1999年8月3日号(No.281)
目次
目次
*『今週の問題』
*『NYJAは滅びるよ14』
*『VOICE』
・投書『いい男ならば…』
*『たわごとコラム』
*『今週の歌』
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『今週の問題』
さて、先週の「コリアン風日本食の問題」の続編である。今回はコリアン
寿司について熱く語ってみたい。
いきなりだが、私は寿司を愛している。実家が魚の卸屋、大学の専攻が海
洋生物学、そしてニューヨークで3年半、寿司屋でウエイター。私の人生
は、いつも寿司のまわりを漂っていた。
ついでに、寿司はうまい。日本にいる頃は年に数回しか食べなかったが、
ニューヨークに来てからは、なんだかんだと月に数回は食うようになり、ま
すますその味にハマるようになった。
ニューヨークで寿司を食うのは簡単である。最近では、ジャパニーズ経営
だけでなく、コリアン経営の寿司屋も多くなった。コリアンのデリに寿司カ
ウンターがある時代なのだよ。
であるからして、マンハッタン内であればいつだってどこだって寿司が食
える。ただ、それはあくまでもコリアンの方々が作る寿司を「寿司」とカウ
ントすればの話である。
ここからちょっと危険な話に突入する。
実を言うと、私はコリアンの方々が作る寿司を食べないようにしている。
正確には、私は彼らが作る寿司を食べようにも食べられないのである。
「それって人種差別じゃない」という意見もあるかもしれないが、問題は
そんなに簡単ではない。
私は個人的にはコリアンの方々が好きである。「チョンコー」とか「バカ
チョン・カメラ」などという言葉も使わないし、第2次世界大戦のときはホ
ントに悪いことをしたな、と考えている。
さらに、寿司に関しても私は積極的開放派である。寿司業界には、未だに
「女の寿司職人はダメだ」とか「外人には寿司を握らせねえ」的な空気が
残っているが、私は「そんなの、ナンセンスよね」と思っている。
グリニッジ・ビレッジの「TAKA SUSHI」という寿司屋では、日本人女性
が板前として寿司を握っているらしい。すばらしいではないか。
また、ビレッジの寿司屋に行くと、メキシカンのにいちゃんたちが寿司を
握ってたりするが、私はそういう風景を見ると思わず、「ワンダフル」とパ
チパチしたくなってしまう。
しかし、である。私はコリアンの方々が作る寿司は食べないのだ。
それはなぜか。
ここニューヨークで、私は寿司にあたった人間というのもこれまで何人も
見てきた。
ある友人はサバにあたり、顔がエレファント・マン(ちょっと古いか)の
ようになってしまった。
またある知り合いはサーモンにあたり、数日間トイレとベッドの間を往復
することになった。
寿司はナマモノである。であるからして、当然そういうこともある。
ただ、私のまわりで起こった「いや〜寿司にあたっちゃったよ」事件は、
すべてコリアン寿司に関係していたのだ。つまり、コリアン寿司屋で食った
寿司、あるいはコリアン・デリでテイクアウトした寿司に原因があったので
ある。
エレファント・マンのようになった友人が、「昨日、コリアン・デリでサ
バの寿司を買って食ったらさあ、こんなになっちゃった」と自分の顔を指差
しながら話しかけてきたシーンを私は今でも覚えている。
そのとき、私は心の中で「ひえ〜」と叫んだ。それほど彼はヒドい顔をし
ていた。
それからしばらくして、私は偶然あるコリアン経営の寿司屋を訪れた。
寿司カウンターに座り、目の前のネタ・ケースをふと見ると、そこには茶
色い物体が横たわっていた。
ハマチのことを英語では「イエロー・テール」と呼ぶ。
私がそのとき見つめていたのは、その「イエロー・テール」だった。でも
それはすでに「ブラウン・テール」化していたのである。
「こんなネタを堂々とケースの中に並べてるお店って・・・」
以上のような経験を通して、私の心の中にはひとつの確固とした信念が生
まれた。
「わしは死んでもコリアンの寿司は食わんぞ」
ニューヨークには、コリアン経営の寿司屋が山ほどあり、多くのニュー
ヨーカーたちが、彼らが作った寿司を毎日パクパク食べている。
もしコリアン寿司が危険な食い物であれば、彼らのビジネスは当然数日で
ポシャってしまうはずだ。でも実際、コリアン寿司屋はジャパニーズ寿司屋
と同じように、寿司を日々売りまくっているのである。
だから、「わしは死んでもコリアンの寿司は食わんぞ。だってアブナイか
