2002年4月9日号(No.391)
目次
*『”ところで、僕の車はBMW”』
*『NY”グサリ”シリーズ5』
*『VOICE』
@投書『アメリカ人からみる近頃の日本人』
@投書『CBSドキュメントの感想の感想』
@投書『9/11 ドキュメンタリーとPTSD』
*『編集後記』
*『今週の歌』
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『”ところで、僕の車はBMW”』
私の話ではない。勘違いしないように。
先日、こんな感じの文を読んだ。
地下鉄で会話する1組のアメリカ人男女。女性が男性にコンプレーンして
いる。自分が紹介した男性に、彼女の女友達が会わなかったことをグダグダ
言っているのである。「会ってあげてもいいじゃない」というのが彼女の意
見だった。
その女友達が男性に会わなかった理由。それはその男性が電話で言ったひ
とことが原因だった。
「ところで、僕の車、BMWなんだけどさ」
「ところで」。英語で言うと「By the way」。そして、次に出てきたセリ
フが「僕の車、BMWなんだけどさ」。そのひとことで女友達はプッツンした
らしい。
私はこの文を読んで、そういう類いの男がいまだにこの世に存在すること
を知った。
男女間のごく初期のカンバセーションにおいて、「ところで、僕の車、
BMWなんだけどさ」と言える勇気。そういう男気を感じさせる野郎が、この
時代にまだ生存していたとは・・・。油断したな。
早速、私は、まわりの女性軍団(日本人&アメリカ人・20代&30代)
に似たようなバカ、いや、男性に遭遇したことがあるかどうか聞いてみたの
である。
そしたらいたよ、男気のある野郎どもが。そういう話が出てくる出てく
る。
前記の話と似たケースでは、車種だけでなく、色まで教えてくれた親切な
男性もいたそうだ。
「あ、僕の車、ブルーのボルシェなんだ」
ちなみにその彼女は、そいつとは2度と会わなかったらしい。
また、車ではないが、「自分の過去」を具体的なカタチで女性に対して指
し示した男性もいた。
彼は、初めてのデートの日、自分のことが載った新聞記事のコピーを持っ
てきたそうだ。そのコピーを彼女に渡しながら、彼はこう言った。
「これ、読んでみて。僕のこと知ってほしいから」
こ、こ、こ、こいつ・・・
その話を聞いたとき、私は心の中で少しだけ吐いたね。
ここから少し分析に入ってみたい。
初対面、あるいは初期の段階において、唐突(これが大切)に自分の所有
物、あるいはその過去を開陳する男性たち。何の前触れもなく、突然やって
くる:
「ところで、僕の車、BMWなんだけどさ」
「あ、僕の車、ブルーのボルシェなんだ」
「これ、読んでみて。僕のこと知ってほしいから」
とりあえず、自分の中身ではなく、付属品や肩書き、他人の評価の発表か
ら入る男どもだ。
このタイプはアメリカ人男性だけでなく、日本人男性の中にも生息してい
る。
彼らはなぜ血迷うのか。「ところで、僕の車、BMWなんだけどさ」という
ひとことを女性陣がウェルカムしてくれるとでも思っているのだろうか。
自分の持ち物やその過去を相手に伝えることによって印象づけようという
気持ちは、同じ男性としてわからないこともない。
自慢することがほとんどない私だが、20代の頃は若気のいたりもあっ
て、初対面の人にNutsをやってることをいきなり告白してしまうこともあっ
た。しかし、大体が以下のような答えだった。
「Nutsっていうミニコミ知ってる? それ、オレがやってるんだ」
「なにそれ?」
会話が続かない、というのは、こういうときのことを言うのだろう。「後
悔」という文字が、私の頭の中で、オリンピックの開会式のように列をなし
て向こうから行進してくる。なんでそんなこと言っちまったんだ、自分。
なかなかしょっぱい思い出だ。
ただ、私が初対面でカマせるのはミニコミぐらいまでである。もし私が
BMWを持ってたとしても、初めて話す女性に「ところで、僕の車、BMWなん
だけどさ」とは言えない・・・言えないと思う・・・言えないだろうな
あ・・・もしかしたら言っちゃうかも・・・わからん。
これはかなりディープな問題なのかもしれない。
一方、女性陣についてだが、いろんな女性に話を聞いてみてわかったの
は、「ところで、僕の車、BMWなんだけどさ」タイプの男性に対してアプ
セットするのは、20代よりも30代の女性が多いということだった。
理由は簡単だろう。いまの30代の女性は、下手したら男性よりモノも金
も持ってたりする。そういう女性に対して、BMWやポルシェなどのモノで釣
ろうとしても、「へっ」なのである。
30代ともなれば、気持ちの上でも「男性と対等」と考えがちである。
そんな彼女たちに対して、モノでどうにかしようという男どもの態度は、
「挑戦」以外のなにものでもない。
