1996年1月23日号
(No.98)
Nutsの表紙です
『Nuts世界観光案内 』アジア放浪編 パート19
人間、人の不幸ほど楽しいことはない。
彼らはすでにヘロヘロクタクタドロドロ状態だった。泣きそうな顔をして
いた。相手に対する対抗意識とジムの連中への日本人としての意地だけでそ
の場に立っているようだった。彼らの「もうあかん。止めさせて〜。でも、
おめえが先に止めろ!」という気持ちが手に取るようによく分かった。「え
えカンジ、ええカンジ」。私は心の中でやさしくうなずいていた。
彼らがサンドバック相手にたわむれ始めて、およそ3分ほどが立とうとし
ていた。これが限界だった。私はそっと立ち上がり、彼らに「そろそろ、
ね?」という意味を込めて、手をあげた。それを見て、彼らの動きがさらに
緩くなり、そして、「チェ、この辺で勘弁したるわ!」という作りモノの余
韻をボロボロの身体から必死にカモし出しながら、ゆっくりその動きを停止
した。
彼らは、死体のような顔をしていた。そして、思った通り、歩けなかった。
「ははあ〜ん、私と同じように、あの鋼鉄のサンドバックを蹴ったスネが痛
いんでしょ。分かるわ、分かるわ。」と、私はひとりで納得していた。
でも、少し様子が変だった。やっと移動し始めたと思って、じっと見てい
ると、なにやら大変な事態が足の裏で起こっているようだった。できるだけ
足の裏が地面に付かないようにしながら歩くという、ミラクルとしか思えな
いことにチャレンジしている様子だった。
それは、世にも奇妙な風景だった。タイのムエタイジムで、2人の日本人
が、痔をわずらうカニのようなカッコで、ホヨホヨと歩いていた。周りの連
中も「一体、何が起きたんだ?」というような顔をしていた。私は、笑いを
こらえるために、自分の顔の筋肉と格闘していた。
彼らが、私のところに戻ってきた。いや、やっとたどり着いた、というカン
ジだった。そして、崩れ落ちるように、私が座っていた長イスに腰を下ろし
た。
彼らは、声もなく死んでいた。ただ、「ゼエゼエ」言ってるだけだった。
「大丈夫?」。そっと聞く私。でも答えはなかった。「いやあ、オレも最初、
そうだったもんね。分かる分かる。うんうん。」と、私は、思いやりのある
ところを強くアピールしながら、また性懲りもなく聞いた。「ねえねえ、そ
の足、どうしたの?」。
そしたら、である。この二人、「ゼエゼエ」言いながら、それぞれの片っ
方の足の裏を、ほぼ同時に私に見せてくれたのである。
そこには、ピンクの肉が見えた。かなり赤の強いピンクであった。普段は、
そこには、皮があるらしかったが、その時は、皮の姿は見当たらなかった。
なんと、足の爪先の皮がベロリとむけていたのである。
「ヒェ〜、痛え〜!すんげえ痛え〜!」。思わず、そう言ってしまった私。
それは、痛そうな風景だった。「あの傷口に消毒液をドバッとかけたら・・・」
という暗い欲望に駆られながらも、私は、「いや〜、大変だったねえ。あ〜、
大変だ。」などと、二人に対して、ありもしない気を配っていた。
問題は、ジムの床にあったらしい。このジム、床がコンクリートの打ちっ
放しであった。その上で、蹴りなんかをいきなりキュッキュ出したもんだか
ら、足の裏の皮がそれに耐えられずに、ムケムケ状態になったのだろう。で
も、彼らは、その状態でも蹴りを出し続けたのである。涙ぐましい意地と根
性であった。それにしても、消毒液がよくしみそうな傷口であった。
彼らがこのジムに入ってきて、およそ20分ぐらいが立とうとしていた。
「あの頃は、あんなに元気だったのに・・・」。そんな言葉が似合う、今の
二人であった。人間の人生というのは、20分で、こんなにも変わるものなの
よね。
タイには、鋼鉄のサンドバックと床が存在する。
ある二人の不幸な日本人のハナシ・・・。 Hiro
『VOICE』
@さて、「アメリカ人男性が持つ華」についての話の続きです。
先週は、私が「これぞ、アメリカ人男性の華!」と考えるものの中の二つ、
1. 「その外見」、2. 「その愛情表現のうまさ」についてお話ししました。
という訳で、今週は最後の一つ、3. 「その間の良さ」についてご説明しよ
うと思います。
3. 「その間の良さ」
