2001年11月20日号(No.376)
目次
*『ドキュメント・墜落』
*『無意識の問題』
*『価値観がちと変わった』
*『今週の歌』
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『ドキュメント・墜落』
11月12日(月)はベテランズ・デーだった。企業は休みでないところ
もあったが、銀行や学校は休み。私の会社も休みだった。ただ私は、サイト
の更新作業があったので休日出勤しなければならなかった。
いつもより遅れて午前9時半ぐらいに会社に着いた。ビルの1階にある売
店に立ち寄ってディカフ・コーヒーを買う。
「飛行機がまた落ちたって話、聞いたか?」
売店のアラブ系のおじさんが聞いてきた。
「え? 知らないよ」「今日の朝7時過ぎに落ちたって言ってたぞ」
「ホントに?」
慌ててコービーをつかんでエレベーターに。階に着いて会社のドアを開
け、そのままテレビの前に行く。テレビとケーブルの電源をオンにする。
ホントだ。かなり遠くから撮ってる絵だが、確かに飛行機が落ちたように
見える。場所はRockawayらしい。どのチャンネルを回しても写っているの
は同じ風景だ。どの局もまだ現場に着いてないようだった。
Rockawayは遠い。ミッドタウンからだったら地下鉄で1時間はかかる。
私が初めてRockawayに行ったのはいまから9年前の夏だった。それ以
来、毎夏通っているので土地勘はあった。
携帯にメッセージが入っていた。かみさんからだった。内容はもちろんこ
の事故の件。
テレビをつけたままにして自分のデスクに行く。バッグを下ろしてラジオ
をつける。1010WINSでは、そのニュースがガンガン流れていた。
コンピューターを立ち上げて、ネットにコネクトする。日本語のニュース
サイトにも、すでに今回の件に関する記事が掲載されていた。
電話が鳴り始める。日本からの電話がほとんどだった。
今日はサイトの簡単な更新だけをやるつもりだったが、この事件が起きて
状況が変わった。やることは山ほどあった。
ラジオから橋やトンネルが封鎖されたというニュースが流れてきた。「ま
た封鎖か・・・」。9月11日の記憶がよみがえる。あの日、歩道は人で、
そして道路は車であふれていた。
デスクを立って窓に向かう。窓を開け、ベランダに出る。そこからビルの
前を走るサード・アベニューを見下ろすと、すでに大渋滞だった。
席に戻ってラジオを聞きながら仕事を続ける。ときどきテレビの前に走っ
て行って状況を確認して、再び走ってデスクに戻る。それをしばらく繰り返
した。カメラが現場に到着してないため、各局とも目撃者に電話でインタ
ビューしていた。
最初はボーイングの飛行機だと言っていたが、あとでエアバスであること
がわかった。また事故機が、JFK空港から離陸した飛行機なのか、それとも
同空港に着陸しようとしていたのかがしばらくはっきりしなかったが、最終
的に離陸直後に墜落したことが確認された。
墜落したのは、午前9時17分頃。売店のおじさんから聞いたのは「7時
過ぎ」。あとでわかったことなのだが、最初の報道では「7時過ぎ」と言っ
ていたらしい。
便はドミニカン・リパブリック行きだった。ここで一気にこの事件が身近
なものになる。朝9時過ぎに出発するアメリカン航空のドミニカ行き。かみ
さんの家族がいつも使う便だ。私自身、この便に乗る家族の見送りに何度も
行ったことがある。
テレビのチャンネルを変えながら、各局の動きをチェックする。早かった
のはABC。反対にNBCは、しばらくカメラが現場に入れなかったらしく、
後日地元紙に散々叩かれるほどの遅さだった。
デスクに戻って、今度はラジオを聞く。「テロかどうかはまだわからな
い」と繰り返すアナウンサー。それはテレビも同じだった。
国連が封鎖されたというニュースが流れる。エンパイアーも封鎖されたら
しい。
しばらくして、一部の橋やトンネルが開き始める。再びベランダに出る
と、サード・アベニューの渋滞はクリアーになっていた。
状況が落ち着いてきた。次々に橋やトンネルの封鎖が解除される。
自分の中で張り詰めていた緊張感がゆるみ始める。実際に見えたり臭った
りするのとしないのでは、これほど違うものなのか。外を見ても、この街の
端っこで数時間前に250名以上の人たちが亡くなったとは思えないほど、
平和な空気が流れていた。
デスクの近くの壁に張ってあるニューヨークのサブウェイ・マップを見
る。Rockawayは遠かった。
私は現場に行くかどうか、まだ迷っていた。
ひろ
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『無意識の問題』
ここでいう「無意識」というのは、広い意味で「人間の心の可能性」とい
