2000年10月3日号(No.332)
目次
*『今週の問題』
*『日本救出2兆円作戦5』
*『”帰れ”シリーズ6』
*『VOICE』
・投書『夢の話』
・投書『”帰れ”シリーズについて』
*『今週の歌』
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『今週の問題』
なぜ私は、日本から帰ってくるたびにトイレやウンコの話をするのだろう
か。まったくナゾである。
そんなわけでトイレの話。
なんというか、ボク、やっぱ和式のトイレにはもうついていけませんね。
だって立ちくらみしたりするんですもの。
それだけではない。和式トイレと携帯電話は、相性が非常に悪い。私はそ
のことを今回の帰国の際に発見した。ひとつオトナになったような気がし
た。
アメリカにお住まいの皆さんはご存知のように、アメリカの携帯電話とい
うのはバカでかい。日本みたいに胸のポケットにかわいく入れちゃうなんて
ことはなかなかできないのである。
そんなわけで、私はアメリカではいつも携帯電話をケツのポケットに入れ
るようにしている。
習慣というのは恐ろしいもので、私の場合、日本に行って小さな日本風の
ケータイを借りるときも、どうしてもケツのポケットに入れてしまうのであ
る。
今回日本に帰ったとき、私は地下鉄の駅のトイレにウンコ目的で入った。
正確には「国会議事堂前」駅のトイレである。
最近では日本の地下鉄のトイレにも洋式が登場しているようだが、マジョ
リティはまだまだ和式。私がそのトイレで入ったのも和式だった。
小部屋に入り、ズボンをズリ下げ、パンツを下ろし、しゃがむ。
洋式に比べると地面が近い。また態勢としてもキツイ。なんか運動してる
気分だ。
出るべきものが出始める。和式だとホントにウンコしてるって感じだ。
そのときである。どこからともなく「ピピピピピピ」という音が聞こえて
きたのである。
思わずあたりを見回す私。でも、あたりって言ったって単なる便所の中。
何も不審なものはなかった。
それでも「ピピピピピピ」と鳴り続けている。よく聞くとその音は、しゃ
がんでいる私の右太股の下ぐらいから聞こえてくるではないか。
「なんだ。ケータイか」
そうなのである。しゃがんだせいで、ケツのポケットに入れていたケータ
イのボタンを私の脚肉が押し続けていたのである。
うっとうしいので、ポケットからケータイを取り出そうとした。しかし、
これがまた大変な事態。
和式トイレにしゃがみこんだまま、ケツのポケットに入れたケータイを取
り出したことのある人がいたら手を挙げてほしい。私はこれからあなたのこ
とを”マスター”と呼ぶ。
立ち上がろうにも、出るもん出てるし、ケツも拭いてない。しゃがんだま
ま、くっついた太股と下脚の間に手をつっこんでも、ケータイまではなかな
かリーチできない。
ケツのポケットのケータイは「ピピピピピピ」と鳴り続けている。
どうにかして太股と下脚を引き離し、ケツのポケットにリーチせねばなら
ない。
こうなったら方法はひとつしかない。立ち上がることができないなら、少
なくともケツを宙に上げ、そのスキにポケットからケータイを取り出すしか
なかった。
私はウンコの切れを見ながら、頭の位置はそのままにして、ケツを宙に浮
かせた。「ピピピピピピ」という音が消える。そしてその状態のまま、慌て
てポケットを探す。
探り当てたポケットからケータイを取り出し、再びしゃがみ態勢に戻る。
その間、約3秒。宙に浮いたケツからのこぼれモノはなかった。
私は右手に持ったケータイを見つめながら思ったのである。「和式トイレ
でケータイは危険だ」と。
世の中、何が起きるかわからない。ポケットからケータイを取り出したと
き、手がすべって便器の中にポチャリ、いや、あの場合はグニャリか。そん
な可能性もあったわけだ。ウンコに刺さったケータイ。それも借り物。洗っ
て知らん顔して「ありがとうございました」と返せる勇気がオレにはあるの
か。ある。
知らん顔して返すのはいいが、でも返すまではそのケータイを私自身が使
い続けねばならんだろう。ウンコに刺さったケータイを口に当てて「もしも
し」か。ウンコと間接キス。なぜ日本にきてまでそんなことをせにゃならん
のよ。
そんな大惨事を想像しながら、私はケツを拭き、立ち上がった。
立ちくらみに襲われながら、私は再びケツのポケットにケータイを戻し
た。
ひろ
