2001年9月18日号(No.369)




目次

*『NYテロ事件』
*『実際何が起きたのか』
*『そのときNYJJは?』
*『そのときNutsは?』
*『何をすべきだったのか?』
*『これからのこと』
*『今週の歌』
■■■■■■ 投稿募集 → nynuts@rcn.com ■■■■■■
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『NYテロ事件』

 もう説明の必要はないと思う。あのテロ事件である。
 ワールドトレードセンターとそのまわりのビルが崩壊し、6000人以上 の人たちが亡くなった。
 まだすべての遺体が見つかってないにもかかわらず、「6000人以上の 人たちが亡くなった」と書いてしまうのには少し抵抗があるが、結果とすれ ば、ほぼ間違いなくそうなるだろう。
 亡くなった人たちのことを考えると、やりきれない気持ちになる。なぜ彼 らは死ななければならなかったのか。死ぬ必要などなかったのである。でも 彼らは爆死、焼死、あるいは墜落死した。
 ただ私は、悲しみや怒りについて話すつもりはない。ここでは、できるだ け客観的に「実際何が起きたのか」「そのときNYJJは?」「そのときNuts は?」「何をすべきだったのか?」「これからのこと」などを考えてみた い。
 今回のテロ事件を漠然と語り始めると、とてつもなくデカいネタになって しまう。アメリカの外交という視点で捉らえることもできるし、この事件の メンタルな意味での影響という切り口もある。
 ただNutsでは、あくまでも「ニューヨークに住む日本人(NYJJ)」という 立場から物事を見てみたい。私たちNYJJは目の前の状況にどう対応したの か、あるいはどう対応すべきだったのか。そしてこれから私たちに何ができ るのか。
 感情的な話で明け暮れることもできる。でも私たちは実際にニューヨーク に住んでいるのである。この事件の当事者なのだ。忘れたくても、現実は私 たちの目の前に存在する。その現実にガツっと取り組む以外に、私たちが前 に進む方法はない。
 目を大きく開いて、今回の事件を見てみることにしよう。
                         ひろ
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『実際何が起きたのか』

 今回のニューヨークでのテロ事件を簡単にディスクライブしてみよう。
 「ワールドトレードセンターおよびその周辺のビルが崩壊し、その結果、 数千人の人たちが亡くなった」。
 一文にまとめるとそうなる。
 日本では、まるでマンハッタンが壊滅したかのように報道されていたらし いが、実際に起こったのは上記の「ワールドトレードセンターおよびその周 辺のビルの崩壊」である。
 イメージとすれば、もっとスゴイことが起こったように感じるかもしれな いが、物理的には「ニューヨークの数ブロックが崩壊した」だけなのであ る。ただ、それはあくまでも物理的な話であって、命の重さや経済的な影響 で考えれば信じがたい事件だ。テロリストたちもだからこそワールドトレー ドセンターを狙ったのである。
 事件直後、ボランティアが殺到し、「もうボランティア必要ありません」 というアナウンスが出されたが、それは当然と言えば当然だったのである。 なぜなら、今回の事件は阪神大震災とは違うのだ。崩壊したのは数ブロック であり、マンハッタン自体が壊滅したわけではない。事件当日も、ダウンタ ウンはパニック状態だったが、アップタウンのレストランには結構お客が 入っていたという事実が、今回の事件の物理的規模を物語っている。
 献血もすぐに必要なくなった。衣類の寄付に行った人の中には、靴下など の一部のもの以外は必要ないと言われた人もいる。
 以上のように、今回の事件は、地震やその他の天災とは違うのである。そ こを見間違わないようにしないと、具体的に自分がどうボランティアとして 関与すればいいかがわからなくなるのである。
 「実際何が起きたのか」話、完了。
                         ひろ
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『そのときNYJJは?』

