 一瞬の沈黙・・・。
 なにやらそれは、ライオンのいるオリの中に閉じ込められたような気分 だった。
 そして、ライオンは吠え始めた・・・。
 私は、かみさんとの結婚を形容する場合に、よく「私はサーカスの猛獣使 いです」とか「地球平和のために私がイケニエになりました」というような 言い方をする。
 これを冗談と取る人もいるが、少なくともその場、つまり、8月6日午後 2時過ぎのイミグレ・ビル10階の廊下においては、それは明らかに真実で あった。
 もうひとつの8月6日のストーリーが、4ヵ月の時を経て、今、始まろう としていた。
 スローペースなら、イミグレにも負けません。
                         ひろ
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『今週の歌』

「かみさんが 帰ってくるなり 部屋の中
         汚なくなって ”こいつだ”と思う   ひろ」

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「週刊Nuts」編集部


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