私から見ますと、アメリカ人男性というのは、女性に対して、非常に「間」
が良いのであります。この「間」というのは、「距離感」という意味もあり
ますし、「タイミング」という意味もあります。
例えば、彼らが女性と見つめ合ったりする時、すんごい顔くっつけて来る
じゃないですか。「おいおい、キスしたいんか!」と言いたくなるぐらいに
グッと顔を突き出します。あの距離感というのが、結構、女泣かせだったり
するのではないでしょうか? 特に、日本人女性は、「あら、この人、強引。
でも、ステキ。」なんてことになるんじゃないかなあ〜、と思うのですが、
これは、当人たちじゃないと分かりませんね。
あと、身体と身体の距離の使い方が上手いですね。もともとこの国の男性
軍団は、「スキンシップ文化」の中で育ってますから、「くっつき、くっつ
き」は、非常に得意なのであります。特に、女の人に対しては、異性という
こともありますから、かなり積極的になります。クラブなどに行くとよくあ
ることなのですが、女の子の後ろから男の子がすり寄って来て、女の子のケ
ツに自分の下腹部をピッタリ付けて踊ったりします。私が踊りに行った時も
似たようなことがありました。その時は、私の連れの女の子がその被害にあっ
たのですが、この子、なかなか心の強い(この表現が正しいかどうかは分か
りませんが。)子でして、負けじと相手に合わせてしばらく腰を振ってたの
であります。そしたら、突然、私のところに飛ぶように帰ってきて、こう言っ
たのであります。「やだ〜、だんだん大きくなってきちゃった」。
踊りながら、なおかつ、下腹部を女の子のケツに食い込ませながら、ある
モノを膨張させる勇気。大したものであります。相当なモノをお持ちなので
しょう。
話を戻します。こういうカンジで、アメリカ人男性というのは、「距離
(間)」の使い方というのが、上手いと言いますか、大胆なのであります。
この辺は、日本人男性には、真似できませんね。でも、日本人男性の中にも、
結構、積極的に「おサワリ」、あるいは、「くっつき」する人種がいるので
すが、この人々は、一般には「スケベじじい」と呼ばれておりまして、この
「距離感の魔術師:アメリカ人男性」とは、およそ対局に位置する人間たち
なのであります。同じ「おサワリ」、「くっつき」でも、片一方は、「あら、
ステキ」という反応を受け、もう一方は、「離れろ、じじい!」というリア
クションを食らう。この点は、非常に面白いですね。そのうち、この違いに
ついても、じっくり考えたいものです。
さて、今度は、もうひとつの「間」、「タイミング」について考えてみま
しょう。
私は、こういうシーンを、よく思い浮かべます。
彼女の目にゴミが入った。
「あ、目に何か入っちゃった。いた〜い。」
「どらどら、ボクに見せてごらん。あ、入ってる入ってる。今、取ってあ
げるからね。」
「痛くしないでね。」
「分かってるって。う〜ん、ほら取れた。」
「ありがとう。」
「まだ動いちゃだめだよ。最後にね・・・」
そして、彼は、彼女のマブタに優しくキスした。
「これで大丈夫。」
「・・・ありがとう。」
じっと見つめ合い、それから、激しい接吻へと移行する二人であった。
アメリカ人男性というのは、こういうナメた真似ができるのであります。
この「まだ動いちゃだめだよ。最後にね・・・」と言って、マブタにキスし
てしまう「タイミング」の良さ。ま、これは、私の想像の中のセリフ及び行
為なのですが、こういう言葉と行動を、ここぞと言う時に、彼らはきっとヌ
ケヌケと実行してしまうのです(言い切る私)。恐ろしい連中です。
ちなみに、私だったら、こうなってしまうでしょう。
彼女の目にゴミが入った。
「あ、目に何か入っちゃった。いた〜い。」
「なにやっとんじゃ、ボケ! 目、洗って来い!」
「取ってくれてもいいじゃない!」
「自分で取れ! オリーブ油でもブチ込んだら取れるやろ!」
「なに言ってんの、アンタ! それって、耳に虫が入った時の取り方じゃ
ない!」
「目も耳も同じじゃ! そんなら、オレのツバで取るか!?」
そして、彼は、彼女のマブタに強引に口を近づけた。
「汚い! 寄らないでよ!」
「なにを〜! オレの優しさが、お前には、分からんのか!」
