1995年8月15日号
(No.75)
Nutsの表紙です
@週刊Nuts「平成の目安箱」
村山首相様
前略
甲子園も始まりましたね。そろそろ夏も追い込みです。
さて、先月行われました参議院選で、新進党が派手に議席数を伸ばしまし
た。その原因は、一般には、「創価学会のおかげ」と言われています。新進
党は、創価学会が支持母体である公明党や、民社党、そして旧自民の新生党
がくっついて出来上がったものですから、おそらくそれは事実でしょう。各
新聞紙上でも、「宗教団体の力の勝利」だとか「新進党は創価学会におんぶ
に抱っこ状態」という意味のことが盛んに言われています。
首相はこの状態をどう思われますか? 私は、正直言って気持ち悪いので
あります。気味が悪いと言った方が適切かもしれません。宗教団体が政治の
力を持つ。考えただけでもぞっとします。これはおそらくオウム事件のせい
もあると思います。宗教団体と聞くだけで「サリンばら撒く」、「人殺す」、
「マインドコントロール」、「金ぼったくり」という言葉が頭に浮かんで来
ます。オウムと創価学会は違うということはよく分かっているのですが、似
たような匂いがどうしてもするのです。
でも、ある友人がこう言いました。「創価学会も日本の中のひとつのマイ
ノリティ(少数派)である。そのマイノリティが政治の場において自分達の
声を持とうという動きは、そんなにおかしなことなのだろうか?」と。そう
言われてみればそうですね。自動車業界や電気業界、労働組合なども、自分
達の政治的発言力を強くするために、日々いろんな形で活動している訳です
から、創価学会をそういう団体のひとつと考えれば問題ありません。でもで
す。やっぱり気味悪いんですよね。
何が気味悪いのか? 私にとって一番気味悪いのは、創価学会員の皆さん
がその候補者を応援する理由です。彼らがただ「創価学会絡みだから」とい
う理由で候補者を応援しているような気がして気味悪いのだと思います。実
際には、「この候補者は人間的に見ても、政治家としても十分な資質を持っ
ている。だから応援するのである。」という判断で選挙運動に参加なさる学
会員の方もいるとは思いますが、傍目で見てる分には、「何が何でも創価学
会。ゴーゴー。」的なノリのように見えます。
今週は書くスペースがなくなってしまいました。中途半端ですいません。
続きは来週にでもお話しします。では。
草々
「週刊Nuts」編集人 竹永浩之
Nuts世界観光案内・アジア放浪編 パート1
アジアを放浪したことがある。
きっかけは、漁師時代に読んだ一冊の本だった。夢枕漠の「餓狼伝」。
この中に、タイのムエタイ(タイ式のキックボクシングみたいなもの)と
インドのガンジス川が出てきた。それを読んだ時、「死ぬ前に一度は本物
を見てみたいもんだ。」と思った。
1988年、海業界から足を洗った。とりあえず、何もやることがなく、
その頃は本気で「25歳で死のう。」と思っていたから、別に新しい職に
ついて、人の中で最後の数年を過ごそうという気もなく、かと言って、ま
た海に戻る気もなく、「どこに流れようか」と思っている時に、ふと、何
かの拍子で思い出したのである。ムエタイとガンジス川を。「見に行くか」。
意外と簡単に決めた。そして、最初にムエタイを「修行」しに行くことに
した。
ムエタイは格闘技である。それもかなりスゴイ。何と言っても、痛いね。
形態的には、キックボクシングであるから、グローブして蹴り合ってる姿
を想像してもらえばいいのだが、やっぱり、そういう行為は痛い。できる
だけ痛くないようにしようと思うのだが、そしたら勝負にならず、それな
らば早いとこ相手に眠っていただこうとするけど、普通大体相手も同じよ
うに考えているから、今度は血みどろの戦いとなってしまう。結構アホく
さい。
このムエタイ、一応タイの国技となっている。日本の相撲みたいなもの
である。であるからして、国民的スポーツである。タイの首都、バンコク
の下町なんかを歩くと、よくガキどもがムエタイで喧嘩している。日本で、
相撲で喧嘩するガキなんかいないから、そういう意味では恐ろしい国であ
る。ガキどもの蹴り一つにしても、かなりきわどく腰が入っている。パン
チもなかなか鋭い。日本で、回し蹴りで勝負する小学生なんかいない。で
も、この国には、いる。下手に小学生とも喧嘩ができない国である。
