◆◆◆◆ New York Tabloid Magazine "Nuts Journal"◆◆◆◆
『NYタブロイド・マガジン “Nutsジャーナル”』 1999年2月25日号 NO.22
*今日のひとこと* 本屋のカフェで手に入れたばかりの日本語の本を眺めていると、 「それ何の本?」としきりに話しかけてくる同席のおじさん。(こ)
*******************************************
=============== ★“ストリート・ファーザー”の引退★ ===============
小西樹里
1998年の夏のある日、イースト・ビレッジの友人宅に行くため東4 丁目を歩いていたネッドは、道端でドミノ・ゲームをしていたヒスパニッ ク系の男たちに出会った。
彼らはストリートの歩道に簡易式のテーブルとイスを置き、さも楽し そうにゲームに熱中していた。ドミノのやり方を覚えたばかりだった ネッドが、その光景を目にしてふと立ち止まったとき、声をかけてき たのがその中でリーダー格だった“ポピー”だった。
「おまえもやるか?」
マヌケな白人たちをだまそうとしている奴らかも、と警戒し「お金は 持ってないよ」と答えたネッドに、「金のためじゃなくて楽しむために やってるのさ」と当然のようにポピーは答える。
はじめのうちは、ビールはいるかと聞かれて遠慮したり自分の名前 は“ジョン”だとウソをつくネッドだが、気が付くと4本目のビールを片 手にドミノ・ゲームにすっかりはまっていた。6時間をそこで過ごした その日から、ネッドは毎週のようにポピーに会いに行くようになる。
ポピーは気さくで大らかな男だった。そして彼は東4丁目の主のよう な存在だった。彼を知る人々はビールや食べ物を持ち、ただ天気の 話をほんの少しするためにポピーに会いにきた。いつのまにかネッド もそのうちのひとりになっていたが、季節が夏から秋へと移り変わろ うとしていた頃、ネッドはそこに行くのをやめてしまった。
それからネッドがポピーを訪れたのは、3ヶ月後のクリスマスの日だ。 そのあいだに15針の傷痕を頭に作ったポピーは、あいかわらずの調 子でネッドを迎えたが、いつもの「ビール飲むか?」の言葉はしばらく 経っても出てこなかった。「クリスマスのお祝いはナシかい?」と聞い たネッドに返ってきたのは、予想外のポピーの返事だった。
「健康と読書のためによくないから、アルコールはやめたんだ。俺が “ストリート・ファーザー”と呼ばれた時代もあったけど、今ではすっか り周囲が変わってしまった。ドラッグ・ディーラーや何かが増えるばか りで、そして俺はビールビンで殴られる始末さ。」
ポピーの人生を考えると、喜ぶべきだったのかもしれない。アルコール 漬けの日々から解放されて、彼は長くもっと充実した人生を送ることが できるだろう。だけどネッドは、ドミノとビールがあった日々を懐かしん で仕方がない。都会の無味乾燥な空気に飲みこまれて、ニューヨーク の小さな楽しみがまたひとつ失われてしまった。
ニューヨークのストリートの片すみには色々な物語がある。だが人情の 温かさが感じられる人々の交流が、今、この街にはいくつあるだろう。
(New York Press 2.17.1999)

「Nutsジャーナル」編集部

ホームページにもどる