「なにナメてんのよ。そんなもんで釣れるとでも思ってんの!」
彼女たちの怒りを代弁するとこうなる。
ただ、同時に重要なのは、目の前にBMWと82年型カローラを並べられた
場合、彼女たちは躊躇なく前者を取るということだ。
BMW自体がイヤなわけではない。それを厚顔無知に自慢する男どものその
無神経さが許せないのである。
このテーマ、意外に複雑だなあ。
続きは次回に。
ひろ
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『NY”グサリ”シリーズ5』
先月オープンした吉野屋に行ってきた。
場所は42丁目の7と8の間。8に近い。
吉野屋のニューヨーク進出に関する私の感想は「パチパチパチ」である。
すばらしいということね。
日本人および日本のものがニューヨークに”グサリ”するためには、吉野
屋のようなチェーン店が必要なのである。もっと店を増やして、牛丼&チキ
ンテリヤキ丼に市民権を与えてほしい。
できれば日本のようなカウンターだけの吉野屋もあったらいいわね。
ニューヨークは「ひとり」の人が多いから、きっとウケるはずだ。
ニューヨークには意外にひとりで入れるレストランがない。日本のラーメ
ン屋や定食屋のようなカウンターがあるだけのレストランである。
ひとりで気軽に入れるレストラン。いかがだろうか。吉野屋さん、よろし
くお願いします。
ところで、今回オープンした吉野屋の店内インテリアである。
気持ちはわかる。でも、かなりハズしたような気がするのは私だけだろう
か。
店に入ってすぐのところにある、あの竹はどういうつもりなのか。日本を
演出したかったのか。でも、店全体はファーストフード風よ。ちょっと理解
に苦しむ。
世の中、中途半端が一番よくないのである。吉野屋は確かに日本のレスト
ランだが、あれはいかんね。ないほうがいいと思う。
またその他にも天井に奇妙なものがブラさがっていたが、目的がわからな
い。一体だれがデザインしたのだろう。困ったことになったぞ。
あのインテリアには、経営側の迷いが感じられる。「一体どうしたらいい
んだろう」。そういう心の叫びが聞こえてきそうだ。
本気でチェーン展開を考えるのであれば、店内のインテリアもできるだけ
シンプルにしたほうがいいのではないか。まさに日本のように。その辺は、
変にアメリカ人にこびずに、徹底したほうがいいと思う。
吉野屋は、ニューヨークにおける日系”グサリ”ビジネスの期待の星であ
る。できればニューヨークのヘルシー・ファーストフード王になってほし
い。
そのためには、中途半端な日本色は捨てるべきだろう。
牛丼&チキンテリヤキ丼は、寿司とは違う。寿司は、日本を全面に出して
ファッション化したが、牛丼&チキンテリヤキ丼がその道を歩むのは不可能
だ。だって、ファッションにはならないんだも〜ん。
吉野屋が目指すべきなのは、Taco Bell(タコベル)だ。普通のファースト
フードだけど、実を言うとエスニックフード(Taco Bellはメキシカンね)。
そういう意味で牛丼&チキンテリヤキ丼は、寿司よりもポピュラーになる
可能性を秘めている。
吉野屋、がんばれ。
それと、生卵も用意してくれてありがとう。
ひろ
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『VOICE』
@投書『アメリカ人からみる近頃の日本人』
こんにちは。Nutsへの投稿は初めてになります。
投稿というといつもみなさんがきっちり自分の意見をまとめ、しっかりし
た文章を送られているイメージがあります。だからいざ自分が投稿するとな
ると、思ったことがあっても「ちゃんとした文章を書かなきゃ」ととどま
り、だいたい「ま、いっか」ってなるんですが、Nutsさんならテキト―
なこと書いても大目に見てくれるかな?と思い、というわけで言い訳が長く
なりましたが本題に入ります。
Nutsさんと並んで愛読(?)しているサイトがありまして、最近「ア
メリカ人からみる近頃の日本人」について紹介されていました。
http://www.cubeny.com/catch.htm
アメリカ人が比較的他の国について無知なのは多少慣れっこになりました
が、それでもやっぱり日本を奇怪に描いて笑うようなことやネガティブな面
ばかりが報道されるとあまりいい気はしません。
今では真面目に腹を立てることもありませんが(今回の上のサイトの記事
についても然り)、時には腹を立ててもいいかもしれませんね。
たいした落ちじゃなくてすみません。「今週のおまけ」を読んでフト思っ
たことでした。
匿名希望
*編集部注:「今週のおまけ」は、「週刊Nuts」のインターネット版にだけ
付いてくるおまけのコラムです。
@投書『CBSドキュメントの感想の感想』
本当に「忘れていた」からショックが大きかったのでしょうか?