らね」などと言ってしまうのは、とってもおバカさんなのかもしれない。
自分でもその辺のことはよ〜くわかってるのよ。でも身体が許さないの。
「コリアン寿司」と考えただけで、私のアタマの中を例の「エレファン
ト・マン」と「ブラウン・テール」が飛び交うのである。
特にわたくしの場合、ガキの頃から魚市場に出入りしていたため、魚の鮮
度に関して異常なまでのこだわりを持って生きている。そのことも私の「コ
リアン寿司」恐怖症に大いに貢献しているはずである。
ついでに私は、私自身のコリアンの人たちに対する愛を証明するために自
分の身体を賭けるつもりはない。「おまえはレイシストだ! もしそうじゃ
なかったら、コリアン寿司を食ってみろ!」とか言われて、「はい、わかり
ました」と彼らが作った寿司を恐怖に震えながら食うようなバカな真似は私
はしない。そんなことするくらいなら、レイシストと呼ばれるほうがまだマ
シである。
てなことを言いつつも、コリアン寿司屋の皆さんに対して、「ごめんね」
という気持ちもやっぱりある。できれば彼らの寿司を食いたい。でも・・・
でもあたし、ダメなの。いや〜ん。
というわけで、私は未だにコリアン寿司を食えない人間なのである。
しかしながら、私がここで言いたいのは、「皆さんは私みたいな人間にな
らないでくださいね」とか「コリアン寿司をもっと食いましょう」などのよ
うな表面的なことではない。私が狙っているのは、もうちょっと奥に入った
話なのだが、これ以上書くと今週の締切に間に合わないから、続きは次回お
話しすることにする。
できたら、前回の分と今回の分をしっかり読み込んでおいてちょうだい。
そんじゃね。
ひろ
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『NYJAは滅びるよ14』
さて、「NYJAは滅びるよ」シリーズの第14弾なのであります。今回は、
日系新移民二世について語ってみたいと思います。
日本にお住まいの方はご存知ないかもしれませんが、アメリカに住む一部
の日系アメリカ人及び日本人を指す言葉に「新移民」というものがありま
す。
私たちも正式な定義は知らないのですが、一般に「新移民」という場合
は、「第2次世界大戦後、アメリカに引っ越してきた日本人」というふうに
解釈されています(間違ってたら教えてください)。
今回お話しする「日系新移民二世」というのは、その引っ越してきた日本
人の子供たちのことです。
日系アメリカ人には、大きくわけると2つの流れがあります。ひとつが第
2次世界大戦前にアメリカに来た旧移民グループ。もうひとつが先に書いた
新移民グループです。
両者とも分類的には日系アメリカ人ですが、でも中身はかなり違います。
旧移民グループは新移民グループに比べて、「日本」というものを否定す
る傾向が強いですね。その原因は第2次世界大戦です。このことについて
は、以前に何度もご説明しましたのでここでは繰り返しません。
両者の「日本」に関する否定度は、それぞれの二世の日本語能力を比較す
ればすぐにわかります。
具体的なデータはないのですが、私たちNuts軍団は、「旧移民2世より新
移民二世のほうが日本語をしゃべる」とはっきり言い切ってしまいます。
皆さんもまわりを見回してみてください。そんな感じがしませんか。
ついでに、新移民二世の人たちのほうが日本をより近くとらえてますよ
ね。旧移民二世の人たちとお話しするときに感じる「戦争後遺症」みたいな
ものが彼らにはないのであります。
勘違いのないように最初に言っておきますが、私たちがここで言いたいの
は、「新移民二世のほうが日本が好きみたいだから、ボクたちも彼らのほう
が好き」ということではありません。「さまざまな原因によって、結果的に
両者がそういう位置に立つことになった」。ただ、それだけのことなのであ
ります。
続きは来週お話しいたします。
では。
「週刊Nuts」編集部
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『VOICE』
@投書『いい男ならば…』
友達のまこちゃんは、女の私から見てもぼんやりしてしまう程可愛い。私
がレズなら落としてやるのだが、私はばりばりのストレートなので別に押し
倒す気にもなれない。でも何故か彼女と一緒に歩いていると、イケてる女の
子を連れた男の気分になってくる。なんでや。
