2003年2月11日号(No.413)
目次
*『今週の問題』
*『日本救出2兆円作戦37』
*『やりたいことの見つけ方9』
*『今週の歌』
■■■■■■ 投稿募集 → nynuts@rcn.comまで ■■■■■■
************************************************
『今週の問題』
これまで私は、自分の「ゲイ」としての可能性を探す長い旅に出ていた。そ
して最近、ついにその終着駅にたどりついたのである。
私がおのれの「ゲイ」としての可能性に気づいたのは、ニューヨークに来た
からだ。つまり11年前ですか。
初めて会う人たちの半分以上が、私をゲイだと思うことを発見したとき、な
んだか嬉しかった。なぜ嬉しかったのかは自分でもわからない。
私がゲイに見られる理由は、ときどきオネエ言葉を使うからだろう。あとは
よくしゃべるとか。
「私にはゲイとしての才能があるのかもしれない」
そんな思いが、私の心に芽生えた。そしたら、次は当然、「開花させるべき
か、それともこのまま眠らせておくべきか」になるわけである。
男である私にとっての「ゲイ」は、他の「男」を愛してしまうこと。ただ、
私自身が「女」を好きなことは間違いなかった。「だったら、バイ?」。真剣
にそんなことを考える日が続いた。
ウソだけど。
いやね、そんな「?」が頭のどこかにずーっと存在してたことは本当であ
る。ときどき、試してみたくなったりもした。
たとえば地下鉄の中で、「自分は隣りの男性にいきなりキスできるだろう
か」なんてことを考えたりして。結構できそうな気がするんだな、これが。
他には、エスカレーターの前に乗った男性を後ろから抱きしめて、頬ずりし
たりとか。実際はしてないのよ。でも、その気になったらやれそうな気配も
あったのである。
昔、この『週刊Nuts』でも書いたが、私は男性のチンチンをナメたことがあ
る。
沖縄時代、友達が冗談で、私の目の前に「ほれ、ナメろ」と彼のチンチンを
突き出したのである。だから舌でペロリとナメてやった。「ギャア〜」。悲鳴
をあげたのは友達のほうだった。
以上のようなことを考え合わせると、私には「ゲイ」としての才能がかなり
あるはずだった。
「でも、なんかなあ・・・」
才能のイブキは感じても、自分ではイマイチNot Sureだった。
そして、ついにその日がやってきたのである。
先日、女友達とランチを食ってる際に、「人が残したものを食べれるか」と
いう話になった。その友達は「食べれない」と言い、私は「食べれる」と断言
した。
「じゃあ、○○さんの食べ残しは?」と彼女の質問が具体的になるにつれ、
私はあることに気がついたのである。
「女性の食べ残しはだれのだって食えるが、男性の食べ残しは一切食えな
い」
それは事実だった。
私は女性の食べ残しに関しては差別しない。「女性食べ残し」博愛主義者と
呼んでもらっても構わない。相手が嫌がっても食うよ。一種の食べ残し強盗で
すな。
しかし、これが男性の場合、状況は一変する。
私は男が食い残したものは、一切食べない。くれると言ってもお断りする。
男性の食べ残しに関してはKKK並みの差別主義者だと自負している。
つまり、私の「食べれる」発言はウソだったのである。
正確には、「女性の食べ残しはウェルカムだが、男性のはゴーホーム」とな
る。
「じゃあ、男性のは食べれないの?」という友達の問いに、私は「男の食い
残しなんて気持ち悪くて食えるわけねえじゃん」と真剣に答えていた。
そのとき私は気がついたのだ。私が「ゲイ」になれないことを。
「男の食い残しなんて気持ち悪くて食えるわけねえじゃん」と発言する男
が、「ゲイ」であるわけがない。それは明らかだろう。
チンチンはナメても、食べ残しはノーサンキュー。
その方程式が自分でもよく理解できないのだが、まあそういうことだ。
うちのかみさんにこの「ついに発見」話をすると、「あ、そう。よかった
わ」と喜んでいた。
かみさんと付き合い始めて10年半。彼女も「こいつ、ゲイじゃねえか」と