私は消化しきれないものが多く残っていてその原因となるWTC崩壊を見せ
付けられることによってあの悲しみや怒りが再燃したのだと思います。
友人や思い出を壊されてなお今それと戦っているにもかかわらず原因はこ
れです、と見せ付けられた。そんな感じだったのではないでしょうか。
匿名希望
@投書『9/11 ドキュメンタリーとPTSD』
4月2日付け「9/11」に関するコラムで「眠っていた記憶が揺り起こされ
て」視聴者やメディアが「早すぎる」と怒ったという話ですけど、ひろさん
が記述されているご自身のリアクションも含めて、これはいわゆる PTSD:
Post Traumatic Stress Disorder に通じるところありと思いました。
ご存知のとおり PTSD では例えば阪神大震災、東京のサリン事件、または
9/11のテロ事件のように、ある精神的な外傷を受けた場合、何らかの形でそ
の後遺症が現れてきて日常生活に支障をきたすようになる。ほんの数日で後
遺症が現れる場合もあれば、数十年かかる場合もあります。外傷を受けてか
ら後遺症が現れるまでの間に本人はその外傷についてまったく忘れている場
合も多いわけです。特に外傷の暴力性やショック度が高い場合には。
例えば、阪神大震災の被害に合った3歳の女の子が、その後トラックが通
るたびに恐怖で身体が硬直するという症例がありました。ベトナム帰還兵の
フラッシュバックにしても同じこと。普段は気にしていないようでも、何か
それを示唆することが起きた場合にパニック状態になる。
今回 9/11 が引き起こした反応は、この病理にちょっと似ていると思われ
るのです。「せっかく忘れて普通の生活に戻ったのに、何もそういう生々し
い映像を見せなくてもいいじゃない」という気持ち。
私自身はというと、9/11 が自分にとってどのような意味を持つ出来事で
あったのか、まだ十分に把握できていませんので、ドキュメンタリーが放映
されると聞いたときに「それはまだ早い」と思った口です。周りのニュー
ヨーカーたちも「早すぎる」と思った人が多かった。だから、「何で今ご
ろ」という反応には正直いって驚きました。
ニューヨークに長く住んでいる人たちの中でも、「何で今ごろ」派が大多
数だったのでしょうか?
ひろさんがおっしゃるとおり、もちろん「忘れる能力」は人間にとって不
可欠ですね。夢を見るのは記憶の過剰を防ぐためとも言われます(蛇足です
が PTSD の場合、悪夢を通して自分を治癒することもあると言います)。
でもそれがどういう性質の忘却なのかを問う必要もあるのではないでしょうか。
9/11 のように大事な出来事は、何らかの形で自分の体験として消化してか
ら奥の方にしまっておくべきところを、その場で打ち消すように忘却してし
まったのでは惜しいと私は思います。もちろん、直接被害に合われた方や、
遺族の方々は一生かけてそれに取り組むことになるのでしょう。
というわけで、大変長くなりましたが「9/11を見て自分の忘れ度を自覚せ
よ」というひろさんのご意見に賛同いたします。
なにやらとりとめなくて、しかも硬い文章ですいません。
お忙しいことと思いますが、今後も頑張って、面白くも良質のコラムを書
きつづけてくださいね。応援してます。
香
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『編集後記』
最近、お見合いの話に興味があります。別に私がお見合いやりたいってい
うわけじゃなくて、お見合いした人たちの経験談ね。特に日本に一時帰国し
たときにお見合いした人の話。何人かに話を聞きましたが、おもしろいん
だ。これが。
そのコーナーでも作ろうかと考えてる今日この頃です。
では、また来週。
ひろ
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『今週の歌』
「コリアンを 食った翌日 肛門を
襲うファイヤー キムチのウンコ ひろ」
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