さて、行くのはいいが、問題は、どうやってムエタイを修行するかであ
る。知り合いは皆無。その頃はタイ人がどんな顔、色をしてるかも知らな
かった。「どうしましょ?」などと思っている時に、「地球の歩き方」の
中である情報を見つけた。「ムエタイ無料教授のゲストハウス」。ゲスト
ハウスというのは、洋風民宿みたいなものである。その「ムエタイ」ゲス
トハウスがバンコクにあるという。これしかなかった。
1988年10月、赤チンとサロンパスをバックの中にいれて、私は、
「ムエタイ修行」のために、一路、タイ・バンコクへと向かった。ついこ
の前まで戦っていた沖縄の海は、雲に隠れて、飛行機の窓からは、見えな
かった。
Hiro
VOICE
@「英雄不在の時代」
Nuts63号「平成の目安箱」の村山首相あて「恋文」には首をかしげてし
いまいました。私は村山首相には会って話をしたことも著作を読んだこと
もありませんので(大体首相は何か著作を発表しているのでしょうか?)
どんな人か全然わかりませんから「良い人」でイケニエだと言われれば、
ほうそうなんですかと言うほかないのです。ただ、現在のように世界中が
混乱している時には、商社マン的政治家よりは山賊的政治家のほうが求め
られるというのが私の持論で、アメリカでもブッシュとデュカキスが大統
領選挙を争った時我々に必要なのはリーダーであってマネージャーではな
いと言われたものです。政治の世界では 廉直(れんちょく)であるとい
う事は絶対必要条件でありますが、それだけでは良い政治家には決してなり
得ないのではないでしょうか。首相といえば少なくとも国家元首ですし、
元首というのはつまり国民の代表ということですから首相が何もしないで
いられるのは国民全体が現状に満足で何もしないで良いと考えている時に
限られるのですが、いま日本国民は本当に何もしないで良いと考えているの
でしょうか。少なくとも外から眺めている限り、現在の日本は満足とは程遠
いところにあるように見え社会不安がたかまってその逃げ場のない圧力が、
例えば地下鉄の毒ガス事件とか駅の通路にたむろすホームレスの群れとかい
う形で吹き出しているように思えるのです。日本で教鞭をとっているあるガ
イジンの先生に言わせるとこういうのを「壊れた窓」現象というのだそうで、
窓のひとつやふたつ壊れたところでどうってことないという態度でいると、
そこから老朽化がはじまってしまいには家全体がボロボロになってしまう
のだそうです。そういえば今アメリカに蔓延している暴力、犯罪、麻薬、
などのあらゆる悪も元を正せば壊れた窓を放置した結果ではないでしょう
か。そういう現実を鋭く見抜いて先に手をうつのが政治家の手腕というも
ので、やさしいだけが取り柄などという人はやはり国家元首としては不適
格でしょう。英雄のいない時代には不幸だが、英雄を必要とする時代はもっ
と不幸だという言葉があります。今、日本は英雄を必要とする時代に向か
いつつあるような気がしてなりません。
美華蝶
@激しく遊んでおります。海に行ったり、クラブで踊ったりしております。
表紙にもありますように、先日、”トンネル”に行ってまいりました。
早く行きすぎてしまい、人がまったくおらず、一時はどうなることかと思
いましたが、次第にジリジリと人が集まり、1時過ぎには、パックパック
状態となっておりました。
いやー、踊りました。振れるものは、みんな振って、揺すれるものは、
みんな揺すり、回せるものは、みんな回して踊りました。人の踊りを見て
るのも面白かったですね。何やら巷では、「モデル踊り」なるものが流行っ
てる様子で、フロアーを行ったり来たりしながら、まるで「モデル」のよ
うに踊っているゲイの兄ちゃんたちがいました。でも、これが上手いんだ。
また、踊りも感動的に上手い。だって身体がゴムみたいで、ビョーンビョー
ン踊るんですもの。今回、同じレストランの仲間と行ったのですが、その
仲間内での協議の結果、今度からうちのレストランでも、フロアーを歩く
時は、あの「モデル」歩きで行こう、ということになりました。もし、あ
るジャパレスに行って、ウエイター、ウエイトレスが、「ヒュー!」とか
言いながら「モデル」歩きでお茶を運んでいましたら、それは私が働いて
いるレストランですので、よろしくお願いします。また、他のレストラン
でもお試しになったらいかがでしょうか?