うことである。
先週、私は『そしたら墜落事故』の中で以下の文を書いた。
* * * *
それともうひとつ、メディア側には「テロであってちょうだい」という期
待があった。そのほうがストーリーがおもしろくなるからだ。また、その感
覚、つまり「テロであってちょうだい」という空気は一般の人たちからも感
じた。正直言って、自分の中にもそういう思いがあった。おそろしいことで
ある。
9月11日以来、無意識のうちに新たな刺激をもとめている自分がいる。
そういう感覚ってないですか。知らない間に「またなんかないかなあ」と
思ってたりとか。今回の事件では、その期待感をメディア、人々、そして自
分自身から感じた。
* * * *
この文に関して、無神経ではないかという声が上がっている。要するにこ
ういうことを書くことについてである。
昔からそうなのだが、この「週刊Nuts」紙上で人間が無意識のうちに考
えてること、特にダークサイドの話をすると、必ずそういう声が上がる。
論点は「無神経」「常識知らず」という感情論にとどまり、結論はいつも
「Nuts発行の意味」や「もう出すな」「もう書くな」に着地する。それは
もう見事なぐらいだ。同時に私が提起した問題には絶対に触れないのであ
る。
彼らは恐いのだろうか。直視できないほど、それらの問題は彼らにとって
恐ろしいものなのだろうか。
申し訳なのだが、「週刊Nuts」は私たちが無意識のうちに考えているお
ぞましいことや、人間の残酷性などのダークサイドを積極的に取り上げるメ
ディアなのである。そこんとこ、よろしく。
人間の無意識の話で思い出すのは、イギリスのダイアナ妃が亡くなったと
きの出来事だ。
ダイアナ妃が亡くなったとき、ニューヨークのイギリス領事館が入ってい
るビルのロビーは花束で埋め尽くされた。私は同じビルで働いていたので、
その風景はよく覚えている。
多くの人たちが献花するためにそのビルを訪れたのだが、よく見ていると
彼らの中には、花束を添えたあと、ビルの前のニューススタンドに立ち寄っ
てダイアナ妃に関する記事が掲載された雑誌を購入している人もいた。
私はその風景を目にしたとき、少し吐き気がした。
メディアに追いかけ回されたことが間接的な原因で死亡したダイアナ妃。
その死に涙する人たち。そして人々は彼女について書かれた記事を読み、
その欲求を満たすためにメディアは再び走る。つまり、終わることのない連
鎖なのである。それが無意識のうちに起きているのだ。
知らないうちにアラブ人を差別している。知らないうちに黒人を差別して
いる。知らないうちに中国人を差別している。知らないうちに韓国人を差別
している。
そういう「知らないうちに」という経験が一回もないという人が、日本人
の中にどのくらいいるだろうか。
人間の無意識の中には、さまざまな悪魔的要素が棲んでいる。その悪魔が
人の不幸を喜んだり、血の臭いのするニュースを求めたりするのである。
でないと、ゴシップ雑誌や週刊誌があんなに売れるわけないじゃん。
無意識が厄介なのは、それが無意識であるからだ。要するに気づかないで
やってるということである。バブル期の日本人を思い出してみればよくわか
ると思う。知らないうちに私たち日本人は浮かれポンチになっていたのであ
る。
無意識の部分をキチンと見てないと、ズルズルと間違った方向に行く可能
性が高くなる。それが私の無意識に関する仮説だ。
だから大切なのは、そいつをいつもニラみつけておくことである。特に無
意識のダークサイドについては要注意。油断してると、とんでもない方向に
走り出すからね。
無意識のダークサイドというのは、人間の悪魔性という意味でもある。
その部分を、社会はもっと積極的に議論すべきだと私は思う。
人間は悪魔の心を持つことができる。私はそう信じている。でないと戦争
なんかしねえよ。
サリン事件のときもそうだし、9月のテロの際も同じだったのだが、「信
じられない」とか「オーマイガァ」だけでは何も問題は解決しないのであ
る。
9月のテロ事件で私がひとつ驚いたのは、1機目がビルに突っ込んだと
き、ほとんどの人たちが「事故」だと思ったことだった。
あんなところに飛行機が間違って突っ込むわけがないではないか。どう
やって間違えるのよ。そんなもん。テロに決まってるじゃん。
ここはニューヨークなのである。テロリストが狙うなら、やっぱり「世界
のニューヨーク」だろ。そのことは、何本もの映画が教えてくれていた。
で、何か仕掛けるなら、当然ワートレだ。それは93年の事件が証明して
いる。
同事件でテロリストたちは、ビルの土台の部分を爆破することによってツ
インタワーの1棟を傾け、それをもう1棟にぶつけることによって、ドミノ
