1995年10月17日号

(No.84)


                     Nutsの表紙です

@週刊Nuts「平成の目安箱」

村山首相様
前略
 橋本の龍ちゃんはどんなもんでしょうか? 仲良くやられてますか?
 さて、先週の続きであります。例の「ニューヨーク症候群」の話です。
 先週ご紹介しました本、『在外日本人』(晶文社)の中で、パリの日本人 精神科医の方が「パリ症候群」のいくつかの兆候を指摘してました。ここで は、その「パリ」を「ニューヨーク」に置き換えて、その精神科医さんの指 摘に、”私”がお答えします。
@「日本がいやになった。」:その通りでございます。いるだけで、イライ ラしてきます。ですから、円高という波に乗ってニューヨークまでやってき たのであります。
@「ニューヨークに過剰に憧れる。」:それは違います。私がニューヨーク に来たのは、インドに行ったからであります。インドとニューヨークは似て おります。”何でもアリ”なのです。その”何でもアリ”の地に住みたかっ たのであります。
@「日本人に対して”この田舎者め”と思ってしまう。」:時々あります。 特に私が働いてる日本食レストランで、日本人観光客がチップを置いてなかっ たりすると、”このハナクソ田舎モン! チップのことぐらい勉強してこん かい、アホンダラ!”と頭からポン酢でもおかけしたくなります。でも、そ のくらいですね。
@「日本社会で自由に泳げまわれなかった。」:沖縄の海では、かなり派手 に泳ぎまわりました。時々、3分ほど潜ったりもしました。東京にいたころ は、やっぱりキツかったですね。渋谷の交差点で何回もおぼれそうになりま した。でも、今考えると、あんまり泳ぎは上手くなかったです。で、今の私 は泳ぐのをあきらめてしまったのかと言うと、そうでもありません。「ニュー ヨーク」というプールサイドに立って、決められたコースの中を一生懸命泳 ぐ日本人たちを眺めています。最近、おぼれてる人間とか、プールに毒を撒 く人間をよく目にします。大丈夫でしょうか?
@「日本に席を失ってしまった。」:それはないと思います。かえって、こ ちらに来てからの方が、日本の中で、自分がどこに座っていたかというのが よく分かります。そして、改めて、自分が”日本人”という席に着いている 人間であるということを痛感します。で、将来の”日本の席”のことですが、 こちらに来てから、なんとなく見つけました。日本にいたら、一生見つから なかったと思います。そういう意味では、一度席を立って、客席を見回して みるのもイイものです。あっちの席が空いてるとか、こっちの席が面白そう とか、あんなとこにも席がある、などと言った、意外な発見に出会います。 席を立つ勇気も身につけましたしね。私にとって、この”日本ばっくれ”は、 大収穫でした。
以上です。
 この続きは来週にでも。では。       草々
             「週刊Nuts」編集人 竹永浩之   
  