いう疑惑が消えなかったらしい。
かみさんにもやっと春が来たわけだ。おめでとう。祝福してどうする。
ひろ
**********************************************
『日本救出2兆円作戦37』
前回もお話ししたように、日本でついに訪日観光がブレイクした。
この状態に至るまでの過程を振り返るとき、私が日本のマスコミに対して
持っていたあるイメージが、まったくの間違いであったことに気づかされるの
である。
ほれ、マスコミって、「社会の番犬」とか「ウォッチドッグ」とか言われる
でしょ。政治家が悪いことしてないかチェックしたり、社会悪を告発したりと
かする、その役割のことね。
それはまあいいとして、私は、マスコミにはもうひとつ、「猟犬」という
か、社会のためになる獲物を見つける役目があると思ってたのである。
私はどちらかというと、マスコミにはあまり期待しないタイプの人間だと自
分では思っている。
そんな私もつい油断して、「マスコミ=猟犬」説なんてものを信じていたの
である。
「日本のマスコミは、社会がよくなるための光をいつも探してるんだわ」な
んてふうに悠長に考えてたんですな。
で、訪日観光である。
私が「訪日観光をよろしく」と騒ぎ始めたのは2000年だが、「訪日観
光」という産業は、それよりもずーっと前からしっかり存在していたのであ
る。
つまり、ブレイクさせようと思えば、いまからかなり前にそれを実現するこ
とも可能だったわけだ。
当然、マスコミが訪日観光ネタを取り上げることもできたはずである。それ
を邪魔するもの、要するにマスコミが訪日観光について書くことを妨害する要
因は、まったく存在しなかったのだ。
でも彼らは取り上げなかった。
そして、ここにきて急に「観光立国」なんて言葉がマスコミ内を飛び交い始
めた。「日本は観光立国への道を突き進むべきだ」とかいきなり書くわけであ
る。開いた口がふさがらないとはこのこった。
マスコミが訪日観光ネタを本格的に取り上げるようになったのは、ここ数カ
月のことだ。日経新聞だけは以前から積極的だったが、それでも去年ぐらいか
らだった。
それまで彼らは一体、ナニをしてたのか。
現在、マスコミの訪日観光に関する論調は、「こんないい案はないね。がん
ばろか」である。
だったら、なんでもっと前にそれを言わんのよ。先にも書いたように、訪日
観光という産業自体は何十年も前から存在してたんだから。
実をいうと、日本政府は数年前に海外で訪日観光キャンペーンを展開したこ
とがある。たしか数億円の予算だったと思う。
そのとき日本のマスコミは、その動きを完全に無視した。無視したというよ
りは、訪日観光の可能性に気づかなかったと言ったほうが正確だろう。
そういう意味では、訪日観光についてはいつも政府側がリードしてきた。エ
ラい。拍手。パチパチパチ。
でも政府も遅かったけどね。
まあそれはいいとして、そんなこんなで、今回日本政府ががんばって、つい
に訪日観光を立ち上げたわけである。
そしたらアンタ、マスコミが「訪日観光に関しては日本政府はこうすべき
だ」とかエラそうに言うわけよ。「ハロォ〜?」てな感じ。
マスコミなんだがら、政府の動きをチェックすんのは大切だけど、政府の訪
日観光政策をクリティックするだけの知識とかデータとか、ホントに持ってい
るのだろうか。
私は「持ってない」と読んでいるのだが、もし持ってたとしたら、なぜそれ
をもっと前に報道しないのか。寝てたんでしょうか。
まず日本のマスコミは、訪日観光の可能性に気づかなかったおのれの能力を
疑ってみるべきだ。訪日観光の見逃しに関して、これまで反省文らしきものを
書いたのは、私が知ってる中では読売だけである。
でもさあ、日本って一体だれが「光」を探すんでしょうか。みんなの先を
走って、「ここ掘れワンワン」ってやるのは、だれの役目なのか。
私は「それってマスコミの仕事よね」と勝手に考えていたのだが、今回の訪
日観光の件で、それが妄想に過ぎないことがわかった。
