2001年11月27日号(No.377)
目次
*『ドキュメント・墜落』
*『星条旗のこと』
*『書き手吟味のチャンスよ』
*『今週の歌』
■■■■■■ 投稿募集 → nynuts@rcn.com ■■■■■■
**************************************
『ドキュメント・墜落』
11月12日(月)の午後1時過ぎ、墜落現場に行くことを決める。住宅
地に飛行機が落ちるというのはどういうことなのか。それを確かめたかっ
た。
2時前にオフィスを出て地下鉄の駅へ。現場に行くためには、3本のライ
ンを乗り換える必要があった。まずEからA。そしてAからシャトルのS。その
Sの終点から約10ブロックのところに飛行機は墜落した。
レキシントンの駅でEトレインに乗る。車内は通常とほぼ同じ。至って平和
だった。
西42丁目で今度はAラインに。目の前に座った黒人男性ふたりが事故につ
いて話していた。「今回も燃料は満タンだったから、被害も大きかったはず
だ」などと結構スルドイことを言っていた。
車内は黒人の比率が高かった。Rockawayには黒人が多く住む地区があ
る。そのせいだろうか。
ブルックリンに入ってしばらくすると、電車が地上に出た。ここから
Rockawayまで地上を走ることになる。空は快晴だった。
JFK空港近くの駅で私の前に座っていた黒人男性ふたりが降りる。おそらく
空港で働いているのだろう。だからやたらと事故の内容に詳しかったわけ
だ。
Aトレインがジャマイカ湾を渡る。その途中にある駅でシャトルのSに乗り
換え。ホームで電車を待つ人々のおよそ半分はメディア関係者だ。身なりや
持ち物(カメラやノート)でなんとなくわかる。
しばらくしてシャトルが来る。時刻はすでに3時を過ぎていた。
シャトルの終点の現場に一番近い駅に着いたのは午後3時20分頃だっ
た。飛行機は墜落したのは、そこから約10ブロック離れた住宅地だ。
そちらのほうに向かって歩き出すと、いきなりNYPDの検問があった。
プレスパスを見せて、そこを通過する。
NYPDやFDNYの車がときどき通り過ぎるが、辺りは至って平和だった。今
朝、この上空を250人以上を乗せた旅客機が超低空飛行で通過し、もう少
し行ったところに墜落したのである。少し焦げ臭いぐらいで、大惨事が起き
た場所のようには見えなかった。
太陽がかなり西に傾いている。その太陽に向かって歩いているため、逆光
ですべてがシルエットでしか見えない。
テレビ局の車が数台停まっている。日本のテレビ局もすでに来ていた。た
だ、すでに現場からは閉め出されているらしく、カメラクルーたちは待機の
状態だった。
おそらくこの様子では現場には入れないと読んだ私は、とりあえず辺りを
ブラブラすることにした。
飛行機はブロックの真ん中に落ちたようで、私がいたストリートからはそ
の様子はまったく見えなかった。
前回のテロ事件、そして今回の墜落事件でわかったのは、取材のために現
場に入ろうとするならば、最低でも事件発生後2時間以内にその場に駆け付
けなければならないということだった。2時間以上経つと、完全にNYPDに閉
め出されてしまうからだ(ただ夜ならなんとか入れる)。
NYPDがブロックしていたストリートからビーチまでは1ブロックしか離れ
てなかった。ヒマ潰しのため、ビーチを見に行く。
真っ白な砂浜が遠くまで続いている。日本のメディアの中には、
Rockawayのことを「観光地」と紹介してるところもあったが、その原因と
なったのがこのビーチだ。
確かに夏には海水浴客がわんさか訪れる場所ではあるが、「観光地」と言
われるとちょっとイメージが違うような気がする。単なる近場のビーチ。
そんな感じだ。「ニューヨーク市内の海沿いの観光地」とか言われて、日本
の人たちも「へ? ニューヨークにそんなとこがあんの?」と結構混乱した
のではないだろうか。
再び現場近くに戻る。上空をNYPDのヘリがブンブン旋回している。
テレビ局や新聞記者たちがいろんな人にインタビューしている。この辺り
はホワイト・ネイバフッドらしく、インタビューされてる人のほとんどが白
人だった。
私はできるだけ事故現場に近づくために別のルートを探すことにした。
飛行機が墜落したブロックのまわりをグルグル歩く。途中でガソリンスタ
ンドを見つける。ここに墜落機のエンジンが落ちたのである。ただそのブ
ロックも閉鎖されていて、問題のエンジンは見えなかった。
その近くの民家にお願いして裏庭に入れてもらう。そこからはエンジンの
一部が見えた。ガソリンスタンドには大した被害はなく、エンジンだけが空
から降ってきた、という感じだった。
