1995年8月29日号
(No.77)
Nutsの表紙です
@週刊Nuts「平成の目安箱」
村山首相様
前略
空が高くなり始めました。もう秋です。
さて、先週、先々週と政治と宗教(創価学会)についてお話ししました。
今週もその続きです。
政治と宗教が絡むと何が恐いか? 私はこんな想像をよくします。
ある宗教団体が日本の政治を握ってしまいました。その政治の力の握るま
での過程では、この宗教団体は、良いことを言い、実際、日本国民のために
いろいろなことをして来ました。日本国民もそれを信用して、その宗教団体
が持つ政党に日本の政治を任せました。でも、です。その地位に就いた途端、
その宗教団体は、態度を変えました。
まず、「異宗教を認めない」と言い始めました。他の宗教を信じる人達を
次々と国の力で捕らえ、信仰を変えるよう命令しました。それに従わない者
は、あっさりと殺しました。
次に、無宗教の人々にこの宗教を信仰するように命令しました。命令に背
く者は、当然、殺しました。結果的に、日本国民は、その宗教を信じる者、
信じてるフリをしている者だけになってしまいました。こうなると、それを
統治するのは、簡単です。その宗教が絶対になり、その教えに逆らう者には、
死が待つのみです。要するに、宗教による独裁制ですね。政治にも文化にも
教育にも、その宗教が介入し、いろいろな違った考えを持つ日本人が育たな
くなりました。その宗教が「白だ。」と言えば、絶対に白。間違っても「黒
だ。」とか「あれー、それ黒でないの?」などとは言えません。裸の王様を
見ても、「裸だ。」とは言えない世界ですね。で、最終的に、日本は、ひと
つの宗教で支配された、国民全体がみんな同じ表情をした、のっぺらぼうの
国になってしまったとさ、チャンチャン。
おぞましい話です。でも、宗教には、それだけのことをする力があります。
過去を見れば分かりますよね。何人の人間が宗教によって殺されたか。こう
いう想像をすると、今現在の、創価学会が政治の力を付けつつある状態
というのが恐くなってしまうのです。創価学会がそれをやると言ってる訳で
はありません。ただ、宗教と名の付くものには、その想像にあったものを行
える可能性があると思うのです。だから、「今の創価学会の動きが気味悪い」
のです。
ついでに言うと、統一教会も気味悪いのです。ある意味では、創価学会よ
りも気味悪いですね。はっきりとは覚えていないのですが、創価学会は、「
すべての人類を創価学会員に!」とは、言っていません。たしか、「3分の
1が創価学会員なら十分。」と言ってたような気がします。でも、統一教会
は、違います。彼らの基本的なノリは、「すべての人類が統一教会員に!」
だったと思います。先日、統一教会の方と政治についてお話しする機会があっ
たのですが、その時も統一教会が目標とする政治の姿として、「すべての国
民が理念をひとつにし、その理念によって行われる政治」という話しが出ま
した。要するに、「すべての国民が統一教会員であれば政治はうまく行く。」
という意味だったと思います。そりゃそうです。でも、そこには同時に、私
が想像したようなことも起こる可能性もあるわけです。
はっきり言いましょう。私は、別に宗教団体が日本の政治を握っても良い
と思います。その団体が正しいことを言い、やる集団であれば。ですから、
創価学会が日本の政治を担おうとも、統一教会から首相がでようとも、それ
が日本のため、国民全体のためになることであれば、それはそれで良いと思
うのです。ただ、宗教には、先にお話ししましたような「恐さの素(もと)」
があります。
このふたつの団体、創価学会と統一教会は、今後もっともっと日本の政治
の中に入って行くはずです。これはおそらく止められません。「恐さの素」
を持ったままですね。ですから、この「恐さの素」を私はどうにかしてほし
いと思うのです。その「恐さの素」が本当の「恐さ」に変身しないようにす
るためにです。
そこで首相、私は、創価学会、統一教会の皆さんにお願いがあるのです。
お願いはふたつあります。聞いて下さい。
ひとつは、その団体の中で何が起きてるかというのをできるだけ公開して
頂きたいということ。もっとオープンにしてくれ、という意味ですね。そし
て、外の声、つまりその宗教を信じない人々の声にも耳を傾けて頂けると、