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『日本救出2兆円作戦5』
さて、「日本救出2兆円作戦」の第5弾である。
これまでは「なぜ日本救出2兆円作戦なのか」についてお話しした。そん
なわけで、そろそろ「で、どうやってやんの」の話をしてみたいと思う。
ここでのポイントは、当然「いかにして2兆円を稼ぐか」にある。前にお
話ししたように、お金を稼ぐ方法は「外国人観光客を日本に送って、彼らに
お金を落としてもらう」であるからして、正確には「いかにして2兆円分の
外国人観光客を日本に送るか」が話の軸になる。
2兆円分の観光客を日本に送る・・・
ちなみに1999年度は、約440万人の外国人が日本を訪れ、結果とし
て約1兆3千億円が日本に落ちた。数字を分解すると、ひとりが約31万円
を使ったことになる。
2兆円を落とすためにどれだけの人間が必要かを知るために、2兆円をそ
の約31万円で割る。すると、だいたい645万人という数字が出てくる。
645万人。去年の数字に約200万人を足した数だ。ということは、去
年に比べて200万人分がんばれば、約2兆円が日本に落ちる可能性がある
わけである。
ここでゴールを設定しよう。
この「日本救出2兆円作戦」の具体的なゴールは、日本を訪れる外国人観
光客の数を200万人増やすことである。200万人。それがこの作戦の
ターゲットだ。
では、どうやってその200万人という数字を達成するのか、という話に
なるのだが、一応私には手持ちの案が2つある。ご紹介しよう。
1)「日本政府にお金を出していただいて派手に宣伝して200万人」案
2)「海外に住む日本人100万人が寄ってたかって200万人」案
これらの両方の案を稼働させることによって、200万人というターゲッ
トをGetしようとしとるわけだよボクは。
続きは来週。
ひろ
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『”帰れ”シリーズ6』
「帰れ」シリーズの第6弾である。今週は「日本人にとってニューヨー
クってところは、夢を実現するのに適した場所なのかしら」ということにつ
いて考えてみたい。
最初に私の立つ場所をクリアーにしておきたい。
このネタに対する私のスタンスは、「ニューヨークってところは、日本人
にとっては夢を実現させづらい場所だわなあ」である。
理由は簡単。私たち日本人にはいくつかのハンディがあるからだ。以下に
それらを列記する。
●言葉の問題
●ビザの問題
●黄色人種であることの問題
これらの問題の存在が、日本人の夢達成を邪魔するのである。
言葉やビザ、そして黄色人種の問題などを話し始めると必ず出てくるのが
「そんなことない。がんばればそんな問題、克服できるって」や「だからこ
そヤリガイがあるわけじゃん」というリスポンスだ。で、通常そういう意見
がこの議論をコンフューズさせるのである。
私はここで「がんばる」「がんばらない」や「ヤリガイ」の話をするつも
りはない。ニューヨークに住む日本人を取り囲む環境というものを、できる
だけ冷静に客観的にプレーンに見てみたいのである。
冷静に客観的にプレーンに見れば、ニューヨーク在住の日本人にそれらの
ハンディがあることは明らかだ。そしてそれらのハンディの感触というもの
は、日本ではまず味わうことができない。
それらの問題の「壁(かべ)」感とでも言えばいいのだろうか。言葉やビ
ザ、黄色人種の問題が、どのくらの厚さで自分の前に立ちはだかるのか。そ
の「壁」に手を当てたときに感じる厚みは、実際にこの街に来て暮らしてみ
ないとわからないと私は思う。
特に日本の場合は、マスコミや出版社などがニューヨークの「夢」を売る
のに忙しく、それらのハンディを正面からしっかり取り上げないということ
も悪く作用している。ただでさえ日本の人たちにはわかりづらい問題なの
に、その問題の存在さえキチッと認識されてない、というのが現状だろう。
たとえば、ビザの問題がいい例である。
このビザ問題というのは、日本にいる日本人には非常にわかりづらい。紙
切れ1枚で、自分のその国における存在がなくなったりする感覚。ビザがな
いということは、この国にはいてはいけない、トットと出て行きなさいとい
うことであり、その場における自分の存在を完全に否定されることを意味す
るのである。
そういうことは、日本人である限り、日本ではまず体験できない。