「Nuts世界観光案内」アジア放浪編・パート9

 バンコクの風景の話。
 初日から、私はこの街、バンコク、そして私が滞在していた「カオサン・ ロード」にベトリと馴染んでしまった。
 気持ち良いのである。カンファタブルなのである。道端にノペリと座って いるだけで、身体からシアワセ色のオーラがあふれてしまうのである。
 Tシャツと短パン、そして素足にゴム草履姿で、カオサン・ロードの脇に 座わり、流れ行く旅行者や、のんびり働くネイティブたちを眺めている。す でに自分がその風景にとけ込んでいるのが何となく分かる。いろんな人間が 地元の人間だと思って話しかけてくる。もともと彫りの深い顔(一部にはた だ単に”ゴツイ”という強い意見もある。)をしているから、現地の人間に 間違われるのももっともだが、今思うに、私が完全にその風景の一部となって いたことが、人々に「こいつ、タイ人やで。」と思わせる結果になったのだ ろう。
 なんとなく沖縄に似ている。空気の重さとか、風の匂い、日差しが肌をた たくカンジ、そんなのが沖縄のものと非常に近い。そこに座っていると、な んだか沖縄の離島の路地裏に座ってるような気がしてくる。初めて来た場所 とは思えない親しみが、このカオサン・ロードには最初からあった。だから 、すっかり馴染んで、座り込んでしまったのである。
 ボーっとしては食った。そして、食ってはボーっとした。夜は夜で、ビー ル飲んでメシ食って、星空を眺めたりした。星はあんまり出てなかったけど ね。
 観光には興味なかった。歴史にも興味なかった。だから、バンコク市内観 光とかやる気にもならなかった。カオサン・ロードの道端に、毎日ただただ 座っていた。そのうち自分が座る定位置がいくつか出来てきたりなんかして、 2時間ごとぐらいに場所替えして、いろんな角度からその道を眺めていた。
 やっぱり独特のニオイがあった。雰囲気という意味のニオイじゃなくて、 鼻で感じるニオイ。なんのニオイか思い出せないけど、なんかあったな。プー ンと力強く匂うって言うよりは、スーっと知らないうちに匂うってカンジ。 それが道をおおっていた。いや、バンコクという街全体をおおっていたのか もしれない。
 あと、音もあった。車とか、バイクの”プープーピーピー”という音が街 中にあふれていた。国民性として、クラクションを鳴らすのが好きなのだろ う。やかましくてしょうがなかった。
 もうひとつ、記憶に残る音がある。トレーシー・チャップマン。彼女の歌 がカオサン・ロードのそこら中に流れていた。彼女が売り出してすぐの頃だっ たと思う。この道にはテープ屋もいっぱいあって、一軒一軒が彼女の曲を流 しまくっていたから、カオサン・ロード中がチャップマンの大合唱であった。 クラクションとチャップマン。このチグハグなものたちが、私の目の前に広 がる風景のBGMだった。
 そして、話は華麗にムエタイへと戻るのである。  Hiro