そこから1ブロックのところに燃料運搬用のトラックが停まっていて、そ
のまわりにテレビカメラが集まっていた。なんだなんだとのぞいてみると、
そのトラックの後部のバンパーがヘコんでいた。
話によると、墜落した飛行機の何かがそのトラックにぶつかってヘコミを
作ったらしい。
他に撮るものがないためか、みんなで一生懸命、そのヘコミを撮ってい
た。なんか奇妙な風景だった。
再びブラブラ歩いていると、民家の駐車場で数人のカメラマンが何かをパ
シパシ撮っていた。近づくと、その民家の裏の家がほぼ全焼していた。
その家はまったく無傷なのにもかかわらず、裏隣りは無残な状況だった。
その落差にちょっと驚いた。
写真を撮るためにできるだけ近づこうとしたが、途中で警官に見つかり追
い返された。
辺りがかなり暗くなってきた。これ以上いても仕方がないと判断して、
駅に向かって歩き出す。途中で擦れ違った白人の男女に「事故現場はど
こ?」と尋ねられ、「ここから数ブロック行ったところだけど、何も見るも
のないよ」と答える。
帰りの地下鉄の中も、メディアの人間たちでいっぱいだった。窓から外を
見ると、ジャマイカ湾に沈む夕日が西の空を真っ赤に染めていた。
ひろ
***********************************
『星条旗のこと』
最近、日本の人たちと話す機会がよくある。電話で話すこともあれば、
こちらを訪れてる人と実際に会って話しをすることもある。
その度に彼らに言われるのが「星条旗」のことだ。内容は「いや〜、こん
なに星条旗が飾られてねえ、愛国心が盛り上がってますねえ」や「アメリカ
はちょっと内向きに走り過ぎなんじゃないでしょうか」などである。
日本のメディアの報道を見ても、星条旗を多さを引き合いに出して、愛国
心の盛り上がりや内向きの姿勢を語る記事やニュースが多い。その傾向は、
9月のテロ事件直後からあった。
いきなりだが、私は、今回の日本人の「星条旗の多さ」に関する読み取り
方は間違っていると思う。間違ってるというのは言い過ぎかしら。「必要以
上に過大に受け取ってる」という表現のほうがいいかもしれない。
皆さんご存知のように、日本人とその国旗(日の丸)の関係というのは、
世界の先進国の中でも珍しいケースだ。
日の丸ほど、多くの自国民が抵抗を感じる国旗はそんなにはない。「自分
の国の旗が嫌いな人」の割合を調べたら、先進国の中ではおそらく日本が
ぶっちぎりの1位だろう。
そういう特殊な関係が、日本人とその国旗の間には存在しているのであ
る。日本人は国旗に関して、ちょっと複雑な感情を持ってるってことね。
日本人が身体で知ってる「国民と国旗との関係」は、自分と日の丸のケー
スのみである。「関係」ではなく、「距離」と言っても構わない。
その結果、無意識のうちに「自分と日の丸との距離」を他の国の人たちに
も当てはめがちになるのだ。自分にとって日の丸はどういう存在なのか。年
に何回、日の丸を玄関に掲げるのか。その尺度で他の国の状況を見ようとす
るのである。
だから、そういう考え方で行くと、現在のアメリカはそりゃもう大変であ
る。だって国旗がそこら中にあるんですから。星条旗が入ったTシャツとか着
てる人もいっぱいいるし。
日本人と日の丸に比べると、アメリカ人と星条旗の関係は非常にフレンド
リーだ。その「近さ」は、日本人にはなかなか理解しづらい。自分自身が国
旗とそういう関係を持ったことがないからである。
日本人は、星条旗がいろんなところに張ってあることに驚きがちだが、毎
年ニューヨークで行なわれるプエルトリカン・パレードなんかもっとスゴイ
ぞ。そこら中、全部プエルトリコの旗よ。
みんなで寄ってたかってプエルトリコの旗振って、Tシャツやバンダナも同
じデザインでキメる(GAPもプエルトリコの旗が入ったTシャツを売って
た)。私は一度、その風景を日の丸に置き換えてゾッとしたことがある。
いまのアメリカにおける国旗の嵐状態が日本で起こったとしたら、そりゃ
大変だろう。考えるだけで恐くなる。ただそれを「こんなに国旗があるのっ
て異常だよね」と日本人の感覚で捉らえてしまうのは危険である。
要するに私が言いたいのは、アメリカ人は、日本人よりずーっと国旗慣れ
しているということである。星条旗を車につけたり、そのデザインが入ったT
シャツを着ることは、日本人が考えるほどビッグディールではないのだ。そ
のことを差し引いた上で、現在の星条旗いっぱい状態を見ないと、間違える
わよ。
これまで私が話した日本の人たちや、日系メディアの星条旗に関する報道
のほとんどは、その「日本人と日の丸の遠さ」と「アメリカ人と星条旗の近