 今回の事件に関して、NYJJの動きは早かった。
 インターネット上の掲示板では、募金情報や献血のお願いなどがポストさ れ、実際に多くのNYJJの皆さんが行動したようだった。ボランティアするた めにジェイコブ・ジャビッツ・センターに行った人も多いと聞く。
 今回、インターネットが大活躍したのは間違いない。NYJJ内の情報交換の ためのコミニュケーション・ツールとして機能したのはメールとウェブのみ だったのである。反対に言うと、紙とテレビはほぼ全滅だった。その紙の中 には、この「週刊Nuts」も入る。
 一方で「何かやりたいんだけど、何をしていいかわからない」という日本 人も多かった。ボランティアもいっぱいだったし、献血も「もう十分」と断 わられた。結果として、ボランティア・エネルギーが余ってしまい、そのは け口がわからずにコンフューズしてしまった人もいたようだった。
 先に書いたように、今回の事件は地震ではない。地域的に非常に限られた 場所で起こった特殊な出来事なのである。ボランティアが余るのもある意味 当然なのだ。
 そういう場合は、とりあえずできることから始めたらいいと思う。募金で もいいし、「Thank you」と書いた看板を持ってハドソン・リバー沿いに 立ってもいい。
 もうひとつのポイントは、実際に外に出てみることだろう。病院に行った り、被害者のインフォメーション・センターを訪れることによって、何か自 分にできることを見つけられるかもしれない。
 ボランティアというのは、人に言われてやるのではなく、あくまでも自主 性で動くからこそボランティアなのである。自分で探して自分で動く。その 姿勢が大切だと私は思う。
 以上。
                         ひろ
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『そのときNutsは?』

 今回、Nutsは何もしなかった。
 一応、インターネット上では号外を出したが、紙に関しては1枚も出さな かった。
 インターネット上で出した号外も、募金情報やボランティア情報でなく、 ドキュメント物だった。役に立ちそうな情報はひとつも載せなかった。
 なぜそうなったのか。
 まず、私自身が忙しかったというのがある。
 Nutsとしてではなく、仕事として今回のテロ事件を追わねばならず、それ でドタバタやってる間に2週間が経ってしまった。
 もうひとつの理由は「いま出す必要はない」と判断したからである。
 募金や献血の情報はウェブに掲載されており、ボランティアに関しては、 最初から余ることを予測していたので情報は必要ないと考えていた。
 また、Nutsの出番が来るのはもう少し後だ、という思いもあった。
 ただ、その判断は間違っていた。やはりテロ直後に紙で出すべきだったの である。それと、いろんな情報も掲載すべきだった。
 この場を借りて読者の皆さんにお詫びしたい。誠に申し訳ありませんでし た。
 「Nutsは何もしなかった」。悲しいけど、そうなのである。
                       ひろ
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『何をすべきだったのか?』

 ここでの主語は「Nutsおよび在ニューヨークの日本語メディアは」にな る。つまり正確には「Nutsおよび在ニューヨークの日本語メディアは、その とき何をすべきだったのか?」である。
 先に書いたように、インターネットが大活躍したのとは対照的に、その他 のメディアは今回まったく機能しなかった。
 「インターネットが働いたからいいじゃん」という声もあるかもしれな い。しかしテロ直後、NYJJの中にはインターネットを使えない人もいたので ある。そのことを考えると、インターネットだけでなく、紙やテレビもきち んと情報を発信すべきだったのだ。
 ニューヨーク発の地元テレビ番組というのはほとんどないからテレビは横 に置く。問題は紙だ。
 紙と言っても、フロントラインやOCSニュースは隔週発行であるからし て、こういう非常事態には対処できない。それは月刊のtocotocoやコロンも 同じである。
 となると、使えそうなのは、日刊紙および週刊紙になる。ニューヨークで 発行されている日刊紙&週刊紙を具体的に挙げると:
1)日刊紙
 ・朝日新聞
 ・読売新聞
 *日経新聞は性質が違うので含めない
2)週刊紙
 ・週刊ジャピオン
 ・読売アメリカ
 ・週刊Nuts
 になる。
 今回、これらのメディアの中で最初に動いたのは読売アメリカだった。 事件が起こったのが火曜日で、読アメが出たのが木曜日。グッドジョブだろ う。
 ただ、こういう非常事態の場合、コミュニティに向かって発行されるもの は必ず無料でなくてはならない。でないと、非常時メディアとしては機能し ないのである。
 できるだけ多くの人たちに簡単にリーチできるスタイルで、どこにでも張 れて受け渡しもイージー。号外がいい例だ。日本で出される号外との違い は、ニュースではなく、募金や献血などの具体的な情報を充実させることだ ろう。それをマンハッタン内の書店や食料品店、ジャパレスなどに張りまく るのである。
 まとめると、非常時用紙メディア発行に必要な要素は:
A)号外的スタイル
B)ローカルで役に立つ情報の収集
C)無料発行物の配布能力
 の3つになる。
 ただ、それらの条件を満たす非常時用の紙メディアをどこかひとつの会社 なり団体なりが出すのはかなりむずかしい。たとえば「朝日新聞が出して よ」とか言って、朝日が「はい、わかりました」と出してくれたらラッキー だが、そんな簡単な問題ではないだろう。
 現実的には、複数のメディアが協力してひとつの号外を出すという方法が ベストだ。週刊ジャピオンと週刊Nutsは、ほとんど姉妹紙みたいなもんだか らして問題ない。すぐにでも組める。そのジャピ&Nuts連合軍が朝日か読売 のどちらかと組んで号外を出すというのが、最も実現しやすい方法だ。
 何かデカイ事件が起きたらすぐにお互いが持つコンテンツを提供し合って 号外を制作し、それを手分けして配布するのである。できれば事件当日に出 したい。遅くても翌日。また号外発行は1回だけでなく、事件後2、3回行 なうべきだろう。
 今回のような事件はもう2度と起こってほしくないが、準備だけはしてお くべきである。早速根回しを始め、態勢を整えておくつもりだ。
 というわけで、「何をすべきだったのか?」の答えは「役に立つ情報主体 の号外をできるだけ早く出すべきだった」になる。
                       ひろ
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『これからのこと』

