2005年8月30日号(No.494)
目次
*『「日本の祭り」復活9』
*『VOICE』
@投稿『2005年8月15日の靖国神社』
*『今週の歌』
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『「日本の祭り」復活9』
あー終わった。死ぬかと思った。
書きたいことは山ほどある。ただ今回は、とりあえずの感想をぽろぽろ書い
てみたい。
まずはお客さんの数について。
アンタ、何が驚いたって、今回のお客さんの数よ。すんげえ来たんだから。
ホントに。
すんげえ来ることはある程度わかっていたのだが、実際にすんげえ来てしま
うと、やはりビビる。
だってさあ、正午から午後7時まで、お客さんの数が減らないのよ。ずーっ
といっぱいなのである。びっくりした。
あいにく当日は、ときどき雨が降ったりしたのだが、それでもお客さんで
いっぱいだった。あれが晴れてたりしたら、マジで大変なことになっていたと
思う。
今回お客さんの数が多かったのは、HOWL! Festivalと組んだからである。同
フェスティバルがアメリカ人客を引っ張ったのだ。「日本の祭り」だけだった
ら、今回ほどお客さんは来なかったはずである。
そういう意味では、HOWL! Festivalに感謝しなければならない。ありがとう
ございます。
次にベンダーについて。
お客さんの数が多かったこともあり、どのベンダーもそれなりの売上だった
ようだ。
中には、チョー売りまくったベンダーもあり、午後5時前に売り切れになっ
たブースもあった。特にフードの売れ行きは凄まじかったですな。
ただ、あんまり売れなかったブース(ノンフード)もあったりして、商品に
よってかなり差があるようだった。
それでも、一日中売りまくったベンダーが多かったためか、それを見た人か
ら「来年のベンダーの申し込みをしたいのですが・・・」という問い合わせが
入ったりした。
いくらなんでも早いでしょ。まだ1年あるんだから。
今年は、ベンダーの問い合わせが約100件。そのうち53ベンダーが参
加。約30件は、枠がいっぱいになったのでお断りした。つまりスペースさえ
あれば、約80ブースは出れたはずだったのである。
で、今年見て「次回は参加しよ」と思った人も結構いるわけよね。
ということは、来年は間違いなくベンダー枠が100は必要ですな。
今回のスペースでは到底入らない。
さて、どうしましょうか。
・・・・・・あとで考えます。
心配してた神輿は、なんとか担ぎ手が集まり、出すことができた。子供神輿
には、40人以上の子供たちが参加。あんまり多いので、神輿の先にヒモをつ
けて、それを引っ張ってもらった。
大人の神輿の場合、お客さんが多すぎて、ブロックを端から端まで歩くのは
無理だったので、途中で引っ返して、Ave. Aを練り歩いた。
でも、お客さんがあんだけ多いと、神輿通すのもアブナいよね。今回もかな
りヒヤヒヤしました。ケガ人が出なくてホントよかったわあ。
来年からはちょっと工夫しないとキケンですな。今回、もう少しお客さんが
多かったら、おそらくアウトだったと思う。
対策としては、次回は祭りの場所をAve.Aに移して、そこを練り歩くとか
(Ave.のほうが道幅が広いからね)、ブースの配置を工夫するなどが考えられ
る。
検討しましょう。
以上のように、今年の祭りは事故もなく、無事終わった。
一番最初に書いたように、当日は死ぬかと思ったが、なんとかサバイブし、
午後からは私自身も結構楽しませていただきました。
皆さん、ありがとうございました。
ひろ
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『VOICE』
@投稿『2005年8月15日の靖国神社』
今年の8月15日の靖國神社の様子を、現地に出掛けれなかった人達のため
に見たままで報告します。
1、小泉首相の参拝はあるか。
小泉首相が首相に就任したとき、『8月15日に靖国に参拝する』という半
ば公約のような言動があった。15日参拝は中曾根元首相以来であるため、期
待していた関係者も多かったのではなかろうか。だが、隣国(韓国、中国であ
る)の外交筋からの強い要請があったためか、平成13年は前倒しの13日の
参拝となった。平成16年は正月の参拝となって、15日を避けていた。しか
し、今年は首相任命期間最後の15日となったため、公約通りに終戦の日の参
拝はアリと判断した。最悪の場合であっても、13日、14日には参拝するの
ではないか、と予想した。
このため、私は13日、14日にも靖国神社にでかけ、運が良ければ小泉首
相の参拝風景を拝めるのではないかと期待していた(私もヒマだね。首相の参