だったら、だれがやんのよ。
なんかクラクラしてきたな。
ひろ
************************************************
『やりたいことの見つけ方9』
「やっぱり人間、ときどき逃げんとね」の話である。
「やりたいことを見つけようとしている自分」を維持していくためには、
「現実」に押し潰される前にとりあえず逃げてしまうことが大切である。ピュ
アな自分をそうやって生き延びさせるわけよ。
「やりたいこと」というのは、カテゴリー的には「理想」や「夢」の親戚で
ある。よって最大の敵は「現実」ということになる。「理想」や「夢」をいつ
も妨害するのは「現実」だからね。
皆さんもよ〜くご存知だと思うが、「現実」は手強い。私たち人間は、あっ
という間にそれに飲み込まれてしまいがちだ。
「現実」をねじ伏せることも可能である。ただ大変だけどね。
ねじ伏せられないなら、少なくとも負けないようにしなければならない。も
し負けそうになったら、今度は逃げるのである。そうしないと、「やりたいこ
とを見つけようとしている自分」まで食い潰されちゃうからね。
で、その逃げ方だが、いろいろある。
「旅」という手もありますね。知らない土地にレッツゴー。おのれを「現
実」の風景から引き剥がすのである。
「仕事を変える」「学校を変える」など、まわりの環境をリセットする方法
もある。
去年の夏、私が無意識のうちに採用した「逃げ方」は、「好きな場所で好き
なことをする」というものだった。そして、それに「大変で大変で死んじまい
そうになっちゃって頭の中真っ白」という予想もしなかったオマケがついてき
たのである。
沖縄でサバニレースに参加。それが「好きな場所で好きなことをする」に当
たる。
問題はオマケの部分である。
「大変で大変で死んじまいそうになっちゃって頭の中真っ白」。要するにサ
バニレース、大変だったわけよ。
詳しいことは『サバニ帆走レース報告』でお話しするとして、ポイントはで
すね、自然の中で緊張状態を維持しながら、激しい運動を数時間もブッ続けで
やると、頭の中が完全に真っ白になるのである。
「真っ白」というのは、まさに真っ白という意味である。スッカラカンの
空っぽ状態になるのだ。
あれは発見でしたね。まさかそんなことになるとは思いもしなかった。
レースの最中、私はすべてのことを忘れた。
仕事のこと、ニューヨークのこと、Nutsのこと、そしてかみさんのことも。
私の脳ミソの中にあったすべてのものが一気に吹っ飛んだのである。コン
ピューターのデータが飛ぶみたいなもんですな。
「好きな場所で好きなことをする」だけでは、こんなことにはならなかった
と思う。やはり「大変で大変で死んじまいそうになっちゃって」というのがイ
ンポータントなのである。
全部をイレースしたおかげで、そのあとの楽だったこと。完全復活には、か
なり時間がかかったが、いろんなものと一緒に病原菌も吹っ飛んでるもんだか
ら、一応精神健康体に戻ってたのよね。ラッキー。
私が思うに、相当煮詰まってる人は、「旅」ぐらいでは効かん。なんか激し
いことやって、脳ミソの中のものを飛ばしてしまうべきである。
それにはやはり「サバニ」だろう。そう来るか。
いや、サバニでなくてもいい。とりあえずキツいやつがいいね。他のこと考
えてるヒマなんかねえ、って感じのアクティビティーがベストだ。
今回は、「やっぱり人間、ときどき逃げんとね」についての話だったが、そ
の「逃げる」には、前述の「頭の中のものをすべて飛ばす」も含まれるのであ
る。
私は物理的な「逃げる」よりも、そちらのほうの「逃げる」をおすすめす
る。
効くんだな、これが。
ひろ
*******************************************
『今週の歌』
「世の中の アオリがだんだん 強くなり
義務感増加の バレンタイン ひろ」
下のアドレスを押すとメイルが送れまっせ
投書、意見、感想もどうぞ
Return to Home Page