じっとにらみ合い、それから、激しい殴り合いへと移行する二人であった。
ま、こんなもんでしょ。
彼らの「タイミング」の良さを示す例は、他にもいろいろあります。
例えば、「そっとドアを開けてあげる」とか、「知らない間に後ろに回り
込み、そっとコートを着せてくれる」などです。これは、「気配り」の良さ
とも取れますね。ちなみに、私だったら、「知らない間に後ろに回り込み、
そっとバックドロップ」になってしまいます。(冗談よ、冗談。)
ただし、です。この「レディ・ファースト」的行動のウラには、「ほれ、
わしらは、こんなにアンタらのこと、かまってあげてんのよ。その代わり、
わしらの言うこときけ!」的な含みがあるような気もするのですが、それは、
また別の話です。
なにはともあれ、「あれ〜? そこでそのワザを出してしまうの〜?」と
日本人男性を唸らせてしまう、彼らの「タイミング」の良さは、大したもの
なのであります。やっぱりこれは、「愛情表現がうまい」というところにも
繋がるんでしょうね。女性ゴコロをくすぐるツボを知ってるのであります。
そういう訳で、私は、アメリカ人男性の「その間の良さ」が、彼らの「華」
のひとつである、と思うのであります。この場合の「華」は、「華」は「華」
でも、「背中に隠して、そっと差し出す華」と言ったところでしょうか。
以上が、私が「アメリカ人男性の華」のひとつと考える、「その間の良さ」
の説明なのであります。
さて、皆さんは、アメリカ人男性には、「華」があるとお考えですか?
もし、「ありますがな。」とお考えの方がいましたら、アメリカ人男性のど
ういうところが、「華」だと思いますか? 「優しさ」ですか? それとも
「肌の色」ですか? また、なぜあなたは、それらを彼らの「華」と感じる
のですか? ある種の劣等感からですか? それとも、純粋にイイと感じる
からですか? その辺のところを一度じっくり考えてみるのも面白いと思い
ます。で、気が向いたらですね、皆さんのお考えをこのNutsに投書して頂け
れば、わたくし、編集人として、こんな幸せなことはありません。よろしく
お願い致します。
来週もこの話は続くのでした。では、また来週。 編集人
@前略
なっつ様
96号に”山歩きをしていた人たちのバケの皮が剥がれて、本性が見える、
転じて、こっちの生活が長くて、キツくなっちゃった日本人女性がああたら
こおたら....”というのを読みました。キツくて何がいけないの?と思った私
はやはりキツいですか?
それに、男ならキツいのでも”卵の固ゆで(ハードボイルド)”風ですま
されるのに、何で女じゃいけないんでしょうか?
物事をハッキリいうとか、本音と建て前を使い分けないとか、理論的に筋
を通すとか、この日本人が感じるキツさは、要するにassertiveであるという
ことだと思うのですが、これはアメリカの職場で働く女性向けのセミナーに
いったり、セルフヘルプの本を読むと、必ず、オフィスでの理想的な態度の
とり方として奨励されていること。要するに、モジモジと遠慮がちに言った
り、感情に訴えたりするのは、ここではペケなわけで、相手にわかりやすく
、また傷つけることなくコミュニケーションをはかるのにベストなのがアサー
ティブなのよね。
だいたいアメリカ人相手に自分の意見を伝えるときに”それとなく”
”やんわりと”人あたりが柔らかいように”なんてやってたらいつまでもラ
チがあきまへんがな。
なのに、こんなことも知らんと、これが(女のくせに)”キツい”としか
思えない奴はとっとと日本へ帰れ、って言うのはかなりキツいわよね。我な
がら。
もちろん、これはオフィスでのコミュニケーションの仕方であって、惚れ
たオトコにゃアサーティブに自己主張した後にしっかり”ダーリン””ハニー”
”スウィーティー”でフォローするわけよ。ちなみに私はこれがセールスポ
イントです。
”海外残留子女”大原ケイ
『今週のひとこと』
「喜納昌吉のCDを買った。調子に乗って、一日中聞いている。やっぱり「オ
キナワ」ってイイよなあ。 ひろ」
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