こちらとしてももっとハッピーなのであります。
もうひとつは、自己批判機能をつけて頂きたいということ。つまり、「わ
しら今、こんなことやっとるけど、これ間違っとるんでないの?」とか「今
までやってたことは、間違っていた。だから、変える。」などといった、そ
の団体自体を客観的に、そして冷静に見る能力をつけて頂きたいのです。こ
のふたつをどうしても創価学会、統一教会の方たちに持って頂きたいと考え
ます。
友達に言われました。「宗教団体が聞く耳とか自己批判能力を持ったりす
るわけないだろ、バーカ。持った時点で、もうそんなもん宗教団体じゃない
よ。」と。言われたことは、自分でもよく分かるのです。でも・・・、でも、
彼らがそれらを持ってくれないと、私は将来彼らと戦わねばなりません。で
きれば仲良く行きたいのです。お互い良い意味で刺激し合える仲であれば良
いと思うのです。拳銃やナイフやヤリで刺激するんじゃなくてですよ。です
から、バカは承知でこんな2つのお願いを書いてみたのです。首相、どう思
います? では、また来週。
草々
「週刊Nuts」編集人 竹永浩之
Nuts世界観光案内・アジア放浪編 パート3
熱気に顔をブン殴られた。
ムエタイのジムに初めて行った時の話である。ドアを開け、足を一歩踏み
入れた途端、ムンとした空気が顔にぶつかって来た。男たちの叫び声も耳に
突然入ってきた。10数人の男たちの肌から立ち上がる水蒸気がその馬小屋
のようなジムに充満していて、空気の密度がやたらと濃かった。
一歩入った場所でしばらく立ちすくんでいた。「やべえな」。明らかに後
悔し始めていた。とりあえず、身の置き場を探した。そのジムにあるちっさ
なリングの横に長椅子が置いてあった。そこを目指して少しずつ歩き始めた。
ジムは男たちでパンク状態だった。その狭いスペースで、彼らは練習して
いた。男たち、でも実際は、少年たち。年はみんな十代だろう。野生動物の
ような身体と目を持っている。腹の出たやつなどいない。彼らが、独特の「
サイ!」という気合いをかけながら、空にパンチを放ったり、サンドバック
を蹴ったり、お互い殴り合ったり、蹴り合ったりしていた。かなり痛そうな
風景であった。
彼らの横を通り過ぎる時、その熱、少年たちの肌から発散される熱を感じ
た。一人ひとりの横を通り過ぎる度に、ムンとした熱が私に向かってきた。
ワキガを持つ少年は、いなかった。
やっと長椅子へとたどり着いた。でも、オドオドと座り込んだりはしない。
ゆっくりと、さも余裕ありげに腰を下ろした。
言うのを忘れたが、その長椅子までの道のり、私は、オドオドした表情を
見せていたわけではない。当然である。「あの日本人っぽいヤツ、オドオド
してやがるぜ。」などと小僧どもに思わせたくなかったのである。こっちは、
ある意味で、「日本」を背負っているのだから、ビビったところなんか、他
国の人々に見せるわけにはいかない。その少年たちの間をすり抜けて歩く私
の顔には、「ケッ」という余裕の笑みが浮かんでいたのである。少なくとも、
私はそのように努力していた。でも、実際、その笑いが多少ひきつっていた
のも否定できない。しかし、少年たちは、パンチとかキックに忙しかったか
ら、そこまで読みとることはできなかっただろう。ハッハッハ。未熟者め。
長椅子に座りゆっくりとまわりを見回す。皆さん、蹴ってますねえ。蹴り
まくってます。サンドバックが悲鳴を上げていた。「サンドバックに生まれ
て来なくてよかった。」と、ふと思った。
少年たちは、私の存在に気づき始めていた。時々、鋭いガンを飛ばしてく
るヤツがいる。「あいつ、日本人じゃねえか。」とコソコソ話をしている連
中もいる。「君たち、練習に集中しなさい。僕のことは気にしなくていいよ。
」と言いたくなる。「やはり、私がこのジムで練習するのは、いけないこと
ではないか。私がいると、みんな練習に集中できない。だから、ムエタイ修
行は取りやめて、明日からプーケットにでも行って、ビーチで東南アジアの
太陽を満喫しようではないか。ねえ、君。」という声が耳もとで聞こえる。
「でも、一回ぐらい、本場のサンドバックを蹴ってみたいと思わない? ね
え、君。」という声も聞こえる。悩む。どうするか? 少年たちが蹴るサン
ドバックの「ボコッ、ボコッ」という音が、「やめとけよー、やめとけよー」