さ」のことを考慮に入れてないように私は感じた。
「国旗がいっぱいある風景=すんげえ異常な状態」という解釈は、あなり
にも短絡的過ぎる。それは日本人の国旗に対する思いをアメリカに置き換え
てるだけだ。
また日本のメディアは、「アメリカは星条旗でいっぱいよ」と報道する前
に、「国民と旗の距離」についてきちんと説明すべきである。でないと読者
は、日の丸感覚で星条旗のことも解釈してしまうからだ。その結果、「アメ
リカは最近やたらと右翼化してんなあ」てな話になってしまうのである。
私は、現在のアメリカの星条旗いっぱい状態を「こんなの普通よ」と言う
つもりはない。やはりアメリカにとっては特殊な時期なのだろう。
ただ、日本人的な「国旗がいっぱいある風景=すんげえ異常な状態」とい
う取り方は間違ってると私は思う。
皆さんはどう思いますか。
ひろ
*************************************
『書き手吟味のチャンスよ』
9月11日以降のいろんな書き手たちによるニューヨーク・レポートや日
本のメディアの報道などを見てててつくづく思うのだが、今回の一連のドタ
バタ騒ぎは、「どの書き手&メディアはよくて、どの書き手&メディアはダ
メ」というのを判断するには非常にいい機会ですな。
いやね、そんなことをあるメールマガジンを読んで思ったのである。
日本に田中宇(さかい)さんというジャーナリストがいる。この人が出し
ている世界情勢に関するメルマガは、なかなかおもしろいというので評判
だ。私もときどき読んでいる。
田中さんの近著『タリバン』(確か光文社新書だったと思う)もかなりイ
ケル。おすすめしたい。
先日、その田中さんが書いたニューヨーク・リポートを読んだ(http://
www.tanakanews.comに『アメリカで考える(1)』というタイトルで
載ってます)。彼がどんなふうにニューヨークを切り取ったのか、興味津々
で読んだのだが、何点か引っかかるところがあった。
特に引っかかったのが、「最初から決めて書いてる」という点だった。
「アメリカは愛国心が盛り上がっちゃって盛り上がっちゃってもう大変
よ」。おそらく田中さんはニューヨークに来る前からそう考えていたのだろ
う。先の『星条旗のこと』で書いたような、星条旗の多さを読み違えた
ニュースなどをどこかでたくさん見てたからに違いない。それが文に表われ
ていた。
最初の一歩がずれてしまえば、あとはもうズルズルである。テロ事件現場
周辺の話も、ニューヨークで見たこと感じたことについても、着地点はいつ
も「アメリカはいま、すんげえ変」だった。ほとんど無理矢理そっちに持っ
ていってる風だった。
感心した。ホント。
でも、田中さんの”ノリ”がわかったことは、結構収穫だった。
今回の一連の事件は、不幸なことに私たちが住むニューヨークで起こっ
た。だから、日本からヒョイと来たジャーナリストや日本の政治評論家なん
かより、私たちのほうが実情や現場の空気を知ってたりする。
こういう場合ラッキーなのは、どいつが適当なことを書いてるかがよ〜く
わかることだ。あるいは、どのメディアが必要以上に大袈裟にニュースを伝
えているかということもしっかり見える。
このコラムのタイトルを『書き手吟味のチャンスよ』としたのは、そのた
めだ。いい加減なことをさも本当のように語る人たち。1を10ぐらいに伝
えるメディア。それがいま、よく見える。
いい機会だから、テロ後のニューヨークに関する記事やコラムをできるだ
け多く読むことをおすすめする。で、書き手やメディアをいまのうちにきっ
ちり吟味するのである。
ニューヨークに住むあなたの目から見て、「こいつはしっかりしたこと書
いてるから信用できる」「このメディアは状況を冷静に見てる」と思える書
き手や媒体があったら、ぜひ覚えておくべきだろう。
それと同時に、ダメ組についても記憶しておくこと。この2つを忘れない
ように。
それにしても、9月のテロ事件後、ニューヨークのことは、日本にどのよ
うに伝えられたのだろうか。日本の人の話や書かれた文章等から判断する
と、すんげえことになってるような気がする。
機会があったら、9月11日以降の日本の出版物やニュース番組等をぜ〜
んぶチェックしてみたいわね。「おいおい、いい加減にせえよ」の嵐になる
と思うのだが、いかがなものだろうか。
ひろ
*******************************
『今週の歌』
「日本では 危ない恐いの ニューヨーク
そろそろおめえら いい加減にしろ ひろ」
下のアドレスを押すとメイルが送れまっせ
投書、意見、感想もどうぞ
Return to Home Page