 「そのときNutsは?」のところで書いたように、事件直後、私は「Nutsの 出番が来るのはもう少し後だ」と考えていた。そのココロを少しお話しした い。
 先に説明したように、今回の事件は地震などの天災とは違って、一般の人 たちがやれることは限られていた。
 またここは、日本よりもずーっとボランティア精神豊かなアメリカなので ある。ボランティアに関する組織作りやアイデアも、日本とは比べものにな らないくらい優れている。
 そういう場所でよくわからない人間がドタバタしても仕方がない。だから 私はボランティア等については、アメリカ人の皆さんに全部お任せすること にした。それと同時にこう考えた。「自分にしかできないことをやろう」 と。
 ニューヨークに住む日本人のひとりである私にしかできないこと。それは 日本人の行方不明者探しだった。
 ワールドトレードセンターに入っていた日系企業の社員に関しては、ここ の領事館が担当すると思っていたし、実際彼らがやっているようだ。また、 団体の観光客は、それぞれの旅行代理店が把握しているはずだった。問題 は、そのときにワールドトレードセンターにいた個人観光客やニューヨーク に住んでいて偶然事件に巻き込まれた日本人の行方だ。つまり「だれも知ら ない行方不明者」たちである。
 事件直後から、私は「だれも知らない行方不明者」探しをやることを決め ていた。ただ事件が起きた週は状況が混乱していたので、物事が少し落ち着 いてからスタートするつもりだった。
 ニューヨークに住む日本人としてできることの中には、他にも「ニュー ヨークで足止めを食らって日本に帰れなくなった人たちのお世話」などが あったが、少なくともその人たちは生きてるわけで、数日我慢すれば日本に 帰れることはわかっていたので私は手を出さなかった。
 事件が起きてから2週間、私は領事館の動きやネット上でやり取りされる 行方不明者の情報をずーっと観察してきた。また同時に「だれも知らない行 方不明者」を探す方法についても検討していた。
 というわけでいきなりだが、Nutsでは、行方不明者に関する情報を集めて いる。詳しい方法については次号でお話しするつもりだが、取り急ぎ 「ニューヨークに行ったまま帰って来ない」とか「最近姿を見ない」という 人がいたら、Nuts編集部(nynuts@rcn.com)までご連絡いただきたい。 できる限りのことはするつもりだ。
 とうとう動き出すときが来たのである。Nutsの出番はこれからなのだ。
                       ひろ
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『今週の歌』

「ここ最近 激しい音楽 聴けなくて
         静かな局に ラジオを合わせる ひろ」

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