さて、話題が変わります。皆さん、DGIというミニコミをご存じでしょ
うか? 最近、出始めたミニコミです。一応、1ドル50セントで、この
Nutsや他のミニコミのように無料ではないのですが、その内容は、相当な
ものです。別に堅苦しい訳ではありません。生活に役立ついろんな情報や
漫画、エッセイなどが載っています。その系統の読み物の中では、このミ
ニコミがニューヨークで一番ではないかと思います。
で、このミニコミを手に入れる方法ですが、基本的に2つあります。ひ
とつは、1ドル50セントのチェックを編集部に送って郵送してもらうと
いう方法。もうひとつは、置いてあるお店で買うという方法。
まず、送り送り方法ですが、" K.S.Hong " の名前で、1ドル50セント
のチェックを切って、下記の住所にお送り下さい。その時、自分の住所を
書くのを忘れないように。
To: DGI 141 Kane St. # Bsmt Brooklyn, NY 11231
次に、買い買い方法ですが、DGIが置いてあるのは、下記のお店ですが、
ここで、DGIの皆さんに謝らねばなりません。私、DGIの方とお話しした
時に、「おまかせ下さい。置いてあるお店、すべて紹介しましょ。」など
と偉そうに言ってしまったのですが、スペースの関係でマンハッタンにあ
るお店しか紹介できませんでした。どうもすいません。という訳で、DGI
は下記のお店で手に入ります。
1. Norman's Sound & Vision : 67 Cooper Square
2. Tokyo Joe : 11St. Bet. 1st & 2nd Ave.
3. Adult Crash : 66 Avenue A
4. It's A Mod Mod World : 436 E 9th St.
5. Bar on A : 170 Avenue A (11 St.)
6. Guv'nors : 443 E 6th St.
7. Joe's Compact Disks 11 St. Marks Place
以上です。
夏ももう終わりです。私のまわりでも「君といた夏」現象がいくつか起
こっています。クワバラクワバラ。では。
編集人
@良い言葉というのがある。
沖縄では、漁師することを「海を歩く」と言う。「あんた、前、何やっ
てたの?」、「あ、私、海を歩いてました。」というような使い方をする。
この他にも「学校に通うこと=学校を歩く」という使い方をする。一応、
「山を歩く」という表現もあるが、これは林業従事者のことではない。授
業をさぼることを「山を歩く」と言う。面白い。
この「歩く」という表現、非常に沖縄らしくて好きだ。走るわけでもな
く、駆けるわけでもない。ただ「歩く」のである。時間がゆっくりと過ぎ
る沖縄でこそ生まれた表現だと思う。
もうひとつ。この表現は、最近本で読んだもの。
マレーシアでは旅のことを「マッカン・アンギン」と言う。マッカンは
「風」。アンギンは「食べる」。旅を「風を食べる」と表現する。なんだ
か良い。簡単な言葉だけど、何かジワリと来るものがある。心にフィット
する。
昔、「海を歩い」たり、「風を食べて」いたことがある。ちょうど、こ
んな季節だった。潮の匂いを感じたり、夕陽を見つめたりすると、ふと、
そんな生活に戻りたくなったりする。
もう、海は歩けない。でも、風を食べることは、まだできる。この夏の
間に、一日だけでも風を食べに行ってみようと思う。
ひろ
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