2001年6月26日号(No.362)
目次
*『この夏の心構え2』
*『グリーンカードへの道GOGO・その16』
*『VOICE』
@投書『「死刑」は甘すぎるから反対』
*『たわごとコラム』
*『今週の歌』
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『この夏の心構え2』
今回は燃えて書くから長くなるよ。たぶん。
先週からスタートした「この夏の心構え」シリーズである。今回は、「道
端における非日本人女性のアジア系男性に対する視線」についてお話しした
い。
前回、私がウダウダ言っていたのは、「道端におけるアジア系男性の女性
に対する視線」についてだった。したがって、中には「道端における非日本
人女性のアジア系男性に対する視線」は「道端におけるアジア系男性の女性
に対する視線」の間違いではないかとお考えの方もいるかもしれない。
でもここでは「道端における非日本人女性のアジア系男性に対する視線」
で正しいのである。
では、早速本題に入ろう。
日本人男性諸君、ニューヨークの道端で、非日本人女性たち(面倒臭いの
でこの後は「アメリカ人女性」と言ってしまうが)の我々アジア人男性に対
する視線に関して、思いを巡らせたことはありますか。要するに彼女たちが
私たちをどのように見ているか、ということについてである。
この街に9年間在住している私の感想は、「彼女たちはオレらを”男”と
しては見てないね」だ。
”男”として見てくれるアメリカ人女性も確かにいる。しかしマジョリ
ティは「アジア系男性無視」組だと私は思う。
その辺の道端に立ってしばらく観察してみたらわかるはずだ。通り過ぎる
アメリカ人女性の目配りを見てほしい。彼女たちが一体どんな男に視線を
送っているのか、その視線は異性を見る場合の「熱い」視線なのか、それと
も冷蔵庫を見るような「無機質な」視線なのか。
数年前から私はその観察を続けている。ヒマなんかオレは。まあそれはど
うでもいいとして、私が数年間の研究の末にたどり着いた結論というのが、
「彼女たちはオレらを”男”としては見てないね」なのである。
ここでその結論に至った研究結果を少しばかりご紹介したい。今回は「視
線が合う」を切り口にご説明することにしよう。
まずニューヨーク在住の日本人男性諸君にお尋ねしたい。道端でアメリカ
人女性とどのくらいの頻度で視線が合うかね。道端でなくてもいい。ビルの
エレベーターでもサンライズマートのエレベーターでもいいから、アメリカ
人女性とパチっと視線が合うことが頻繁にあるのか、それともたまーにしか
ないのか、そこのところを考えてほしい。
そのときの「視線が合う」は単なる「視線が合う」ではなく、その視線の
中になんらかの温度を感じられるものでなけれならない。視線が合った際、
それが冷蔵庫を見ているような目である場合は、それは「視線が合う」とは
カウントされないのである。
私の観察では、そういう「視線が合う」シチュエーションというのは、
そんなにはないはずだ。
そりゃ1回、2回ならだれだってある。ただ、コンスタントにアメリカ人
女性と「視線が合う」日本人男性というのは極端に少ない。私も道端でアメ
リカ人女性と「視線が合う」なんてことはほとんどないのである。
でも言っておくが、「彼女たちはオレらを”男”としては見てないね」論
は、「私がそうだから、他の日本人の男どももきっとそうに違いないわ」な
どという主観的根拠に基づいたものじゃないからね。そこんとこ勘違いしな
いように。
ここで1回話をまとめると、私の「彼女たちはオレらを”男”としては見
てないね」説の根拠のひとつは、「日本人男性は、道端でアメリカ人女性と
視線が合わないから」になる。
ただ、それを理解していただくためには、「視線が合う」ことの重要性を
どうしてもキッチリご説明しておく必要がある。話がそれるが、「視線が合
う」ことの社会的な意味についてちょっと語ってみたい。
視線が合う。これはつまり「相手が自分を見ている」ということに他なら
ない。相手が自分を見てない限り、視線というのは合わないのである。
視線の合い方には2種類ある。相手が先に見ていてそれに自分が追い付く
場合と、自分が先に視線を送っていてそれに相手がシンクロする場合であ
る。
これは女性のほうがよくおわかりになるはずだが、気合を入れて(あくま
でも適度なレベルで)化粧をした日は、自分に対する人の視線の集まり度が
明らかに違うでしょ。普通は「なんでそうなんだろ」なんて考えないけど、
その通りだと思いませんか。
で、人の視線の集まり度が違うことがなぜわかるかというと、それはすべ
て「視線が合う」頻度が高いからである。自分を見ている人がいることを確
認する方法は「視線が合う」しかないのだ。「なんか見られてる感じがす
る」という場合も、突き詰めて考えれば、何回か視線が合ったからそのよう
に考えるのであって、その感触のベースとなっているのは「視線が合う」な
のである。
つまり、である。自分が他の人に対してアトラクティブに見える場合とい