拝に付き合って3日間もでかけたのだから)。マスコミも同じような期待と予
想をしていたようで、13日に靖国神社に出掛けると多くのマスコミがすでに
待機していた。暑い境内の中で、いつになったら登場するか判らない小泉首相
を狙った記者、カメラマンが多数目立っていた。参拝者よりもマスコミ報道陣
の頭数が目立つ、不思議な現象となった。
しかし、終戦の日の直前に小泉首相が述べた『15日前後には参拝に出掛け
ない』という言葉の通り、やっぱり小泉首相は現れなかった。3日間、朝から
夕方まで境内で待機していた、契約記者、フリーカメラマンの方はご苦労さま
でした。
小泉首相の代わりと言っては失礼ですが、14日の正午過ぎに、野田聖子国
会議員が参拝してきた。岐阜が選挙区の彼女は亭主と二人で参拝してきました
が、正面の神門から歩いて境内に入ってきました。通常、国会議員は本殿横に
ある特別の玄関前に車を乗り付け、一般参拝客とは顔を合わさずに参拝するの
ですが。野田元議員は郵政民営化に反対したため、今回の選挙では自民党から
公認されませんでした。靖国参拝も選挙のためのパフォーマンスでしょうか。
2、新聞での意見広告。
8月1日の読売新聞、サンケイ新聞をご覧になった方は『靖国神社に集まろ
う』という全面の意見広告に気づかれたのではないでしょうか。出稿元は『日
本会議』であり、『20万人の参拝を目指す』ことを目標にしていました。今
年は終戦60年の節目にあたり、大々的な記念行事を行うことの告知です。日
本会議は例年8月15日に『戦没者追悼集会』を開催していますが、今までは
午前10時半から始まり12時頃には終わっていました。しかし、今年は60
年目ということで、催物には意気込みも予算もかけたようで、午前10時半か
ら午後4時まで延々5時間半の長大な集会を企画していました。
例年ならば前日の午後から会場設営を行うのですが、仮設テントや椅子など
が例年の倍以上となっているため、13日から設営が始まってました。日本会
議では集会のために相当の予算をかけたようでしたが、どこから寄付金を集め
てきたのか不思議です。
3、今年の終戦の日は快晴。
昨年、一昨年の終戦の日は一日中雨が降りました。それも五月雨といった甘
いものではなく、土砂降りでした。しかし、今年は快晴となり、暑い夏の日を
演出してくれることになったようです。快晴のためか一般参拝者の人数は極端
に多く、九段下から本殿まではゾロゾロと人波が続いていた。参道では歩ける
のですが、境内に入るととたんに人込みとなり、神門から先は満員電車のよう
な人込みとなりました。神門から拝殿までのたった50メートルを歩くために
は30分待ちということになり、暑い中で参拝も必死でした。
例年の参拝者は遺族関係者が大半で、少なくとも60歳以上の老人が多かっ
たのですが、今年の参拝者は全く世代が代っていました。学生や家族連れが目
立ち、若い雰囲気が境内にあふれていました。多分、外国からの靖国問題の提
起やマスコミによる各種の報道によって関心を持ったのではないでしょうか。
4、境内の警備は万全か。
首相参拝が予想されたため、神社の境内での警備は厳重か、と予想してたの
がビックリするほどソフトなのである。例年は機動隊の姿が見えないのであ
る。機動隊の隊員そのものは付近の道路に停車している警備車両に待機してい
るはずであるのだが、出番がないのである。機動隊の代わりには制服警官が警
備に回っていたが、交通整理や誘導が主な仕事であった。例年ならば、境内や
参道を巡回している制服警官の姿が目立たないのである。参拝者に不安感を与
えないためか、それとも海外からのテレビクルーに警備の厳重さを見せつけな
いためなのだろうか。何れにしても、とてつもなくソフトな雰囲気であり、靖
国が特殊な環境ではない、という雰囲気にしたかったのであろうか。
しかし、目立たないようだが、公安関係者の姿は従来に比べて倍増、いや三
倍増となっているのではなかろうか。麹町署の公安関係者は背広姿で警備して
いるのですぐに判別できる。暑い最中に背広で公務とはご苦労なことである。
その他に、私服の公安関係者の姿が例年に比べて滅多やたらに目についた。
リュックサックを背負ったポロシャツであったり、田舎から出てきたような恰
好の公安であり、境内のどこにも目立たないように配置されていた。60周年
ということで、警備の方針が変わってきたのであろうか。
5、右翼、業界人の参拝は。
ご存じ、靖国神社と言えば右翼、業界人の総本山である。神社側が期待して
いる参拝者ではなさそうであるが、全国の業界人からすれば参拝を目指す聖地
であろう。例年の終戦の日には日の丸、軍艦旗を担いだ戦闘服の集団を目にす