と聞こえたり、「やってみろー、やってみろー」と聞こえたりして、私のバ
ンコクの午後は、なかなか悩ましげであった。
Hiro
VOICE
@今週は、全部、編集人である私が書いてしまいます。申し訳ありません。
まずは、ミニコミの話から。
今年に入って、ミニコミやコミュニティー・ペーパーが激しく発行されて
います。私が知る限りでは、現在、ニューヨークには、このNutsを入れて新
規参入出版物が6紙あります。それらをハジからご紹介しますと、ジパング、
Dibi Dibi 、AKISU、ZAP、DGI、そして、Nutsとなります。
知らない間に、こんなに増えてしまいました。でも、それぞれ個性があっ
て面白いと思います。私もニューヨークに住む日本人のひとりとして、この
街に根付いた読み物ができて非常にハッピーです。
それらの出版物の内容については、皆さん一人ひとりに読んで確かめて頂
くことにして、ここら辺で、そろそろ本題に入りましょう。
これは、OCSさんと読売アメリカさんへのお願いです。
いろいろな出版物が雨後の竹の子のように、ここニューヨークの日本人社
会で発行されています。これは、ニューヨークの日本人社会が、コミュニティー
として熟してきたからではないでしょうか? 今、ひとつの新しい日本人社
会が確立されようとしています。ビジネスマンがいて、学生がいて、永住権
保持者がいて、ただ単にここにいる人がいて、今までになかった構成による
コミュニティーが出来上がりつつあります。で、私は、そのコミュニティー
の性質を知る上で、最近出版され始めたミニコミ、コミュニティー・ペーパー
を記事として取り上げることは、非常に有効な手段だと思います。
そこでです。これらのペーパーの発行人たちを集めてですねえ、対談させ
るというのは、いかがなものでしょうか? それぞれのペーパーの性質に違
いがあるように、それらの発行人の方たちにも明らかに違いがあります。同
じなのは、「ニューヨークに住む日本人」であるということ。その違う方た
ちを集めてですねえ、話させたら、そりゃ面白いですよ。ま、気の合わない
方々もいるかとは思いますが、それはそれで楽しいはずです。何と言っても、
読者の方々が喜んでくれると思います。
「そんならNutsでやりゃいいじゃねえか。」という声も聞こえて参ります
が、ご覧のように、こんな狭いスペースでは、それらのペーパーの紹介だけ
で終わってしまいます。そこで、ニューヨーク出版業界の父と母である読売
アメリカさんとOCSさんに、このような形でお願いしている訳です。やはり、
同じ出版業界の新米たちを「まあ、どんなもんか、ニューヨークの日本人の
皆さんに見てもらいましょう。」といえるぐらい実力があって太っ腹なのは、
読売アメリカさんかOCSさんしかありません。はい。
いかがなものでしょうか? 対談のための根回しその他は、私がやります。
ご検討下さい。
話はすばやく変わります。
祭りがあります。10月1日に行われることとなりました。祭り実行委員
会のミーティングやボランティア募集につきましては、詳しいことが分かり
次第、ご報告いたします。
空がグングンと高くなり始めました。サンマ(秋刀魚)の季節です。大根
おろしも忘れないように。では、また来週。
編集人
@風を食べに行くことにした。
マグロ、それもホンマグロを調べに、メイン州の海に行く。授業の一環だ。
テーマは、「なぜ大トロは、一個7ドルもするのか?」。これを大学の自由
研究のテーマとした。なんて大学だろう。
今、分かっていることは、「メイン州でホンマグロが捕れる」ということ
だけ。とりあえず、メインに行く。泊まる所も決めず、どう調べるかも分か
らない。ただ、大トロの匂いのする方へ漂って行きたいと思う。
この感覚を長い間忘れていた。何も知らない旅路に対する期待と不安。モ
ヤモヤする。なぜマレーシアの人々が「旅」のことを「風を食べる」と表現
するのか、今、よく分かる。そうだよ、風を食べるんだ。どんな味がするか
分からない。でも、食べるんだ。
4、5日の旅になると思う。明日の今頃は、もうバスの中。火曜の朝には、
海辺の風に吹かれているはず。
その時、風はどっちに吹いているのだろう。
ひろ
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