うのは、視線が合う頻度が非常に高くなるのだ。そしてその際の視線の合い
方というのは、「相手が先に見ていてそれに自分が追い付く」というパター
ンが多いのである。
したがって、自分が他の人たちに対してアトラクティブかどうかを測る場
合、視線が合う頻度とその合い方を取り上げる方法が最も適しているのであ
る。
「視線が合う」ことの意味についてはここまで。日本人男性の話に戻る。
日本人男性がアメリカ人女性に対してアトラクティブかどうかを測る場合
にも、彼女たちとの「視線が合う頻度」と「その合い方」を見るという方法
は有効だ。
そのふたつの項目、「視線が合う頻度」&「その合い方」で道端における
日本人男性の価値を測ると、「彼女たちはオレらを”男”としては見てない
ね」という結論が導き出されるのである。
かなり複雑な話になってしまったが、おわかりいただけただろうか。
続きは次回に。
ひろ
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『グリーンカードへの道GOGO・その16』
久々の「グリーンカードへの道GOGO」である。
「ニューヨーク採用組が会社の中で偉くなんないといけないのよ」。それ
がここ数回の話の軸だった。
ニューヨーク採用組にそれぞれの会社で偉くなってほしいのは、「グリー
ンカードガンガンサポート運動」を押し進めるためだ。彼らに社員のビザサ
ポートについてツベコベ言えるぐらいに会社内で偉くなってもらって、グ
リーンカードをガンガンサポートしてもらう。そのための「ニューヨーク採
用組が会社の中で偉くなんないといけないのよ」話だった。
要するに既存の企業をグリーンカードバンバンサポート企業にしてしまう
のである。そうすることによってグリーンカード日本人をできるだけ多く生
み出すのだ。ははははは。
と笑っている場合じゃなくて、その「グリーンカードバンバンサポート企
業」作りと共に考えなければならないのは、「グリーンカードサポートする
と言ってサポートしないダマシ企業退治」である(次に来るのは「H1サポー
トすると言ってサポートしないダマシ企業退治」なのでよろしく)。
企業側にグリーンカードをサポートすると言われたのだが、結局してくれ
なかった、という話をよく聞く。そういうケースは昔からたくさんあるよう
だ。
「グリーンカードバンバンサポート企業」を作るのと同時に、前記のよう
な「グリーンカードサポートすると言ってサポートしないダマシ企業」に全
体の足を引っ張られないようにしなければならない。
通常、そのようなダマシ企業にだまされてしまった人たちは、泣き寝入り
するしかないのが現状だ。訴えたという話も聞かないしね。
そういう噂は口コミである程度は広がる。ただ、新聞や雑誌に載るわけで
はないので、伝わる範囲は知れている。で、卒業したての留学生とかが再び
ダマシ企業の餌食になってしまうのだ。
対策とすれば、「組合を作って抗議する」「弁護士を雇って訴訟する」な
どが上げられる。
日本では、こういう場合、マスコミが活躍したりするのだが、ニューヨー
クの日本人社会にはジャーナリズムは存在しないため、彼らに期待すること
はできない。自力でやるしかないのよね。
「月刊ぶりてんNuts」で『ニューヨークの噂』コーナーを始めたのも、
そういうダマシ企業を牽制するためだ。実名は挙げないが、当事者にはわか
るような書き方をして「オレらは知ってるよ」メッセージを送るのである。
一種のウオッチドッグ(番犬)機能である。
ニューヨークで出されている日本語の新聞・雑誌は広告主との関係があ
り、下手なことは書けないと来ている。それは別に各メディアに根性がない
からではなく、こういう小さなコミュニティの場合、どうしてもそうなって
しまうのである。
だから、先に書いたように自力でやるしかないのだ。組合を作って自分た
ちでプロテクトするのか、それとも思いきって訴訟に持ち込むのか。
その組合とか訴訟の話は、先週からスタートした「NYJJ基礎体力作り」
シリーズの「法律展開力強化」の話につながってくるのである。
今週はこんなもんですかね。
続きは次回に。
ひろ
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『VOICE』
@投書『「死刑」は甘すぎるから反対』
やれやれ、ティモシー・マクベイが死にましたね。まったく、大統領を筆
頭に、この国は死刑が大好きなんだから。
今さら言っても遅いけど、あいつは死刑にするべきじゃなかったと思う。
あんな若いうちに、反省の色もないまま死なせてしまっては、後々の白人至
上主義者や反政府テロリストの奴らに、命を捧げた闘士としてヒーロー化さ
れてしまうでないの。
それより、ハゲて、デブって、シワシワのじじいになるまでずっと牢獄で
生かして生き恥をさらさせておけば、そのうち囚人仲間がレイプしてくれる
かもしれないし、聖書でも読み出して自分がしたことに罪を感じるようにな
るかも知れない。そうやってずっと苦しみながら生きる方がよっぽど辛いん
じゃないの?