るのだが、今年の終戦の日にはほとんど見かけなかった。団体の業界人も参拝
していたが、全て背広姿で静かなものであった。自主規制ということではな
く、公安筋から右翼団体への強力な抑制があったのではないか、と推測され
る。なお、例年は靖国通りに駐車している街宣車は排除されていて、一部の街
宣車は内堀通りに駐車してあったが、車両数は僅かなものであった。
業界人の15日での参拝は見かけなかったが、14日には結構多くの団体の
姿を見かけた。ナチの制服に似た制服で行動する有名な武闘派の団体は、14
日に日の丸を掲げて参拝しているのを目撃した。公安からの『ご指導』によ
り、1日早めたのだろうか。
6、マスコミ各社、海外からの取材チーム。
国内のマスコミ各社が15日に靖国神社を取材するのは当然であろう。終戦
の日に、全国の聴取者が関心を持つのが靖国神社であるからだ。だが、今年は
海外のマスコミも靖国神社の動向に関心を持ったようで、全世界からマスコミ
各社が駆けつけてきた。ロイター通信などはテレビカメラを持ち込み、生中継
をしていた。ひょっとしたら、国内よりも海外からのクルーの方が多かったの
ではなかろうか。観察していると、著名な放送局、通信社も目立ったが、フ
リーの取材記者、カメラマンがはるかに多かった。彼らは、大手の通信社では
見つけられなかった特ダネを拾って、スクープにしようと考えて来たのかもし
れない。
7、60周年の記念事業では。
日本会議が主催した戦没者追悼集会では、今年は力を入れたようであり、開
催時間も長くなり、特別な来賓を依頼していた。例年ならば、集会での講演は
遺族会に向けた国会議員が挨拶する程度なのだが、今年は各種の著名人を招い
ていた。出演者は、都知事の石原慎太郎、元大臣の平沼赳夫、小野田寛郎、西
村眞悟などであった。日頃は見かけることのできない人達のことで、参道に仮
設された会場には三千人以上の人だかりとなった。
石原都知事は、例年15日の12時30分に参拝しているが、この日はその
帰りに会場に立ち寄り、午後1時から15分程度の講演をした。選挙の街頭演
説ではたまに見かけることもできるが、靖国神社での演説は始めてのこと、こ
の演説を目当てに来た人も多かったようだ。
8、反戦団体のデモ。
今年、私は靖国神社まで自転車で出掛けた。神社の敷地は広いため、徒歩で
移動してたのでは事件を観察できないからである。15日は神社の周りを2回
ほど回ってみた。靖国通り側では喧騒のような騒ぎであったが、法政大学側、
神社裏側では静かなものであり、警備の警官の姿も見えなかった。同じ場所で
あっても雰囲気が全く違っていた。
自転車を持ち込んだ他の理由には、千鳥ケ淵にある戦没者墓苑を観察するた
めでもあった。例年、ここでは反戦団体が集会を開いているのだが、実態はど
うなのかを確かめておく必要があったからだ。15日午前10時に戦没者墓苑
に向かうと、数十人の集団が集会を開いていた。歳の頃は70半ばの老人が反
戦について説明していた。近くにいた人に尋ねると、キリスト教の教授で有名
な人だそうである(名前を聞いたが忘れた)。周りには公安らしき目つきの鋭
い人がたむろしていた。この集団は反戦団体らしいのだが、主催者や団体名が
判らず、確認ができなかった。3年前に靖国通りでデモ行進をして、右翼団体
と喧嘩騒ぎになった集団ではないかと思われる。平和遺族会という団体とも関
連があるらしいが、不明であった。
11時頃になって、キリスト教の反戦団体がどのようになったかを再度観察
に出掛けた。すると、千鳥ケ淵の横の道路で警官隊に行動を規制されていた。
どうも、戦没者墓苑を数十人の集団で出発し、靖国神社までデモ行動をしよう
としていたようだった。道路に一列となった警官隊により神社方面へのデモが
阻止されていた。このデモは無届けではなかったか、と思われ、それを警官隊
が規制したのではなかろうか。3年前のデモでは靖国通りまで進出したため、
行動派右翼との間で騒動になったため、警察側では何としてでもデモを阻止す
る必要があったのではなかろうか。
このデモ隊行進の阻止している場所にはマスコミは見かけなかったが、中国
国際放送局のホームページでは、『300人余りの日本市民が靖国神社までデ
モをした。』と掲示してあるのを見つけた。中国の記者がどのようにして取材
したのか不思議なことだ。
2005年8月31日 日比 恆明
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『今週の歌』
「“来年もやるの?”と聞かれて もちろんと
答えて 今度も あたしがやるのね ひろ」
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