そんな彼女とバーで飲んでいると、次から次へと男が声をかけてくる。ま
ず彼女のタイプは来ない。それと皆酒が入っているせいもあるが、彼女を見
つめながら脳が回転してバターになったかという位良く喋る。目の焦点が
合っていないのでイタコかなぁと思ったりする。それはいいんだが、間に挟
まった私は大変暇だ。そんな時、私は頭の中で唄を歌う。「アラ!」だ。誰
も知らないと思うが、私が子供の頃毎日見ていたのりの佃煮のCMソング
だ。「でんでんむしむしカタツムリ」の歌を知っていれば猿でも歌える。
「アラアラアラ」。私は彼らの話を微笑んで聴いているフリをしながら歌い
続けるのだ(関係ないが、私のお約束の唄の中に「メリーさんの羊」があ
る。泣きそうになったら歌う事にしている)。ただ、この最強ソングもトラ
ンス状態の長い相手を前にすると効果は薄れる。10分が限界である。
この間、彼女の傍からどうしても離れない男が居た。彼女はイタコな彼を
邪見にせずちゃんと話をしていたのだが、10分を超えた。ああどうしよ
う。しまった。ニールヤングの「ハートオブゴールド」が心の物置から出て
来た。まいったぞ。おセンチだなあ。私のどんよりムードがばれたのか、男
は去って行った。何故か私にも名刺をくれた。なんでや。
またまこちゃんのタイプじゃない男が来た。大変だなぁ彼女も。あ、歌わ
なくちゃ。「アラアラアラアラ」。ああ10分過ぎちゃった。…かわいい
なぁ。メリーさんの羊。
修
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『たわごとコラム』
最近、ついてない。
今週の日曜日、かみさんとイースト・ビレッジをぶらぶらしてたときの話
である。
敵は近頃、健康食にこっている。その日も「ソイ・ミルク買ってくるか
ら、ここで待て」と、まるで犬に命令するかのように言い残して、かみさん
はある健康食料品店に入っていった。
店の前でかみさんの買い物が終わるのを待つ私。それにしてもいい天気
だった。
店の前には大きな樹があって、私はその木陰に立っていた。
ファースト・アベニューの7丁目とセント・マークスの間の西側の歩道か
ら、東の空を見上げる。
青かった。
目の前のアパートがしっかりレンガ色だったため、その青が特に際立って
見えた。
私はしばらくその空を見上げていることにした。
とりあえずどこかに座りたかった。
その店の壁に寄りかかって座るかと思ったが、ジベダにハトの糞跡(ふん
せき)を見つけたのでやめた。かわりにその樹の真下に座ることにした。そ
こには白いモノは落ちてなかった。
私は短パンにセッタ姿。セッタをぬいで、その上に素足を置く。足の指と
指の間に空気が流れ込んでくる。
それからちょっと経って、かみさんが店から出てきた。
「あんた、5ドル持ってる? ちょっとちょうだい」
金が足りないらしい。
立ち上がった私からかみさんは5ドル札をむしり取って、再び店の中へと
入っていった。
私はかみさんの後ろ姿を見送ってから、また同じ場所に座り込んだ。
平和な午後のひとときだった。
ふと振り返って、壁の近くのジベダを見る。ハトの糞だらけ。
自分のまわりも再確認。何もなし。
でも、一応、頭の中でイマジネーション。
「オレ、頭デカいから、もし食らうとしたら頭かな」
はははははと心の中で笑う。
「いつまでそんなとこに座ってんのよ」
突然、後ろからかみさんの声がした。
ゆっくりと立ち上がる。
「なに、その白いの?」
私のTシャツの1点を見つめながら、かみさんがそう言った。
「白いの?」
私は自分のヤンキースのTシャツを見回した。
「そこじゃないわよ、ここよ。ハトの糞じゃない。そんなとこに座ってる
からよ」
「ハトの糞?」
右肩に確かに白くて太い線が走っていた。
「だって、あそこにハトの糞があったから、わざわざこっちに座っ・・・」
「シャラップ。鼻の次はハトの糞か。ったく」
私はもう一度、その辺をジベダを見た。
壁際には白い跡があり、私が座っていたところにはそれはなかった。
「ついてないよな」
私は心の中でそう思いながら、かみさんのあとについて歩き始めた。
ひろ
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『今週の歌』
「最近の 俵万智氏の 歌を読み
才能っていつか 枯れるのねと思う ひろ」
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