それに、死刑ってある意味、安らか過ぎません? 世の中、こういうヤツ
らに拷問にかけられたり、レイプされたりして殺されちゃう人もいるってい
うのに、死刑囚は3種類もの薬物を注射されて苦しまずに徐々に死ねるなん
て、「目には目を」になっていないような気がするんだけど。
一方、日本でも大阪の小学校で子供殺しまくったアホウがいるけど、こい
つなんて、死刑にして欲しくてエリート校を狙った、なんて言ってるわけで
しょ? 死刑制度が犯罪抑制になるどころか、動機の一部になってるなんて
まるで逆効果じゃん。死にたいんだったら自分でビルから飛び降りればすむ
ことだっつーのに。迷惑千万だよね。
おまけに、精神病を装えば許される、みたいに日本の法律をなめてやが
る。こんなヤツも、望み通りに死刑にしてやってもいいんですかね?
いっそのこと、ちゃんと精神病患者として治るまで(つまり、自分で病気
を装って犯罪に手を染めたことを認めるまで)病院にぶち込んで置いて、
治ったらそれから裁判にかけて今度は無期懲役、っていうのが妥当ではない
かと。
死刑の可能性がある限り、こいつに判決が降りるまで「死刑か否か」でマ
スコミが騒いで、犯人の思惑通り「何かドデカイこと」をやった気になるん
だろうな。だったら、無期懲役で世間の目に付かないところで余生を静かー
に送らせてやろうよ。
こんなこと書くと、家族を殺された遺族の気持ちを考えろ、って言う人も
いるだろうな。でもさ、犯人の死をもって「復讐」を遂げてしまったら、
やっぱりどこか「どっこいどっこい」になっちゃうんじゃないの?
今、ヨーロッパ首脳会談のニュースもやってて、ブッシュが苛められて
て、個人的にはかなりザマーミロなんだけど、CNNあたりでも「先進国で未
だに死刑なんてやってるのはアメリカと日本だけで...」なんて言われ方して
る。アナウンサーの口調に「日本は私らヨーロッパには全く理解しがたいア
ジアの国だからおいとくとして、まだ死刑なんてやってるアメリカは未熟な
国なのよね」という「ウラ」を読んでしまうのは、私だけか。
長引く不況のせいなのか、体制が老朽化してきて必然的に社会の奥底に溜
まった膿が吹き出してきているのか、許し難い犯罪はこれからも起きると見
た。だから、今のうちに「死刑」についてもちゃんと考えておいた方がいい
んじゃないかと思ってさ。
K.O.
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『たわごとコラム』
海外生活が長いと漢字を忘れる。これは間違いない。
読み方も忘れるし、何よりも書けなくなる。
むずかしい漢字はまず書けない。書いたとしてもロクでもないことになっ
てる場合が多い。
そういう自分になって思うのだが、昔の日本の暴走族というのはエラかっ
たね。いろんな漢字知ってたからなあ。
ここでいろいろと例を上げたいのだが、浮かんでこないんだ。これが。
「グリース」とか「ヨロシク」とか暴走族の皆さんが好んで漢字に書いてた
じゃない。あれよ。あれ。
でもさあ、彼らっていろんな漢字の組み合わせを作るために漢和辞典とか
一生懸命引いてたのかなあ。リーゼント頭したヤンキーのにいちゃんが、必
死で漢字を探してる姿というのは結構笑える。でもホントにやってたんだろ
うなあ。でないと、あんなむずかしい漢字、わからんよね。
夜、ブリブリ走って、家に帰って辞書開いて漢字探し。当て字だから、音
読み訓読みどちらも調べて、うまく組み合わせる。漢字の意味も大切よ。つ
いでにカッコイイ漢字でなくっちゃ。「便」とか「糞」とかは死んでも使え
ない。
そう考えると、暴走族というのも大変な商売ですな。商売じゃないけど。
それと、漢字に詳しいというのは尊敬に値する。
ところで、「なぜ日本の暴走族は漢字に走ったか」というのを探求したら
きっとおもしろい思うのだが、どんなもんだろうか。
超くだらない話でした。
ひろ
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『今週の歌』
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