家から追い出されたとか、学校で退学処分になったなどのケースは、ビザ
問題に比べたらハナクソである。それらは別に「日本にいちゃダメ」という
意味ではないからね。
しかし、ビザの問題は違う。基本的にビザがない人というのは、その国か
らおん出される運命にある。ククリが、家とか学校じゃなくて「国」なので
ある。それってちょっとオオゴトよね。
大家や学校の先生を敵に回しても大したことはないが、その国の政府にニ
ラまれるのはやはりヤバイ。
もし政府が悪いことをして、それをガンガン攻めたせいでニラまれるのな
らまだ話はわかるが、ビザぶっち(ビザ切れの不法滞在)の場合、通常落ち
度は自分のほうにあるわけだから、正面から戦うわけにもいかない。
ビザ問題は、日本で相手にする問題たちとは、手ごわさが違うのである。
紙切れ1枚、あるいはスタンプが1コないことによって起こる冷酷非情な
処置。ビザ問題のその辺のヘビーさというものが、日本に住む日本人にはす
んげえわかりづらいのである。
「ニューヨークに住む日本人が持つハンディ感というのは、日本の日本人
にはわかりづらい」という話はこのぐらいにして、具体的なハンディ論に入
りたいのだが、紙面が尽きた。続きは来週お話しすることにしよう。
ひろ
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『VOICE』
@投書『夢の話』
ひろさんが前回夢とニューヨークの関係性についていってましたね。
私はニューヨークへくる人がでなぜ夢が見れるかというと、単純に「わか
んないから」だと思います。
「よく知らない」「現実ではない(まだ)」と言うのは「未知のニュー
ヨーク!!!」としてもちあげられますね。でもそれってたんに知らないっ
てことだけじゃなかろうか。
異人種感のレンアイでのっぴきならぬときめきを感ずる事がありますね。
でもそれって相手を知らないから、相手の上に自分の幻想や理想をばんばん
映し描いちゃってもうとんでもない事になっちゃう。
でも「あーれー・・・どーもちがうなー」ってなことを感じ出して、ずず
ずーっと関係を続けて行くと不便なことばっかり見えて来たりする。
と言うのととっても良く似ていると思います。
お=た
@投書『”帰れ”シリーズについて』
こんにちは。いつも楽しく読んでいる日本在住のさんじゅうオンナです。
私は(も)NYが大好きで大好きで、どんな手段(違法はちょっといやです
が、借金をつくりまくろうが、狭いアパートに住んでる友人宅へ転がり込ん
で迷惑がられても?!)でもNYに住みたいと思っていました。
そんな私がなぜ「思っていた」、と過去形で書いてしまったかというと、
「帰れ!」シリーズに関連してきますが、NYというかアメリカに住むことが
日本人にとってどれだけ大変なことか少しずつ理解できるようになってきた
からです(人はそれを地に足が着いた、というのかな)。
私も他のNY大好き人間の人がしているであろう事として、いろいろと
NYの会社にレジュメを送ったり、どうやったら住めるか、かたっぱしから
本を調べまくったりしましたが、私の場合のビザの問題やらなんやらを自分
なりに考えた結果、「やっぱりどうやってもむりだな・・・」という結論に
至りました。
結局、夢や希望だけでは、生きていけないよな、現実を見ていかないとっ
ていうことです。
でも一方で人生何が起こるか分からない、ということだってあるので夢は
捨てないで行こうと思います。ずっと住めないとしてもとりあえず、学生ビ
ザを取って勉強しに行ってもいいし。でも、この年になると帰ってきてから
また仕事にありつけるのか、という超現実的な死活問題とも取り組まなくて
はなりませんが。
だから、認めたくないなぁと思いつつもニューヨークより日本のほうがい
いのでは、ということ、そして、こんなふうに守りの体制に入ってるのはも
う若くない証拠なのかなぁなどと思い始めたこの頃です。ひろさんがまとめ
ていたのはいいところをついてると深くうなずいた私です。
なんか、意見のような感想のような区別のつかない感想でした。
さんじゅうオンナ@日本
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『今週の歌』
「不景気と いうけど海外 出る人が
山のようにいる 成田空港 ひろ」
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