「VOICE」

@よく野球中継なんかで、一方的なゲームかと思われたのが再度接戦になっ たとき、  「さあ、これで分からなくなりました。」  といいますね。
 しかし、これではまるで、「分からなくなりました」って言う前は試合の 流れが分かってたみたいじゃないですか。
 実際、接戦になるってことは実況の人もよく分かってなかったわけで、分 からなくなっただなんてのは、実は非常に矛盾じた言い回し以外の何者でも ないわけです。
 つまり、  「ずっとどうなるか分かってませんでしたが、これからもよく分かりませ ん。引き続き野球中継をお楽しみ下さい。」  こういえば矛盾がなくなるわけです。
 ・・・このことに気付いてから、ビールを片手に日本の野球中継を見ながら、 実況が「分からなくなりました」というのを心待ちにして、  「本当は最初から分かってなかったくせに、この知ったかぶりめ!」 とツッコミをいれたい、という衝動を抑えきれない。  雅章
@『金持ちケンカすべし』
日本政府が国連の安全保障常任理事国に立候補するという方針であるという ニュースを初めて聞いた時、私は瞬間的に以前住んでいた東京郊外のベッド タウンである町田市の仏壇屋の主人の事を思い出したものです。このダンナ は若い時親から引き継いだ家業の仏壇屋を細々とやっていたのですが、東京 オリンピック直後の団地ブームで市の周辺のあちこちに団地が出来、市の人 口が十年足らずのあいだに三倍にもふくれあがるにつれお弔いの数も増え、 結果として家業は隆盛を極めたもようで、私が住み始めた頃には小金を溜め 込んでいっぱしの地方名士になりすまし、自民党にかなりの金を貢いで公認 を貰い市会議員に打って出て見事に当選を果たしたのですが、現在日本が国 連に対する姿勢はまさにこの仏壇屋のダンナと同じ次元の発想と行動様式で あると言えるでしょう。一体国連の常任理事国になる事によって日本国民に どんな利益があるというのでしょう。そんな事をするよりは世界中の高級官 僚の失業救済組織になり下がっている国連の放漫経営をただし、場合によっ てはいまやアメリカに次いで世界二位の分担率になっている拠出金の支払い 拒否をする方が先決ではないでしょうか。大体常任理事国のロシアが日本の 二割程度の拠出金しか分担せず、それもここ数年は滞納しており、そのくせ 何かというと拒否権を発動して国連の正常な運営を妨害するというのでは、 国連の存在そのものがすでに無用の長物になっているということで、これか ら日本としては国連などは脱退はしないまでも付き合い程度にとどめ、拠出 金なども出来るだけケチり、そんなところに注ぎ込む程の無駄金があるなら アジアの近隣諸国の貧困家庭を直接援助するほうが先決で、それが日本にとっ ても有益であり近隣諸国にとってもよほど即効効果があって感謝されるでしょ う。それとも日本政府は日本が常任理事国になれば御家芸の日本式経営を国 連の場にまで持ち込んで経営状態を改善できるとでも思っているのでしょう か。もし本当にそう信じているとすればここ十年来日本叩きにさえ信念をもっ て的確に対処出来ない無力さをどう克服するつもりでいるのでしょうか。日 本の国内での政治の失態については好んでも騒ぎたてるマスコミもこと国連 に関する限りは一切何の意見も持たない様子なのも不思議なところです。 
          美華蝶
@最近のニュースから三つばかし。
 近頃、日本ではマグロ漁師の志願者が続々と現れてるらしい。宮城県や島 根県がマグロ船の乗組員を募集したところ、通常の倍から10倍ぐらいの応 募があったそうな。「仕事がない」とか「高給だ」などという理由も考えら れるが、マグロ好きの私としては、マグロ商売に携わる人々が増えることは 大変喜ばしい。ただ、あんまりマグロ採りすぎちゃダメよ。
 日本も銃犯罪の洗礼を受けつつある。最近、銃を使用した悪質な事件が次々 と起きている。数カ月前にも、スーパーに勤める3人の女性が何者かに後頭 部を撃ち抜かれた。手を縛られた3人の無抵抗な女性の後頭部を、銃で撃ち 抜く人間が、今の日本には存在する。
 最近の銃犯罪がこれまでと違う点は、一般の人々の間で銃犯罪が起きてい ることである。普通の人々が銃を持ち始めている。今のうちに何とかしない と、日本は危ない。
 新聞の記事の中に、「自分の身は自分で守るしかない」と言って、防弾 チョッキを買う人の事が書いてあった。この「自分の身は自分で守るしかな い」という言葉はあぶない。アメリカの銃推進派が言ってることと同じこと だからだ。今は防弾チョッキだが、いつそれが護身用銃に替わるか分からな い。気を付けよう。そして、この銃社会・アメリカに住む我々は、その恐怖 を日本の仲間達に強く訴えて行かねばならない。
 最後は、大和銀行に関するニュースの話。これをお読みの方たちもご存じ の通り、大和銀行がかなりビッグな失敗をやらかした。1100億円の損失。 まあ、それは置いといて、その事件に関するニュースの中に、ちょっと気に なる部分があった。「犯人は現地採用の行員だった」という部分である。  最初は気付かなかった。でも、その記事を読み終わった後、なんとなく変 な気分がしてた。そしてしばらくしてから、自分の頭の中に「現地採用」と いう言葉がかなり強固に張り付いているのに気が付いた。
 その記事を捨ててしまったから、具体的にどういう文体で書かれていたか は分からないが、確かに心に引っかかるものがあった。一瞬だが、「現地採 用という事実は、そんなに重要なことだろうか」と思ったのも覚えている。 今考えると、その「現地採用」という言葉が、「外にいる日本人にはろくな のがいない!」と言ってるようで気味が悪い。考えすぎだろうか? 私は個 人的に、内にいる日本人は、外にいる日本人を差別していると思う。そうい う差別が無意識のうちに言葉や文章にポロリと出たりする。我々はそれを見 逃してはいけない。噛みつくべき時には、素直に噛みつくべし。でないと、 いつまでも同じこと繰り返しやがるぞ。         ひろ
*朝日新聞を参考にしました。

ケンカしてた妹と3年ぶりに話した。やはり父親と母親が同じなだけに、話 が合う。ホッとした。   ひろ

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Hiroyuki Takenaga ---hiro@interport.net