倒しのように2棟を同時に崩壊させるつもりだったのである。
ヒントは93年の時点であったのだ。しかし私たちは、ニューヨークでこ
こ数年続いた好景気+平和な時代によって、「知らないうちに」この状態が
今後も続くかのような錯覚に陥っていたのである。
無意識のうちに平和ボケになっていた私たち。無意識のうちにこのままの
状態が続くだろうと思っていた私たち。無意識のうちにアフガンの状態やイ
スラム圏内のテンションを無視していた私たち。無意識のうちにニューヨー
クでテロる人間なんていないと考えてた私たち。無意識のうちにツインタ
ワーを潰そうとした人間の存在を忘れていた私たち。
そして、飛行機でツインタワーに突っ込むことを考え、実行した連中の
「心の可能性=悪魔になれること」にも私たちは気づかなかったのである。
だから「週刊Nuts」ではこれからも「無意識→油断」や「無意識→心の
可能性→人間の悪魔性」などをガンガン取り上げ、問題提起する予定だ。
怖がらずにお付き合いいただきたい。
「やだよ〜」とか言われちゃいそうだけど。
ひろ
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『価値観がちと変わった』
9月のテロ事件以降、なんとなく価値観が変わったような気がする。特に
エンターテイメント等を含めた「情報」に関する価値観はちょっとだけだが
変化したのではないだろうか。
ひとことで言うなら、自分の生活を守りながら生きて行くために必要のな
い情報の価値が著しく低下したのである。要するに、どーでもいい情報が実
際にどーでもよくなったわけだ。
9月以前にちまたを騒がせていたネタを思い出してみればわかる。行方不
明になったインターンと下院議員が寝たとか寝ないとか、ジュリアーニ市長
の離婚問題とか、そういうどーでもいいニュースで世の中は大騒ぎだった。
それが9月の事件ですべて吹っ飛んだのである。まあ、もともとそういう
レベルのネタだったわけだ。
また、エンターテイメント業界に関しても、ある意味、化けの皮がはがれ
てしまったように思える。
同業界にはスターやセレブたちがたくさんいるわけだが、彼らは基本的に
幻想の国の住人たちである。映画やテレビの中ではテロリストたちを壊滅さ
せることができても、現実の世界では彼らは無力だ。そのことが今回の事件
で明らかになった。
一般の人たちが「自分の生活を守りながら生きて行くため」に、スターや
セレブたちが不必要な人々であることは、以前から事実として存在してい
た。にもかかわらず、私たちのテンションは彼らに対して向けられ過ぎてい
た。そのテンションの10分の1でもアフガンの状況に向けられていた
ら・・・と私はいまごろ思うのである。
彼らにファンドレイジング等でがんばっていただくという方法もある。
ニューヨークを元気にするためのCM作りに協力したスターたちもいる。し
かし、あくまでも彼らの商売は、幻想を売ることなのである。
9月の事件まで、世の中は、どーでもいいようなニュースやそういう幻想
に対して、金やテンションを払い過ぎていたのではないか。
どーでもいいニュースやスター&セレブたちが出る映画・テレビ番組など
が必要ないと言っているわけではない。私が言いたいのはtoo muchだった
ということだ。
ニューヨーク、そしてアメリカに住む人々は、同時多発テロ事件以降、
なんとなく不安な日々を送っている。それまで空気のようにあった「安心
感」があの事件で吹っ飛んだのである。
人間が生きて行くのにとりあえず必要なのは空気だ。でも、普通の生活の
中では、そのありがたみにはなかなか気づかない。
今回私たちがなくした「安心感」もその空気に近い存在だった。人間が生
きて行くために必要なもののひとつだが、普段はその存在はわかりづらい。
「なくしてわかるありがたみ」ってやつだ。
いま私たちがやらなければならないのは、その「安心感」を取り戻すこと
である。その際、どーでもいいニュースやスター&セレブたちは、直接的に
は役に立たない。
これは単に私の意見ということではなく、世の中全体が少しだけそちらの
価値観に傾いたような気がするのである。
「本当に必要なものは何なのか」「それを得るためには何をしたらいいの
か」と人々が考え始め、その結果、これまでの価値観に変化が生まれてい
る。
最近私はそう感じているのである。
ひろ
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『今週の歌』
「ターキーを 切るのはこれで 10回目
同じ家族に 囲まれながら ひろ」
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